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私の日記  作者: コーレア
004 神戸編
97/146

030425 オーキッド→アイリス

 梅天線の北側の終着駅である千里中央駅だが、真上に吹田から中国地方内陸部を通り長州山口まで伸びる中国自動車道があるため、手前で新御堂筋と別れて地下に作られた。

 その中国自動車道には伊丹から空港跡地、千里、茨木、門真、八尾を経由して堺まで旧大阪市に沿うような路線の形になっている世界最長のモノレールが並行していて、エスカレーターを3回上がればそのホームに行けるのだが、生憎モノレールを使う用事はない。

 また、梅天線の右隣には、2つの南北どちらにも伸びている線路がある。北近畿鉄道が千里ニュータウンの住民からの署名で作った千里線南千里駅~箕面線桜井駅間のニュータウン線の線路であり、運が良ければ豊中や神崎川などを経由する環状列車に乗れるのだが、本当に残念だがそっちにも用事は無い。


『よろしくお願いします』

「はいよ」


 用事があるのは、駅前のもちろん地上のロータリーに停まっているオーキッドバスである。

 北近畿鉄道の傘下の会社であり、近江・山城・摂津・河内・丹波・丹後・播磨・淡路の各州に路線を持ち、少し前には『大津発洲本行き』の各停のバスも運行させた歴史があり、各州ごとの路線に蘭科(オーキッド)の植物の絵をバスの側面に書くことで目印としたオーキッドバスは、千里中央駅から親会社と同じ系列の燈川大学箕面キャンパスまでシャトルバスを走らせている。

 朝の7時から9時、午後の3時から7時まで10分おきに走らせているそのバスに乗るには、中等部以上の学生で無ければダメで、中等部からある購買で利用券or定期券を買い、学生証も一緒に見せる必要がある。


「手すりに掴まっといてね」


 がらがらの車内に運転手さんの声が響き渡り、ドアが閉まる。

 ロータリーを出て、高速のような坂道から新御堂筋に入り、そのまま北上していく。そのまま新御堂筋の終点まで達すると、国道173号線と交差する交差点もそのまま突っ切って、口を開けたトンネルの中に入る。新御堂筋とキャンパスがある止々呂美を結ぶ箕面トンネルが大部分を占める国道423号線のバイパス『箕面緑の道路』を走ると、渋滞が多い名神高速に次ぐ第2の首都圏横断高速道路『勢津高速道路(まほろばハイウェイ)』の箕面インターチェンジがあるがもちろん乗らない。

 バイパスを降りても、そのまま国道423号線を走る。国道の終点まで行けば明智光秀の居城だった亀山城や川下りで有名な保津峡があることで知られる丹波・亀岡市に行くことが出来るが、バスは豊能(とよの)町に入る前に左に曲がる。

 そして、しばらく道を登っていくと、パッと見てヨーロッパの館ですと言われても納得出来る外観の建物の門を通り過ぎ、左右に庭園、中庭の目の前に噴水があるロータリーでバスは止まった。


『ありがとうございました』

「んっ」


 1878年にキャンパスの建築を任されたフランス人建築家シャルル・ガルニエ氏は、オペラ座建築が佳境に入った頃に自ら赴いて『連邦でも建物を作らないか?』と相談してきた幕末の偉人・神原良一への鎮魂の意味を込めて、彼と冗談半分で決めていた建築様式をそのまま採用した。

 神原良一が鳥羽街道で暗殺されてから四十九日にあたる7月2日に最初の礎石が置かれ、ガルニエ氏の陣頭指揮の下に3年かけてヴェルサイユ宮殿を模したバロック建築の校舎が建てられた。

 そしてキャンパスが開かれてから122年。箕面の奥地に千里ニュータウンより早いニュータウンが築かれる下になった箕面キャンパスは、補強工事などを繰り返しながらも今も箕面ニュータウンを見下ろし続けている。


「化学部とLRH部の皆さんですか?」

「はい」

「はじめまして。燈川大学理学部物理学科教授の仁科芳久と申します。わざわざ箕面までありがとうございます」

「化学部部長の斯波富子です。本日からよろしくお願いします」

「LRH部部長の河尻姫音です。同じく本日からよろしくお願いします」


 ロータリー側に開けた中庭の左側にある建物の玄関から出てきた男性が、親子3代にわたり燈川学園で教鞭(きょうべん)を振るっている事で知られている仁科さん。そのご子息が、高等部の化学と今は2年生のクラスの担任でもある。

 私たちに挨拶した仁科さんは、そのまま私たちより後ろに視線を移し、私や姫音さんも何だろうかと思いながら振り向く。


「お迎えのお使いはどうしたのかな? 勧修寺(かじゅうじ)君」


 苦笑いを浮かべていた女性は、鞄に直そうとしていたパンフレットを落とした後、それに目をくれずに直立不動で答えた。


「羽柴君の話に聞き入っていたからです!」

「鉄道の話だね?」


 今度は、黄色い悲鳴と共に仁科さんの方からの声。

 また仁科さんの方を見ると、実験で使うような白衣をワンピースの上に纏っている女性。


「はい! 久我(くが)先輩!」


 勧修寺さんと久我さん。

 記憶が正しければ、明治時代が始まった時の公家の家の名前を、平民や士族はもちろん『山城より外に移住した分家』も名乗る事が出来ないはずなのだが。

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