030407 食事中→鮎魚女さん
『今日午前10時21分頃、東アジア連邦鉄道、北近畿鉄道、州営地下鉄の路線が交差する若江駅前で大きな爆発がありました。
爆発が起きたのは、北近畿鉄道左淀線の南側、連邦鉄道の西側にある交差点に路上駐車をしていたトラックで、違反を取り締まるために警察官が扉を開け爆発したと見られ、映像のようにトラックは跡形もなく無くなっており、その後ろのパトカーもほとんど原型を留めていません。
この爆発により付近を走行していた車、百貨店などの建物、連邦鉄道と北近畿鉄道の鉄道施設などが大きな被害をうけ、特に爆風を一番激しく受けたと見られる北近畿鉄道の若江駅は、爆風によってホームの壁が吹き飛ばされ、止まっていた列車が横転。被害が拡大する事になりました。
では、大阪城から視聴者の方が撮った映像が届きましたのでお送りしたいと思います』
淀川河口部の大坂のために作られた大阪城。そこの天守閣は一般開放されていて、平日でも外国人やご老体の人々がいる。恐らくはその中の1人が撮ったであろう映像は、どうやら1人で展望台を1周しようとしていたらしく、他の観光客の頭髪が、画面の下に見えた。
城下にある旧連邦軍第2師団司令部を写している所から始まり、官鉄の大阪線の車両や燈島ホールに並ぶ規模の城東ホールが次々と見えるから、どうやら反時計周りに回っているようだ。
やがて、大阪城と京橋駅の間に建てられた雑居ビル群をカメラの中に捉えるが、そのままのスピードで通り過ぎようとする。
直後、ビル群の下が大きく光り、展望台の窓を衝撃波が震わせ、そして爆音が響き渡る。
突然の事に、撮影者はもちろん展望台の中の人が悲鳴をあげ、やがてパニックが起きて一気に騒がしくなる中で、突然の事に固まったのかカメラの画面は、瞬く間に一番高いガラス張りのビルの屋上を越えた煙を中心に固定されたままだった。
中国人やフランス人の悲鳴や怒号も出てきた中、日本語の案内放送がかかり、そこでスタジオに戻った。
ニュースが始まった時からの悲痛な表情を保ったままの新人らしきアナウンサーは、下に映されたテロップ通りに話す。
『正午現在、死傷者がどれぐらいいるかはまだ集計はとられていませんが、交差点と北近畿鉄道を中心にして300人を越えると見られています。
この爆発により、連邦鉄道は大阪線が大阪駅から鵲森ノ宮駅まで、城北線が稲穂駅から放出駅まで、北近畿鉄道の左淀線が淀屋橋駅から守口駅まで、旧淀線が若江駅から天満橋駅までが不通となり、現在、代替バスが運行しています。また、地下鉄横堀交野線も若江駅はありますが地下にあることから大きな被害を受けておらず通常運転を行っています』
鉄道の運行情報が終わると、食堂の中の人は止まっていた手を動かして、ひそひそ話を始める。
私達も、そろそろ冷めそうなので食べ始めながら、犯人を予想してどうせアイツ等だろうなと断定する。今回は大失敗だろうし、この事件によって燈川も大きく動くかもしれない。
「くそ野郎が、いい加減滅べ」
冷麺をすする隣の大学生が顔を赤らめながら悪態をつき、心の中で私は大きく頷いた。
湿ったい空気になったが、昼御飯を食べ終えて、両替機に立ち寄った後、私達は燈島駅へと向かう。河尻さんは湖北の木ノ本という所から、私は南河内から来ているので、若江駅の事件で大きな影響は無いが、駅員さんと何かを話している学生はいる。
そして、彼女は官鉄で北に、私は北近畿鉄道で南に行くので、官鉄のホームで別れる。
「ありがとうね、今もあの時も」
「……はい」
不意打ちに返事が遅れたが答えると、彼女は微笑みを浮かべたまま改札を通り、前の方へと消えていった。
それを見送ってから、私は近くのエスカレーターをあがって、北近畿鉄道の改札に定期券を通す。
『間もなく列車が到着します』
ポケットの中からPAuPを取り出す間もなく、天満橋と次の北咲洲の間を往復している列車がやって来る。なので、PAuPにイヤホンを差し込むが、音楽は再生せずに乗り込んで、車窓を見ることにする。
乗り込んだホームの対面の扉の近くに立ったので、車窓でまず見えるのは燈島の南東部にあるビル群。駅を出て、すぐに南西から南東へと向きを変え、燈島の南東の海岸にある船着き場に、物資を甲板に載せた舟がやって来るのが見えた。その舟の主要な本土の発着場である梅町埠頭やその奥の桜島地域、対岸の築港地域を一望できる燈咲昇開大橋を渡ってすぐに、列車は南東から東北東へと向きを変え、そして終点の北咲洲駅に到着する。
北近畿鉄道の線路は駅の東側で合流するが滅多にそこを通る事はないので、というより乗ったら遠回りなので、私は普通に両開きの2番線のホームの右側に降りて、目の前にある改札を通る。
『間もなく列車が到着しまーす』
北近畿よりかは間延びしたアナウンスがして、まあまあ人がいる大摂鉄道の1番線のホームに列車がやって来る。北梅田行きの快速、と前は乗れなかった列車に少しわくわくしつつも、列車に乗り込んで空いていたロングシートに座る。
そして、対面の座席のほくほく顔の男性や、少し遠い所で頭を抱える女性といったカジノからの帰りの人も乗せて、列車は真っ暗な北近畿鉄道の電工掲示板とは違い定刻通りに出発する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
北梅田駅を始発として、咲洲を経由して本町駅を起点に1周して東に向きを変え、和州の高野原駅まで伸びているという珍しい形の大摂鉄道の本線。
その主要な駅の1つである北咲洲駅を出た上りの快速は、カジノの最寄り駅であり大人しか乗り降り出来ないカジノ駅、小さな車両基地がある中埠頭駅、集合住宅が多い湊町西を過ぎて、大名鉄道が親会社である京南軍の本拠地であり高校野球の東摂大会の会場の1つでもある咲洲中央野球場前駅に止まる。
大阪の方の木津川を渡り、東へ向きを変え、西国・朝鮮・明方面の客船のフェリーターミナルの最寄り駅である事から朝鮮通信使の船の色とかけて名付けられた赤船駅を過ぎて、南港地区を抜ける。そして平林駅を過ぎると、地下へ潜っていき北へ急カーブする。
『住之江~、住之江~です』
東に連邦初の競輪場がある事で有名な住之江駅から次の北加賀屋駅までは新浪速筋、次の玉出駅までは南港平野通の下を通り、玉出駅から国道26号の下を通る。
環濠集落であり石山合戦の頃に砦の1つだったと考えられる玉出地域の南部にある玉出駅、商店街を挟んで大名鉄道と地下鉄日本橋線の菱茶屋駅に行くことができ本来の私の乗り降りする駅である有楽斎駅、花園町駅、梅天線とホームが並ぶ大国駅と、旧四つ橋筋線の中は各駅に停車していき、列車は大阪の南の玄関口である難波駅に到着する。
南の大名難波駅を元祖として官鉄難波駅、梅天難波駅、旧四ツ橋難波駅、大名北難波駅、そして難波線新難波駅と東西南北から線路がやって来た難波駅。1985年に東大阪線と浪速筋線が完成して新大阪から大名・官鉄の難波駅に線路が繋がった後、ある取り組みが考案されて、立地云々の紆余曲折の末に、1990年にそれはオープンした。
『押し合わないでー!』
梅天・難波線・現大摂鉄道本線・北難波駅・大名難波駅の改札を通ることなく、つまりわざわざ駅から降りずに入れる複合商業施設『ミナミ』である。
他鉄道共通制度という私鉄間で利用できるシステムの導入と共にオープンしたその施設には、ショッピングセンターはもちろん映画館も本屋も食事処もあるという充実っぷりで、開店から閉店までお客さんが多すぎるらしい。
正直、ここに入る前の私は誇張したものだろうと思っていたが、駅に降り立った半数の人が同じ方へ向かっているのを見て、そして目の前で起きた紛争を見てそれは本当だという事を実感した。
『さあ! 今度は卵100パックに限り1パック60円だ!』
…………これが大阪か!
カルチャーショックを受けている間に、午後2時前の奥様方は髪を振り乱しながら、レタスの破片を飛び散らせながら次の戦場へと走っていく。
全方位から卵に群がったレタスの数を見て、すぐに卵を諦めた私は、ひさびさに血がたぎってきたのを感じながら、しかし静かにそもそもの目的地の場所へ向かう。
「ふふふ」
地元しかないだろうと勝手に決めつけていたそれを手にして思わず笑い声が漏れたが、これを教えてくれた日下部さんに心の中で感謝していた私はそれに気づかなかった。
「…………羽柴君?」
そう。私は、である。
自己紹介の時に朧気に覚えた脳内音声記録に合致する人に声を掛けられた私は、戦利品が並ぶ棚の前に立つ彼女を見る。
「やっぱり羽柴君だ」
心なしか嬉しそうにそう言った鮎魚女さんは、レタスを持った右手と戸隠蕎麦を持った左手を、魔法科のワッペンの前に持ってきた。
私は私で、なんで近江から来ている彼女がここにいるのかわからず、少しの間固まる。




