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私の日記  作者: コーレア
003 暗号編
44/146

030418 土用の丑→QED

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 さて、晩御飯の後である。

 今日が土用の丑だったので、鰻料理が多かった旅館の中の大きな食堂でご馳走になった後、私と小百合さん、それに鈴蘭の3人に加えて、小夜子さんと鴻臚さん夫妻の計6人が乗ったワゴンは、順調に名阪国道を西に走っていた。

 目的地は奈良市内にある鴻臚さんの奥さんである美夜さんの実家である旅館。そこに寺社巡りのために泊まった時に出会ったのが馴れ初めだと、お風呂の中で鴻臚さんが話したその旅館に向かう車中、真ん中に座っている小百合さんと小夜子さん、後ろに座っている鈴蘭と私は、明日までの宿題である暗号を見ながら沈黙していた。


「クロムウェルさんと石鹸、シドニーと星空か」


 写真の内容を、小夜子さんが呟くが、その後の言葉は続かなかった。

 オリバー・クロムウェルは、日本がウラル山脈で東欧王国の前身の1つであるロシア帝国に接して、それから1650年に『シベリア封鎖』が起きるまでにあったイングランドの清教徒(ピューリタン)革命の後、護国卿として国の指導者になった人物。この頃には、既に石鹸はあったらしい。

 一方、シドニーはオセアニア連邦の人口・面積の大半を占めるオーストラリア大陸の東部にあり、連邦1の人口を抱える大都市。東アジア連邦からもよく観光客が行くところで有名だが、星空は運と場所が良ければ、何時でも何処でも見れる事が出来るので、これといった物でもない。 

 それらと暗号の『明るい火の年』と『伯州の名を持つ者達の原初の者が現れる』にどう繋がるのかもわからない。


「……………………月、綺麗だね」


 隣の鈴蘭の現実逃避の言葉が車中に響き、私達の意識は暗号文から外の景色に移る。

 左手の谷間の向こうに見える出たばかり満月は、静かに周りを照らしていた。姫音さんが言った通り、それは綺麗な景色で、しかし星空は月に隠れて見えず……星?

 星……星……伯州は伯耆で……。


「ああっ!?」


 大声を上げてしまい、周りの3人が体をびくつかせたのが分かった。車を蛇行させなかった鴻臚さんも、バックミラーでこっちを覗きこんでいる。

 しかしながら、私はそれを意に介さず、鈴蘭の両肩を勢いのままに掴んでいた。


「ホウキだよ! ホウキ!」

「えっ?」

「ほうき星! つまり彗星の1番目だ!」

「「……ああっ!!」」


 意味を理解したらしい小百合さんと小夜子さんが、私に続いて大声を上げて、鈴蘭は目を白黒している。

 彗星の1番目の星。文字通りに捉えたら宇宙が出来た直後まであるかどうかわからないのに探らなければいけないだろうが、別の解釈をしたら、1番目を求めるのは簡単な事だ。

 彗星の中で1番最初に名付けられた彗星。それは、言わずと知れた有名な彗星だ。


「ハレー彗星、1066年にも現れてる!」


 『オリバー・クロムウェル』の治世下のロンドンの『石鹸』製造業者の息子に産まれ、1682年に現れた『彗星』を周期彗星として、次回の回帰を的中させたエドモンド・ハレー氏の業績を称えて、彼の死後に現れた周期彗星に名付けられたハレー彗星である。因みにハレー氏はこれの他に南半球の星図を初めて詳細に作った事、運動の法則を数学的に論じ、天体の運動や万有引力の法則を扱っている『自然哲学の数学的諸原理』を著すようにアイザック・ニュートン氏を説得して自費出版した事、気圧と海抜高度の関係を初めて明らかにした事、初めて地磁気図を作り上げた事、金星の日面通過の際に観測地点によってその開始・終了時刻が異なることを用いると地球と太陽の間の距離(天文単位)を高い精度で求めることができると提案した事、そしてそれまで不動であると考えられていた恒星の固有運動を発見した事もしている。

 話を戻して約75年ごとに現れるハレー彗星は、太古より古文書に記されていた。一番古い明確な記録が紀元前240年の中国で、日本では飛鳥時代の壬申の乱で(おい)を殺して即位した天武天皇の治世下の684年である。

 そして、時代は下って、日本では平安時代にあたる1066年にもハレー彗星は現れた。現れたのが3月の頃だったが、それからすぐイングランドの対岸にあるフランス・ノルマンディーからギヨーム2世が上陸する。当時のイングランド王は対抗するものの敗れ、征服され、それからイングランドの王室がフランス寄りになり、そして百年戦争の原因となる。


「この所謂ノルマンコンクエストで敗れた王様が、イングランドの七王国(ヘプターキー)時代を制した王国の血筋をひいているってさ」


 大和州の天理市のインターチェンジまで5キロという看板が見えてきた頃、スマホで調べ終えた小百合さんが結論を言う。


「なるほどね」


 小百合さんがハレー彗星からノルマンコンクエストについて調べる一方で、私は『明るい火の年』とハレー彗星に何か関わりがあるか調べていた、ノルマンコンクエストに辿り着くと後は簡単だった。

 日本や中国といったアジアの漢字文化圏において存在する年・月・日・時間や方位、角度、ことがらの順序を表すのにも用いられた数詞・干支。

 東アジア連邦では、2003年ならば(ひつじ)であるようにその年が十二支のどれにあたるかで話題にのぼることが多いが、正式には干支は十二『支』だけではなく、その前の十『干』と組み合わせる。2003年ならば癸未(みずのとひつじ)、つまり『水』の『弟』=鎌倉幕府を開いた女傑・源頼朝の弟で『粟津』の戦いの頼朝方の総大将である源範頼を意味する(みずのと)と牧羊『犬』で追い立てられる羊の元の字である(ひつじ)を組み合わせた干支であるように。

 そして、ノルマンコンクエストが起きた1066年の干支は丙午(ひのえうま)であり、日本では道教の道術と合わさり安倍晴明に代表される陰陽道になった陰陽五行では、丙は陽の『火』、午は陽の『火』を意味する。


「QED、証明完了だ」

10万文字突破しました。誤字や年代が違うなどの指摘があればどしどしとお願いいたします。

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