030412 城→上野駅
敬称が無いことに少しイラッとしたが、地図や人物画などを交えて丁寧に書かれた案内板は良く、多くの人が見入っていた。
高虎殿の軌跡の地図、6尺2寸ーーつまり約190センチメートルもあった高虎殿が着ていた甲冑、弾傷や槍傷で隙間なく指も千切れていた高虎殿が羽織袴を着た模型など、思わず立ち止まってしまう展示物も多く、天守閣を出る頃には少し足が痛くなっていた。
そして、広場で休憩した後に、私達は滝野家へ向かう。
「ここが政久さん達の家?」
「ええ」
伊賀州は、安土時代に出来た安土と甲賀・信楽・伊賀を結ぶ街道に沿って作られた官鉄東近江線、元々は私鉄の路線だった官鉄関西本線、昔も今も私鉄の路線である大名大阪線と伊賀線を生かして、周辺諸国のベッドタウンとして栄えている。
なので、長州の州都・下関市より面積が小さいながらも、人口は25万人を越えており、沿線の人口は多いし、建物の歴史も古い所は多い。
滝野さん夫妻が住んでいる家も管理人をしているアパートも、木造の平屋で、安土時代の長屋の残りですと言われても納得出来るほどの古さがする外見だった。
『お邪魔します』
返事は無かったが、寄りかかれば壊れるらしい靴置き場に慎重に靴を置いて、傍らにあったスリッパを履く。これは、お世話になった学生が実家から取り寄せた物との事。
「ただいま~」
フローリングの床を歩き、河尻さんと一緒に上野駅で合流した鮎魚女さんが、一番手前のドアを開ける。その部屋の奥から、2人の女性が出てきた。
片方の人は左腕を包帯で固定していて、右手は大きな鳥の首を持っていた。胴体は無いが、血は垂れていない。
もう一方の人は、これまた大きな鍋を持っている。
「少し早いね、小百合」
鳥の首を持った女性が、少し怒ったように言う。
対して、鮎魚女さんは肩をすくめながら言い返す。
「さすがに忍術鍋をご馳走になるっていう事は考えていなかったからね、お婆ちゃん」
忍術鍋、という鍋料理は伊賀地方のご当地グルメの1つであり、忍者の人がスタミナをつけるために食していたと言われる代物だ。
政久さんと、潤さんの友達の夫でいらっしゃる服部雄一郎さんが、鍋が出来るまで囲碁をしていた長机の上には、潤さんが持っていた鳥である雉や猪のお肉、野菜、畑を営む服部さん夫妻が伊勢から仕入れたという海老などの海鮮が並んでいた。
最初は遠慮したのだが、妙さんらが進めてくれた事や、昼御飯を食べる所はまだ決めていなかったという事もあり、ご馳走になる事にした。
「おお、久し振りじゃのう」
政久さんの近くを通った時に、そう声がかけられたのだが、会ったような記憶は無かった。
なのでそう伝えたのだが、その間に政久さんは自分の過去の話を始めた。少年時代の北半球戦争、大人になって官鉄に勤め寝台列車の車掌をした時の話など、特に後者は興味を惹き付けられる物だったので、聞き逃さないようにしっかりと耳を傾けた。
「こんなに話すのは久し振りよ」
と、潤さんが政久さんの口元にお肉を運びながら感慨深そうに言ったのも、記憶に残った。
食べ終わると、冷蔵庫の中の食材が少ないという事なので、政久さんらの行き付けの所でもあるショッピングモールへ向かう。
木津川支流の柘植川と服部川が合流する辺りに架けられた橋を渡り、上野市の縦のメインストリートとも言える国道を北に歩いていくと駅舎が見える。
その伊賀の北の鉄道の拠点である上野駅の駅舎の上にあり官鉄・大名鉄道双方の改札もある跨線橋を渡り、そのまま終わりまで突っ切った先が複合商業施設『ハーフ』伊賀店の出入り口の1つになる。
「食料品は……」
「3階ですね」
官鉄が主催して、私鉄の路線と接続する主要駅に設けられた『ハーフ』には、ショッピングモールの他にもその私鉄の親会社が運営する百貨店や映画館が入っている事が多く、それを利用するためにどちらかの列車に乗ってやって来る人も多い。
休日の、朝からパラパラ降っていた雨が止んだ昼過ぎなので、家族連れを中心にお客さんは多く、食料品も残りがわずかだったのが多かった。
そして、そろそろ夕方になるので薫さんと河尻さんの2人を官鉄のホームまで見送る。
「出さないようにね」
「? …………出しませんよ」
河尻さんの家に泊まる薫さんは、小悪魔の笑みを浮かべて改札を通る。苦笑いの河尻さんも後をついて改札を通り、2人が柘植方面へのホームに降りていくまで見送る。
官鉄と大名の駅の時刻表をとってから、鮎魚女さんと2人で滝野家へと帰る。




