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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
8/56

幕間「瑞原詩歌」

新キャラ登場しちゃった!!

幕間「瑞原詩歌みずはらしいか


 許せなかった。恭平くんが。

 どうして貴方は平気で私の前に現れるのか。


「これからよろしくお願いします。片倉恭平です」


 動揺する感情を表に出すまいと必死だった。この死んだような表情が、少しは役に立ったのか。彼は気付いたようなそぶりはなかった。

 しかし、当然ながら時間の問題だった。

 彼は私を思い出したし、私も彼を思い出していた。


「馬鹿……」


 ふらつく頭で精一杯の悪態をついた。立って歩くのがやっとだった。

 全身に激痛が走った。恭平くんは鋭い。もう気づかれているだろう。

 月明かりさえも疎ましく感じた。


 ――全て消えてしまえ。


 何度そう願ったか。

 自宅に帰る足取りは、重く虚ろだった。

 


「遅いゆうてるやろお!! 詩歌ああ!!」


 火花が散った。

 父親の固く重い拳が、私の頭を殴ったのだ。

 ほこりまみれの畳の上に崩れ落ちる。殴られるのは何百回目か、受け身は慣れていた。


「酒は? 買ってきたんかあ!?」

「……はい父さん、ここに」


 むんず、と私の手から父は袋を奪う。期待に満ちたその顔はすぐに怒りで歪んだ。

 買ってきたカップ酒のひとつが割れていたのだ。

 さっき受け身をとった時、衝撃に耐えられなかったのだろう。ビニール袋の底が零れた酒でぷっくりとふくらんでいた。


「なんやああ! これはあああ!」


 怒声、続く鈍い音。衝撃で浮く身体。遅れて来る激痛。


「……っ、かはっ」


 胸を蹴られた。呼吸が止まる。

 そこは、つい先日殴られたばかりで、痣になっていた所だった。

 泣きたい。何度思ったか。

 神様なんていない、というのはとうに理解していた。

 それでも、この世の理不尽を呪わずにはいられなかった。


「す、いませ、ん、とう、さん」


 とぎれとぎれに、かすれた声で父への謝罪を口にする。


 ――何か私が悪いことをしたのか。


 ああそうか。

 生まれてきたのがいけなかったのだ。


「誰がおまえを生かしてるおもてるんや?」


 父は私をひとしきり殴ると、満足したのか、零れた酒を舐める。

 ぴちゃぴちゃと大の男が酒をすする様は、この上なくおぞましかった。


「詩歌ああ、ちゃんと謝れるようなったなああ! これも父さんのおかげやなああ」


 酒臭い息を吐き、けだものは吠えた。

 己の立場を自覚せよ、と。

 誰に生かされているのか、と。

 畳に擦りつけた額が痛んだ。


「は、い、……ありがと、う、ございます、とうさん」

「ええ子やなあ詩歌は、母さんに似てええ子やわああ」


 にっこりと笑う父の表情に、私は全身の血が冷えていくのを感じた。


 一年前、とうとう理不尽に耐えかね反抗したことがあった。

 自分の主張を、出来る限り丁寧な言葉で纏め、父の酌をしながら頃合を見て、語った。


 ――育てていただいたことには感謝しております。ただ、私には夢があります。働いた金は家に入れます。どうか自活を許してはいただけないでしょうか。


 結果、怒り狂った父に持っていた服は全て燃やされ、あろうことか明け方まで殴られた。

 痣は二倍に増えた。泣き詫て許しを請うた。

 本気で死を覚悟した。 

 その時私はついに、弱者の抵抗が無意味だと悟った。

 従っておけば、死なない程度の暴力で済むと、理解した。

 いや、理解させられた。


 父はよく、ころころと態度を変えた。

 半年前、父の怒声に驚いた隣人が、不審に思い警察を呼んだことがあった。

 その時の父はうまかった。

 部屋着以外の全てを燃やされた私に、愛人のダッフルコートを着せ、痣を隠した。

 寒さを気遣う良き父を演じた。

 私を矢面に出し、あろうことか売春の嫌疑をかけ、躾の一環と称し、叱ったと。

 行き過ぎた指導もあったかもしれないが、娘の将来を憂い、手が出てしまったと。

 二人組の警察官を前に、朗々たる語り口だった。

 不良娘の不貞を嘆く、良き父親を演じた。


 警察官の前で泣いて私に詫びる父に、科せられたのは、たかだか厳重注意だった。

 彼らが途中から私を見る眼は、まるで汚物を眺めるそれであった。

 

 予期せぬ訪問者を切り抜けた父から、その後激しい詰問――いや、拷問があった。

 通報したのはおまえか。

 親の愛がわからんのか。

 気を失うまで殴られ、深夜に痛みで起きてからは、惨めさで一人さめざめと泣いた。 

 当然夕食は無かった。


「おまえが、生きてるのはわしのおかげやからのう」


 父は私が買ってきた酒を飲むと、からからと笑った。

 こう、酒を与えておけば幼子のように。

 いったい、いつからこうなったのか。

 どこから歯車が狂ったのか。

 思い出すのはあの日のこと。

 忘れたい記憶。でも、許されざる記憶。


 片倉、恭平。


 あの男を許すことなど、できるはずもなかった。

 ――貴方を殺して、私も死のう。

 それで、この狂った歯車が止まるのであれば。


 片倉恭平。

 妹を、詩織しおりを。


「殺した貴方を、私は決して許さない」


 惨めな声で、呟くように。

 しかし、はっきりと。

 私はあの男への殺意を、噛みしめるように拳を握る。

 それこそが私の生きる意味だと確信していたからだ。



幕間「瑞原詩歌」完

 


こんな新キャラ誰も待ってないよ……

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