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二話「夢幻泡影」④

ようやく物語が動き出します。

ちょっと暗めのお話なので、ニガテな方はすみません!


「すみません早広さん」

 詩歌は泣きそうな顔で謝罪していた。

 早広はそんな詩歌に対して、にこりと笑う。

「いいですよ! 時間も間に合ったことですし!」

 結論からいうとオープンは間に合った。

 詩歌はSAの予備の椅子に座ったまま、眠りこけてしまったらしい。

 とんだ眠り姫だ。

「大丈夫か詩歌。少し疲れているんじゃないのか」

 ギロリ、と詩歌が俺を睨む。 

「いえ大丈夫です、問題ありません」 

 強がりの中に、やはり少しの疲労が見てとれた。


「いらっしゃいませ~~!」

 続く入店音。響く元気な声。

 早広は元気に、それでいて優雅に仕事をこなしていた。

 笑顔も朗らかで、男子大学生二人組が呆けたような顔で彼女をみていた。

 少し見とれていた俺は、しかし詩歌の声で現実に引き戻される。

「店長。ストロベリーパフェ二個作り終わったら、アップルゼリー三個お願いします」

「わ、わかった」

 デザートは、アイスの溶解にだけ気をつければ、品温や品質にさほどブレは出ない。

 時間により、焦げや生焼けが発生しない為だ。

 ホイップクリームの盛り付けに多少コツがいるが、分量さえ合っていれば基本は積みあげるだけ。

「十一番! ストロベリーパフェ二個上がった!」

「料理ありがとうございます~~! 盛り付け綺麗ですよ店長~~」

 すかさず早広がセッティングした食器シルバーとともに持っていく。

「ぼーっ、としないでください。次はゼリーですよ」

 詩歌はステーキとハンバーグに焼き色をつけながら、後方のIHでビーンズとキャロットをソテーしていた。

「速え……」

 流麗な手さばきに見とれている場合ではない。

 俺は自分の作業を進める。

「オーダー待ち以上です~~!」

 軽やかな声で、早広がピークの終わりを告げた。


 ランチと比べて、ディナーのピークは易しかった。

 アザレアカフェが建つ、躑躅町つつじちょうは住宅街のため、競合店は少ない。

 しかし、単価が高めのファミレスは低所得者にとってはやや敬遠される立ち位置にある。某牛丼チェーンやファストフード、スーパーで事足りるためだ。

 土日やハレの日はそれなりに賑わうが、平日はそこそこの忙しさで終わる、とは早広談。

「お疲れ様でした~~」

 早広が出涸らしの茶葉でチャイを作ってくれた。温かい。美味しい。

 疲れた体に糖分とシナモンが染み渡った。

「ありがとう早広。今日もお疲れ様」

「なんか言うことは店長っぽくなってきましたねあ痛」

 生意気な奴隷をつつく。

 黙ってりゃ可愛いのにな。

「あれ、なんか言いました店長? 今可愛いって言いましたよね?」

「言ってねえ!」

 こいつ、まさか直接心を!

 ……とまあ冗談はともかく、俺と早広が控室できゃあきゃあしている間も、詩歌はずっと無言だった。

「詩歌」

「はい」

 何か、お前元気ない?

 疲れているのか?

 何が今この状況で適当な台詞だというのだろう。

 彼女の顔を見て、ただそう思った。

 仕事中は見ている余裕などなかったが、長いまつげの二重目蓋の下には、淡くくまができていた。

「少し、寝不足なんです、すみません」

 俺の顔を見て察したのだろう。詩歌はそういった。

 お前さっきも寝てたじゃないか!

 ――などと茶化せるような雰囲気ではなかった。

 突如。

 カタンと、マグカップが机に落ちた。詩歌が落としたという事実を理解するのに数秒かかった。

 ぐらり。詩歌の重心が揺れた。

 慌てて倒れこむ詩歌を抱いた。驚くほど軽かった。

 淡く鼻孔をくすぐるシャンプーの香りにくらくらしそうになる。

「詩歌ちゃん!?」

 早広が驚いたような声を出した。彼女は詩歌まで駆け寄ると悲痛に叫んだ。

「……あ、ごめんなさい……」

 詩歌は僅かながら意識があった。眼は少しうつろであったが、大事ではなさそうだった。

「すみません、ごめんなさい。自己管理不足です、今日は早く帰って体をなおします」

 満身創痍で謝罪を告げる詩歌。

 ――いったい何を言っているのかこいつは。

 今にも倒れそうじゃないか。いや、事実現在詩歌は俺の腕の中にいるというのに。

「ああそうしろ詩歌。ついでに言うが、明日は休め」

「私がいなくなったら誰が代わりをするんですか、馬鹿ですか」

 少し調子が戻ってきたようだった。真っ青だった唇にも血色が出てきた。

「っ、いつまで触っているんですか変態」

 詩歌が顔をしかめる、少し力を入れすぎていたらしい。反省する。

 赤くなった頬で詩歌は続ける。

「とにかくっ、私はもう大丈夫です、ご心配おかけしました」

「あっ、待てよ!」

 有無を言わせない感じだった。

 まるで何かを隠すように、詩歌は鞄を持って帰ってしまった。

 呆然と立ち尽くす。

 純粋に、彼女が心配だった。

 しかし、追いかける資格など俺には無かった。

 沈黙を破ったのは早広だった。

 元気な声が、静寂に響く。

 ひどく、鬱陶しかった。

「~~~! さすがの変態っぷりですね! 鳥肌が立ちました!」

 ただ。

 ずっと残っていた疑問があった。

「早広」

 問おう。今。

 隠された真実を。

「なんでしょうか?」

 あどけない、こちらを茶化したような目で早広は聞き返す。

 ただしかし、彼女の目線は右上を見ていた。

 間違いない。

 ――早広は今まさに、嘘をつこうとしている。

 店長命令だ、と前置く。

「詩歌の事を教えろ」

「こ、好みの男性のタイプ、とか?」

 目線はキョロキョロ泳いでいた。手のひらは固く握っている。

 どうやら彼女は、嘘をつくのが致命的に下手糞なようだ。

 そういった人間は嫌いじゃない。むしろ好感すら覚える。

だからすまない。少しひどいことする。

「とぼけるな。お前も見ただろう、何故詩歌が倒れた、誰のせいだ」

 俺は昔から、詩歌のことになると熱くなってしまう。

語気は低く、早広を詰める。

 許せなかった。

 ただ、全てが許せなかった。

「さ、さあ? 知りませんよそんなこと、詩歌ちゃんの家庭環境なんて」

 わかりやすかった。本当に下手糞な虚飾だった。

 彼女の誠実さがにじみ出ているような。

 こんな状況でなければ、深い関係を築きたいとさえ、思った。

 笑みが零れた。本当にやるせないような。

 早広のしまった、という顔。自分の迂闊さに嫌悪しさえるする顔。

 彼女にこんな表情をさせているのはだれなのか。

 俺だ。

 他でもない自分のために、俺は、早広を詰める。

「家庭環境? 俺は誰が、としか聞いてないが。家族が原因なのか?」

「いや、家庭環境も原因のひとつかなって思っただけです! 心当たりなんてないです!」

 少し哀れに思った。おそらく彼女は生涯数えるほどの嘘を今ついている。

 詩歌のために。

 俺の策に早広は二度引っかかった。

 今の会話で、「誰のせい」という点について彼女は否定していない。

 その反応から推察できるのはふたつの仮定だった。 


 ①詩歌は家庭環境に問題がある。


 ②詩歌が今日倒れたのは誰か、のせい。


 おそらく口止めしているのは詩歌だろう。

 早広の性格だ、断り切ることなどできはしまい。

 本当に、早広には悪いことをした。

「お前の反応から大体わかったよ、今すぐにでもあいつの家に乗り込んで……」

「待ってください!!」

 耳をつんざくような大声。目の前の少女は泣いていた。

 自分の無力さを噛みしめるように。

「どうしようもできないいんですよ……、部外者が立ち入っても家庭の問題なんて!」

「早広」

 お前は勘違いをしている。

 誰が、今、傷ついているのか。

 俺にはその一点につきる。

 ――俺は詩歌を守るためだけに生きているのだから。

 何も考えるな。

 それ以外を排他せよ。

 

 語る。

 ただ事実を淡々と。

「今日詩歌が倒れたな」

「は、はい」

 ゆっくり、噛みしめるように。

「すぐに、とはいかなかったが、詩歌が床に落ちる前に何とか抱きとめた」

 しかし早広は涙目で、呆けるようにこちらを見ていた。

 ――俺に助けを、求めていた。

 彼女を。

 詩歌を助けてほしい、とその眼は揺れていた。

 俺は続けた。

「意識はあった。あいつは俺に抱かれながら、謝った」

 そう、その後。最後の違和感。

「……はい、その後、店長が詩歌ちゃんに休めって言って、詩歌ちゃんが断って……」

 ……え? あれ? という風に首をかしげる早広。

 どうやら早広にも確かな違和感があったようだ。

 疑問は確信にかわった。


「そう、唐突にあいつは顔をしかめるように立ち上がったんだ」


「ふらつく足で、それでもしっかりと」


「俺から逃げるように」


 早広が何かに気付いたかのように、震える声で。

「店長、詩歌ちゃんに何を」

「最初は倒れた詩歌の脈を測るつもりだった。首筋に手をやるのは不躾かと思って、手首に触れた」

 脈拍は首筋の頸動脈けいどうみゃくだけでなく、手首の撓骨動脈とうこつどうみゃくからも計測することができる。

 まず詩歌の状態が気になった俺は、迷わず手首に指を伸ばした。 

 今日あった事を思い出し、それが最善だと判断した。

 制服の袖をめくる最中。

 そこで、確かに俺は、見た。

「殴られたかのような痣が手首の隙間から見えた」

 早広が息を呑む。

 

 詩歌の体を強く抱いた。案の定、痛みが我慢できなかったらしい。

 詩歌はすぐに俺から離れた。

 そうだ。

 今朝、清掃をしている詩歌から箒を奪った時も手が触れた。

 彼女はさっきと似たような顔をしていた。


 ――まるで激痛を堪えるかように。


 俺が寝ていた詩歌を揺り起こした時も。

 起こすために肩を強く揺すった。違和感の正体を探るように。


 ――彼女は”痛みで”絶叫していた。


 詩歌は慌てて悪態をつき、必死で誤魔化していたが、詩歌は照れた時あんな顔はしない。

 六年前はずっとあいつのそばにいたのだ。

 時は経てども、絶対に間違えるはずもない。

 確信を持って、事実を告げる。

「詩歌は家族から暴行を受けているな? 早広」

 早広は、俯き、泣いていた。

 

 無言の、肯定だった。

 ぎり、と自分の奥歯が鳴るのがわかった。

 握った拳は震えていた。




 二話「夢幻泡影」完


伏線無理矢理すぎだろ……

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