五話「吟詠の夜に、詩歌ありて」⑥
前2話、少々修正致しました。
少し読みやすくはなっていると思います。
詩歌をコンビニに置き去りにして、数分経った。
俺はここで待つ、と言った。それは確かだ。
「店長が遅刻してどうするんですか馬鹿ですか」
いや、榊に連絡しといたから、数分なら大丈夫だぜ?
それよりどうしたんだ、こんなギリギリなのにコンビニ寄りたいだなんて。
「説明させないで! 早く行って下さいいい! 察してくださいよおおお! うわあああん!」
泣きながら店に入る詩歌を見送ったのが数分前。
こう言われては待つわけにも行かず、俺は詠とアザレアカフェに向かっているのだった。
「恭平って、ホントデリカシーないよねー」
「自覚はしているがお前にだけは言われたくない」
飄々と笑う詠を睨んだ。
彼女は気にしたふうもなく、微笑む。
「なんかねー」
急にひとりごちる詠。初めて見る表情だった。
悲しいとも楽しいとも違う、どこか達観したような笑み。
俺はなぜだかそれを見て、すごく悲しく思った。
「どうしたんだよ」
気がつけば、先を促していた。
ごく自然に、口から零れた言葉だった。
「……わたし、今、楽しいよ」
「ドSだなお前」
率直な感想だった。
あまりにも真剣にそういうので、茶化さずにはいられなかった。
しかし、先ほどの彼女の表情を思い出し、後悔した。
「詠」
名を呼んだ。
思えば、俺はこいつのことを何も知らない。
突然人質として現れ、俺と組みたいとほざく。
”片倉”にも”選別”にも、そして俺の記憶にも、おそらく明るい。
「うん……?」
詠はこちらを向かず、返した。
その横顔はひどく儚く見えた。
だから。
自分でも、なぜそういったのかわからなかった。
俺が紡いだのは、なんというか言葉のあやで。
「俺は、お前の事をもっと深く知りたい」
自分の発した言葉の意味を理解するまで、数瞬。
俺の悲劇は、詠の表情を見て、気づいた事。
「……え」
いつも余裕そうな顔が、真っ赤に染まる。
――いや待て誤解だ。
ああ、とうに取り繕える雰囲気ではなかった。
「だめ、だよ。恭平には大切な人、いるのに」
やばいこいつはなにかとんでもないかんちがいをしている。
慌てて取り消そうとする俺の肩を、何かが握った。
それは、腕だった。
か細く小さな指で、俺の肩は万力のように締めあげられる。
遅れて、恐ろしい声が聞こえた。
「きょうへいくーん。また女の子口説いているんですかー?」
詩歌だった。
地獄の釜の蓋を開けたかのような怨嗟は彼女の口から。
おかしい。絶対におかしい。
「いたいいたい! 誤解だ詩歌! 詠! おまえもなにか……」
詠を見やる。
誤魔化すでもなく。飄々と笑うでもなく。
ぼんやりと夢のなかにいるように、そこに立ち尽くしていた。
「……詠?」
俺の再度の問いかけに、詠は夢から覚めたように声をあげた。
「……あ、恭平……? わたし、なにか、おかしかった?」
呆けたような質問。幼子のようだった。
――どうしたんだ。お前じゃないみたいだったぞ。
とても、そうはいえない雰囲気だった。
詩歌も異変に気付いた。
俺の肩を握る力が弱まる。
「いや、別に。どうしたんだ? 寝不足か?」
急遽取り繕う。しかし、詠に気付いた様子はない。
「あ、うん……。そうみたい、うふふ」
そう言う詠の声には張りはなく。
しかしこれ以上何かを言える雰囲気でも無かった俺と詩歌は、合流して歩き出す。
だが。
先ほどの詠の表情。
何故か俺の胸を強く締め付けた。
なぜだ。
詠とは、先日初めて出会ったのに。
この胸を突き刺すような痛みは……。
――俺は、過去に詠と出会っている?
俺の心の中での問いに。
当然ながら応える声は無かった。