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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
ゆるふわ金髪少女 折部詠ルート
53/56

五話「吟詠の夜に、詩歌ありて」⑤

「そんなに怒るなよお」

「知りません嫌いです」


 アザレアカフェへ向かおうと、駅へ続く道の途中。

 やはり、詩歌はまだぷんすかと怒っていた。

 といってもはたから見れば、愛嬌のある可愛らしいものだ。

 頬を赤らめ、思い出したのか恥ずかしそうに目をそらす。

 その姿が可愛くて、ついつい目で追ってしまうのだ。


 ……あまりじろじろ見ると、蹴りがとんでくるので詠の方を向き、話す。


「やりすぎだってお前」

「あはは、反省してる。……ごめんねー、詩歌」


 俺のマジトーンに、さすがにビビリが入ったのか、詠は詩歌に頭を下げた。

 しかし、まあ逆効果だった。


「ひい」


 詩歌は恐怖に引き攣った声をあげた。

 ずざざ、と後ずさり、俺の後ろに隠れる。

 可哀想に、トラウマになってしまったらしい。

 あの場に居たのが俺だけで本当に良かった。

 衆人環視の元、あの醜態を晒したならば、流石に可愛そうだ。


 しかし、先ほどの詠だが。

 さすがというべき妙技だった。

 彼女の動きはほとんど目で追えなかった、と言ってもいい。


「……詠」


 怯える詩歌の手を握り、傍らの詠を見やる。

 ひとつ疑問があったのだ。

 対する詠は。


 ――気付いたか。


 と言わんばかりの態度で言葉を返す。


「ふふ、多分想像どうりだよ。さすがだね」



 彼女が早広の前で、俺と話した声色を真似た。

 声は半音高く。小さく。掠らせるように。


 詩歌が俺達のやりとりに気付いた風は無い。

 確認し、改めて詠のほうを向く。

 微かな疑問であったが、やはり想像どうりか。

 俺の表情が気に入ったのか、詠は微笑む。


 ――種明かしするとねー。


「もともとタンスから詩歌の下着を拝借しておいたの。最初から詩歌はノーパンだよ。脱がせたのは、靴下を履こうと、ベッドに座った時ね」


 いくら私でも、両足をついてる人から抜けないよー、と微笑む。

 だがしかし、詩歌に知覚されずにやってのけるのは、はたして可能なのか。

 当然の疑問に、詠はこう答えた。


「人間が同時に知覚できる感覚には限界があるの。弱い刺激は、より強い刺激に掻き消される。そこに視覚、聴覚から刺激を与えてあげれば、相手はもう五感を自由に使えない」


 暴論だった。しかし有無を言わせぬ説得力が、彼女から滲み出ていた。

 先ほど詩歌と詠が相対した時に、感じた殺気は本物だった。

 俺は問う。事の本質を。

 

「詩歌に、何をしたんだ?」


 言葉とは裏腹に、その音に怒りは無かった。

 あったのは、純粋なる興味。好奇心。


「それはね、うふふ」


 突如、視界から詠の姿が消えた。

 遅れて、軽い小気味のいい音が一面に響いた。

 

「ひゃい!」


 俺達の表情を見て訝しんでいた詩歌が、素っ頓狂な声をあげた。

 音の正体である詠は、いつの間にか俺達の前に立ち、満足そうに笑っていた。

 今のは……。


猫騙し(Fakeout)、だよー。詩歌、可愛いね! あははは!」



 猫騙し。相撲の戦法の一つだ。立ち会いの直後に、相手力士の目前で勢い良く手を叩き、眼を瞑らせる。

 そんな子供だましで。とは到底思えなかった。

 まず圧倒的に速度が違う。

 俺を挟んで、隣同士の詩歌の目前に立つまでが、数瞬。

 その後の拍手は、やはり目で追えなかった。

 その小さなてのひらで、どうやって出すのかと、不思議に思うほどの大きな音。


 証拠に、数十メートル先を歩いていた登校中のカップルが、何事か、とこちらを見ていた。      

 詩歌からすれば、予告なしの唐突な出来事だっただろう。


「うううう、恭平くん、この女、なんとかしてくださいい」

 

 小馬鹿にしたように笑う詠に、詩歌は心底苦手意識を感じているようだった。

 無理もない。あれほど恥ずかしい目に会わされたのだ。


 ――そうか。普通は目の前に立って拍手するもんな。猫騙しって。


 あんな死角からの急襲で、それも目の前でやられたら誰だって感覚が強張るだろう。

 とはいっても、感覚の麻痺は数秒もない。


 ――その一瞬でやってのけた、ってことだな。


 カラクリが分かっても、真似するのは難しそうだった。

 諦めたように、詩歌の頭を撫でた。

 白絹のような指通りの良い髪が、心地よかった。


「ふあ、恭平くん何を」

「あ、悪い、つい」

「いえ、少し、懐かしく思って。もっと撫でてもらってもいいですか……?」


 微笑む詩歌に、赤くなり頷く。

 はにかみ、照れたような笑顔が、たまらなく愛しい。

 過去の記憶は無いが、喪失感を埋めるかのような彼女の温もりに、もっと触れていたいと思った。




 しかし突如、眼前に破砕音。


「おっと」

「ひゃあ!」


 先ほどと同じ音だった。

 誰のものかは確認するまでもなかった。


 抗議の視線を詠へ向けた。

 しかし、彼女は何故か怒り心頭といった表情でこちらを見ていた。


「私を無視してイチャつくなんて、いい度胸じゃないうふふ」


 詠の眼は笑っていなかった。

 とてつもなく理不尽な怒りにさらされているような気がした。

 俺の隣の詩歌は、可哀想なほど震えていた。


 ――こいつ、いじめられっ子体質だ……。


 こんな時に不謹慎ながら、そんな事を考えてしまった。


「きき恭平くん」


 哀れ、詩歌。

 可哀想に。先ほどの虚勢はどこへやら。

 俺は、なだめるように詩歌に話しかける。 


「びびりすぎだ詩歌」

「だだだって、折部さん、さっきも私のパパパパン」

「ぱあん」

「きゃああああ」


 しかし黙って見ている詠ではなかった。

 

 何度目かの猫騙しを食らった詩歌は、可哀想に尻餅をついた。

 彼女のフレアスカートが、ふわりと舞い上がる。

 ニーソックスから覗く太腿。その白さに、流石に眼を奪われた。

 しかし、まくれ上がった拍子に……、これは、その、あれ?


 下着が、見えてこなかった、


 ここまで凝視するのもどうかと思ったが、俺も男だ、仕方ない。

 視線を上に上げると、詩歌と目があった。

 顔は真っ赤になり、何も言うな、と目で訴えていた。

 ああ、分かった。俺は何も見ていない。そうだろう? 詩歌よ。


「ああー。あれだね! ジャパニーズ”はいてない”ってやつだね! 詩歌ちゃん大胆うふふ」


 見ないふりをしていた空気感ぶち壊しの詠。

 ああ、馬鹿がいた。……というかお前のせいだ。

 

 ――詩歌。早広に替えの下着くらい貰っておけよおおお!


「ああああああ!!」


 ――だからなんで俺を殴るの詩歌さん。


 奇声をあげ、おれに殴りかかる詩歌を手で制止しながら、俺は脳裏に焼き付けた先ほどの映像を、心のハードディスクへと保存していた。

 詠を見やる。美人が台無しになるほど爆笑していた。


 こいつ、本当に性格悪いわ。 


 


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