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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
ゆるふわ金髪少女 折部詠ルート
51/56

五話「吟詠の夜に、詩歌ありて」③

十万字突破ああああああ

ふおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 煙草を吸いたい、と嘘をつき、なんとか外に出てきた。

 吸えないのに、常備していると便利なものだ。

 先ほど、早広から着信があった。

 留守電には一件のメッセージが入っていた。


「お伝えしたいことがあります。今夜、躑躅駅の北口で」


 珍しく畏まった彼女の声に、少しどきりとした。

 一人零れたのは、溜息とともに。


「まあ本当に次から次へと……」


 目まぐるしい日々だった。

 本当にそう思う。

 しかし、そう悪くない。

 不謹慎ながら、そう感じる自分がいた。


「馬鹿か」


 そう自制する言葉は弱々しく。

 やはり自分は触れ合いを望んでいた。

 ――まるで夢幻泡影だな。

 儚い幻のよう。

 しかし過去の記憶すら不確かな自分が縋るのは、それしかない。


 幼なじみであり、ある事件の後別れた詩歌。

 六年ぶりの再会を果たした。

 しかし詠は俺に警告した。

 彼女には気をつけろと。


 詩歌と俺を助け、”片倉”の陰謀に巻き込まれてしまった叶。

 新学期が始まったら、大学で顔をあわす日もあるだろう。

 彼女の表情が想像できて、笑みが零れた。


 彼女は俺を裏切った。

 仕方ないと思う。親友のためだ。結果的には俺のもとについた。

 それより、俺には彼女がついた嘘のほうが気になった。

 卓越した身体能力。そして、詠と親友であるということ。

 

 折部詠。”片倉”の人質であり、”選別”にて俺とチームを希望している。

 彼女のことを深くは知らないが、候補者であるため、一般人ではないだろう。


 そして静玖。深い記憶の底にあった、俺の妹の存在。

 顔も、声も霞がかかったように思い出せない。

 過去の”選別”で何があったのか。

 それが俺の全ての記憶と過去を解く手がかりになるだろう。


 詠の誘いに乗り、”選別”に参加するか否か。

 考えるまでもなかった。

 

「ふう……」


 煙草が吸えたら、紫煙を吐いていただろうか。

 出るのは、溜息ばかりだった。

 しかし、それは薄暗いものではなく。


「悪くないな」


 そう、心から思えた。 

 

 泥を啜るような日々。

 実家から存在を消され、社会には認知されず。

 友人など皆無で。それどころか宿と食うものにも困る日々。


 二年前を思い出した。

 叔母から、ファミレスの店長を任される、二年前――。



「久しぶりね」


 はじめ、その人が誰なのかわからなかった。

 大都市の端。闇がうごめくスラム街。

 路地裏でゴミ袋を漁っていた俺に向かい、彼女はそう言った。

 誰だろうか。

 彼女の風体は、こんな雑多な都市に不釣り合いだった。

 そんな身なりで湖の街にいては即座にレイプされるか、金目の物を奪われて殺される。

 それに、彼女は今なんといったか。

 こんな小奇麗な婦人の知り合いなどいなかっただろう。

 確信を持って言えないのは、自分の過去の記憶が断片的であるからだった。


「すみません……、どこかで、お会いしたこと、ありましたでしょうか」


 高校には通っていなかったが、義務教育レベルの知識はすでに持っていた。

 初対面の人間に対する態度としては、不足ないものを選んだつもりだ。


「ふふふ、あはは」


 婦人は笑って。いや、嗤っていた。 

 俺がさも愚かであるといわんばかりの態度で。

 ひとしきり笑うと、婦人は俺を見据え、こういった。


「すごいわね。噂に違わぬ才能だわ。まだ自我があるなんて」


 婦人はそう言うと、俺を黒塗りの車に乗せ、綺麗なホテルに運んだ。

 二ヶ月ぶりの風呂だった。

 頭皮と皮脂をかさぶたのように落とし、差し出された料理を吐きそうになるまで食った。

 いや、実際に吐いた。久しぶりのまともな食い物は、どうやら胃が受け付けなかったらしい。

 戻しては食べ、戻しては食べを繰り返す俺に、さすがの婦人も顔をしかめた。

 ひとしきり食べた俺は、至極当然の質問をした。


「ところで、あなたは?」

「今の今まで気にしなかったの!?」

「いや、風呂と飯が先かなって」

「今までどんな状況だったのよ……」


 そう言うと、婦人は俺を抱きしめた。

 暖かかった。

 その温もりは、母親がいたらこんな感じなのか、と俺に思わせるほどだった。


「あまり、昔のことは思い出せなくて。少しふらふらしてました」

「一年と4ヶ月。大都市といえど、簡単に補導もされず、飢えもせず、よく生きてこれたもんね」


 婦人は俺から離れた。

 全然少しではない、と彼女の眼が言っていた。

 それほど長い月日をさまよい歩いていたのか。


「片倉恭平くん」

「……どうして、俺の名を?」


 問いかけと、攻撃は同時だった。

 そうでもしないと、この街では生き残れなかったからだ。 

 このスラムではそれなりに名は通っていた。

 殺さなければ、と思った。

 やや短絡的であるかもしれないが、一瞬の思考の遅れが死を濃密にすることを、俺はよく知っていた。


 勝負は一瞬だった。

 殺すつもりで首もとを狙った俺の一撃は取り押さえられた。

 彼女以外の手によって。


 こめかみには銃口。

 遅れて、俺が地に伏していることに気付いた。

 胸元と、したたかに打ち付けた顎に、鈍い痛みがはしった。


「ありがとう。詩いちゃん」

「いいえ、おばさま。どうします、殺しますか?」


 振りかかる少女の声は、ひどく懐かしい感じがした。

 しかし、そんな感情は、重たく冷たい銃口の感触で、すぐに掻き消された。


「待って。それじゃあ意味ないわ。……恭平くん、手が早いわね。あなたがどうして生き残れたのか、少しわかったような気がするわ」


 しかし、どうやらスラム街でのことを言っているようではなさそうだった。

 過去の記憶のない自分には、わからなかったが、婦人は俺を知っているようだった。


「おばさま、この男は?」

「あなたには関係……、いや、おおいにあるけど、今はその話をしている場合じゃないの。詩いちゃん。外に出てなさい」

「駄目です危険です」

「大丈夫よ。手負いの狼のようなもの。傷を癒やせば、すぐに私を主人と認めるわ」


 そう言い、婦人は俺の顎を指先で掴む。

 目があった。

 表情からは心が全く読めなかった。

 ただ爛々と光る細い目だけが、ひどく怖かったのを覚えている。


「きれいな瞳ね」

「あん……たは……」

「ようやく言葉遣いがましになったわね。どう? 少しは記憶が戻った?」

「なん、のことだ」


 俺はとぼけた。全てを知っているようなこの女が、怖かったからだ。

 いや、実際知っているのだろう。

 根拠はないが、確証があった。


「おまえ、俺の親戚かなにかか?」

「へえ、どうして?」


 婦人は驚いたような……いや、少し愉しむような笑みで。

 模索した。この女が望む回答を。


「どうしてそう思ったの? 言ってみなさい」

「……懐かしい、匂いがしたから」

「ふふ、面白い坊やだこと」


 しかし答えにに満足したのか。


「正解よ。私は片倉郁代。あなたの叔母であり、両親より親権と養育義務を預かった者よ」

「ああ、そうか、よろしく」


 俺は地にふしたまま、不遜に笑った。

 運命とはなんと唐突なものか!


「もっと驚きなさいよ……」


 しかし婦人、いや、叔母は俺の反応を見て、若干残念そうに漏らした。


「どうでもいい。これから世話になるわ」

「態度でかいわよ」


 少し笑みが零れた。叔母は目ざとくそれを見つけ。


「あら、笑ったりもするのね。悪くない顔だわ」

「いや、家族がいるなら、こんなもんかと思ってな」


 しかし叔母は唐突に表情を変えた。

 身にまとう空気が変化したかのような錯覚をおぼえる。

 

 ああ。

 そのときの叔母の表情を。

 俺は一生忘れないだろう。


「よく聞いてね、恭平くん。あなたの両親は死んだの。事故で。私はその遺産をあなたに届けに来た。養育だか親権だか言うけど、これは施しじゃない。遺言どうり、あなたは大学にねじ込む。住むところも用意する。ただし遺産からオーバーした金は、利子つけて返してもらうから、そのつもりでね」


 叔母は他人に接すがごとく、無表情で言い放つ。

 その真贋を確かめる術は俺にはない。


「来なさい」


 そう差し伸べられた手は、神か、悪魔か。

 その時は、まだ知らない。

 

 


  

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