五話「吟詠の夜に、詩歌ありて」①
「店長!」
隣の教室を開けた瞬間、早広が飛び込んで来た。
やべえ、いい香りすぎるぜ。
詠の視線が痛かった。
「よかったあ、無事でえ」
「かなえちゃん、はろー」
「あああ! 詠ちゃん! 生きてたの!」
どうやら早広は、詠が死んだと思っていたらしい。
先程から泣いていたのだろう。腫らした眼が赤かった。
「うふふ、恭平に助けてもらったの」
「きょう……、へい……?」
早広さん眼がこわいです。
「い、いや。この娘ハーフらしくて、ファーストネームで呼ばれるんだよ」
「へえ、そんなことまで知ってるんだ。へえ」
「なんでそんなヤンデレ化しちゃったのおおおおお」
早広は眼を潤ませ。
「いやだってえ、怖かったんですよお。店長と詠ちゃん、生きてるのか死んでるのかもわかんないし、暗いし、狭いし、怖いし」
「あああ、ごめんごめん。よしよし怖かったな」
隣の詠を見やる。
笑っていた。とても醜悪に。
「うふふ。そういう関係なんだ」
「違うからね? 何考えてんのかわかんないけど、違うからね?」
「それはそうと恭平」
ふいに真面目なトーンになるから困る。
詠は俺をしかと見据えて。
しかし早広には聞こえないトーンで語りかける。
「”選別”の対策を練る必要があるわ。今回のは特別。上も本気で殺しにかかってくる。私達は一度落ちた雑兵なのだから、向こうも容赦はしない」
この間、一瞬たりとも表情を崩さず。
読唇術を身につけてなければ理解できないスピードで。
「それにもう試練は始まっている。生きるか死ぬかのフィールドで確保すべきは、まず自らの生存。もう私は五回、命を狙われている。だから恭平。あなたを護衛する必要があるの」
音は半音高く、小さい。
これでやや離れた位置にいる早広には聞き取れない。
「あなたの家に住むわ。恭平」
「ああ、わかった」
そうか、こいつほどの護衛がいれば安心だ。
「えええええええええ」
「声が大きいわ恭平」
「どうしたの? そんなに叫んで。店長」
咄嗟に返事してしまったあああああ!
おかしい、絶対におかしい。
「いくらなんでも飛躍しすぎだろおおおお」
「おかしなことなど無いわ恭平。護衛するには、あなたの側にいるのが最も容易なの」
「おかしいよおおおお」
「おかしいのはあなたよ恭平。みなさい、早広さんの顔を」
早広がドン引きしていた。
俺一人で喋っているように見えるはずだ。
「早広」
「店長こっちこないでください病院はあちらです」
「うわあああああああ」
即座に詠がフォローをいれる。
「かなえちゃん。恭平はさっき頭を強く打ったの。だから少し言動がおかぷ」
最後までフォローしろよおおおお!
笑いこらえれてねえじゃねえかああああ!
詠は俺の抗議の視線を察したのか。
「とりあえずここを出ましょう、朝になるわ」
少し白み始めた空を眺めて、そう言った。
◆
始発はもう動き始めていた。
当然寝る暇などありはしない。
自宅に戻り、シャワーを浴びたい気分だった。
「早広、家はどっちだ? 途中まで送るわ」
「片瀬駅の方です」
自宅と同じ駅だった。すげえ偶然。
「おおう、一緒だな。詠は?」
「わたしも一緒だよー」
そりゃそうだった。護衛される立場なのを思い出す。
一緒に暮らすなど、早広に言えるはずもなかった。
待てよ。
一緒に、一緒に。
「ああああああああああああああ」
「どうしたんですか店長一緒に病院行きますか」
「詩歌あああああああ」
「はいはい詩歌さんはあなたの家に居ますよ一緒に暮らしてるじゃないですか」
そうなのだ。
詩歌にこの事実をどう説明するか。
隣の詠を見やる。
全く懸念していないようだった。
……でも。
――こいつなら上手くやるだろう。
そう考えていた俺が馬鹿だった。