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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
天然ウザカワ女子大生 早広叶ルート
48/56

幕間「焼くや藻塩の身もこがれつつ」

「どうだった?」


 父は何か物思いにふけっていた。

 たびたびこうなることはあったが。今日は特別な感じだった。


「詩音か。怪我はなかったか」

「恭平くんに私を傷つける度胸はないよ。優しいもん、あの子」

「辛くはないか」

「もう慣れたよ。相当泣いて、もう枯れた。別に今更なんとも思わないし、約束だもんね。私の正体を明かさないって」

「すまんな。これしか方法はなかったんやわ」

「知ってるよ。別に恨んでない」


 そう言いつつ、胸が痛むのを感じた。

 心などとうに消えてしまったと思ったのに、彼の姿を見て泣きそうになった。

 狂気に朽ちていく自分を抑えようとはしなかった。

 

「借り物だしね、この体は」

「言うなや。こっちが悲しくなるわ」


 本当に悲しそうに言う父を見て、いたたまれなくなった私は、取り繕うように誤魔化す。


「で、どうだったの? 合格?」

「まあな。問題はないわ。女も囲っとるし、情にも厚い。あの調子やったら後ろから刺されることもないやろう」

「早広も結局裏切らなかったしね」

「ああ。今回はそこを見とったんや。あいつは優しいからな。簡単に利用されるやろ」


 あれは凄かった。よほど手懐けているのか、早広は落ちなかった。

 やはり少し心がチクリと痛んだ。


「やけどな」

「折部ね」

「ああ、そうや。俺も色んな奴を見てきたけど、あいつはヤバイわ」

「捕まえるのにえらく苦戦したって聞いたけど」


 父は逡巡して答えた。


「八人や」

「へえ」

「屈強な男が四人がかりで背後から襲った。ものの見事に返り討ちにあった。丸腰の相手にや。二人は頭蓋骨陥没で治療中。二人は昨日までICUにおったんやけど、死んでもうた。首の骨が折れてたんや」


 片倉が手配した男だ。

 当然素人ではない。


「あとから慌てて増員かけた四人で、なんとか確保した。最後には熊用の麻酔銃まで持ち出しよったわ。あほちゃうか」


 おどけたようにいう父だが、眼は笑っていなかった。

 少し興奮しているのか、汗ばんだ頬が光っていた。


「何者なの?」

「わからん。何も上は教えてくれん。わかるのは、前回の選別の生き残りということ。今回の選別の対象者ということ」

「そして、なぜが恭平くんと組みたがっていると」

「そうや」


 溜息を付いた。

 まあいいだろう。もう私には関係のないことだ。


「詩音」

「なに?」


 少し不機嫌そうに返す。


「今でも、好いとるんか」

「まさか」


 鼻で笑う。

 否定出来ない自分がいた。

 もう終わった恋だ。


「あん、なやつのこと」


 頬を温かいものがつたった。

 泣いているのだ、と遅れて理解した。

 久方ぶりに味わった胸の痛みだった。


「すまんな」


 父は、それ以上言わなかった。

 涙は止まらなかった。


「なまえ、よんでくれなかった」


 ぽつり、ぽつりとこぼれだした思いは、抑えど、止めどなく溢れてきた。

 こんなにも悲しい。

 こんなにも苦しい。

 いいのだ。

 これが自分への罰だ。


「きょうへい、くん、わたしの、なまえ、よんで、くれなかったよお……」


 悔しかった。

 詩歌が憎かった。

 なぜああも平然とあの人の側にいれるのか。

 自分にはその権利が永遠に失われたというのに。


「しおり、って、よんで、くれなかったあ」


 彼は自分のことを詩音と認識している。

 社会的にもそうだ。

 私は瑞原詩音。


「うああああ、ああ、あ」


 詩織は、もう死んだ。


「覚えとるで」

「……え、」

「あいつは覚えとる。わしと工場で殴りあった時も、さっきも。お前の名前覚えてたわ」

「うあ、ああ」


 嬉しい。

 堰を切ったように、涙が溢れる。

 

「ただ、あいつの中で詩織はもう死んでる。お前は詩音や。それを忘れるな」

「うん、わかってるよお」


 それだけでいい。

 記憶の片隅にでも、私の名があればいい。

 どうか元気でいて。

 私はあなたをずっと好きでいます。



幕間「焼くや藻塩の身もこがれつつ」完

 


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