四話「泡沫の夢をかなえ」⑭
「わわ、起きた」
薄まぶたにかかる、可憐な声。
聞きなれない音だった。
「おにいさん、だいじょうぶ?」
目を開ける。
少し息を呑んだ。それくらい、彼女と俺は密接な位置にいた。
眩しいくらいの亜麻色。少し金がかかったその髪は、長く、艷やかで。
俺を覗いていた翡翠色の瞳と相まって、日本人離れした造形美。
西洋人形のようだ、と思った。
それほどまでに整った顔立ち。
睫毛は長く、大きな瞳に覆いかぶさるように。
小さい薄紅の唇。愛らしい柔らかそうな頬。
そして驚くべき肌の白さ。
精巧な作りの人形だ、と言われれば信じてしまうだろう。
しかし、明らかに違うのはその瞳の輝きだ。
こればかりはこの世にあるどんな宝石でも再現などできはしまい。
明らかな生の輝き。
安堵の溜息が漏れた。
「よかった」
「あれ、あれあれ、普通逆だよね?」
どうやら彼女は俺を介抱してくれていたらしい。
それだけに、肩口の傷が目についた。
「いや、肩」
「ああっ、だいじょうぶだよ。心配しないで、ちょっと切れてるだけみたい。起きた時は少しびっくりしたけど血も止まってるし平気だよ」
「そうか、……申し遅れた、俺は片倉恭平だ。介抱してくれてありがとう」
「だいぶかっちりした挨拶だね。わたしは詠。折部詠だよ。もうしおくれましたっ」
ああ、この娘か。
悪意のない笑み。純粋な声。
早広が信頼を置くのも分かった気がする。
「折部さんは、日本人なのか?」
「ハーフなんだよー。おとーさんがスカンディナヴィアなの」
ヨーロッパの半島の名前だった。その髪の色はそれでなのか。
「そうか、綺麗な髪だな。思わず見惚れた」
「す、すとれーとだね」
思ったことを言っただけなのだが、彼女の白い肌は紅潮していた。
肌が白いって、可哀想だな、と思った。
「身体は大丈夫か? 縛られてたみたいだが」
「うーん、あんまり記憶ないんだよねー。なんか薬注射されて、起きたら今って感じ。身体は少し痛いかな? 寝違えたようなイメージなの」
「薬か。気分はどうだ? 悪く無いか?」
「うふふ、なんだかおにいさんお医者さんみたい」
「真面目に答えろ、こっちは心配してんだよ」
「大丈夫だよー。寝すぎて頭いたいくらいかなー」
そう彼女はカラカラと小気味良く笑った。
とても魅力的なその笑顔は、惹きつけて離さないものを持っていた。
少し、怖いほどの魅力だった。
慌てたように早広の姿を探す。
いない。
「かなえちゃんなら、いないよ」
ぞっとするほど冷たい声だった。
声の主を探す。すぐ側にいた。
同じ人間が発する音とは思えないくらいだった。
「へえ、お前がどっかにやったのか?」
「うん。少し隣の部屋にね。鍵はかけておいたよ」
「用意周到だな。身体でも売ってくれるのか?」
彼女は妖艶にくすりと笑う。
ひどく魅力的なその顔に、くらくらする。
「似たようなもんだよー。こんどの”選別”二人一組なの」
やはり、こいつもか。
安寧など無かったことに気づき、嘆息した。
これもどうやら脚本の内らしい。
シナリオライターがここにいるなら、今すぐぶん殴ってやりたいほどの駄作だった。
平静に問う。
しかし鼓動は激しくなってゆく。
「へえ、それで?」
「わたしと組もうよっ。選別の生き残りさん」
彼女はハーフだった。
日本人とスカンディナヴィア。
今度の”選別”はヨーロッパの離島で行われるという。
ひどく作為的な、シナリオ。
「狙いは?」
「へえ?」
「とぼけるなよ。俺みたいなのと組んだら、死ぬぞ」
彼女は驚愕したように大手を上げる。
海外のドラマのようなオーバーアクションだった。
「いやいや逆じゃん? あなた以外と組んだら死ぬでしょー。だってあなた前の選別で」
「おい」
俺が知りたい情報だった。
しまった。
「おしえないよー」
彼女はそういって立ち上がり、くるくる回る。
「くそが」
悪態をついた。狙いがわかったからだ。
「真相が知りたかったらわたしと組むしかないんだよ? うふふ、すごい顔してる」
「うっせえ。しばくぞ」
「まあ口が悪い。これからよろしくねー。恭平」
しかしなぜか不快ではなかった。
これが彼女の持つ能力なのか。
利用されてもいい。
俺もこいつを利用する。
そう自分に都合よく解釈していた。
「ああ、よろしく。詠」
「うふふ」
互いに笑みが零れた。
詠は自分の意図したとおりに物事がはこんだこと。
大して俺は。
日常など。
望んだ日々など。
泡沫の夢に過ぎなかったと自嘲する。
いいさ。
叶えてやる。
漂う泡を掴んでやるさ。
俺は日常を取り戻す。
絶対に。
四話「泡沫の夢をかなえ」完