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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
天然ウザカワ女子大生 早広叶ルート
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四話「泡沫の夢をかなえ」⑫

 暗闇の中、煌々と灯るライト。

 意を決して突入した。

 辺りは、凄惨の一言につきた。

 男が二人いた。

 大学生くらいの若い男が、汗を流し、一心不乱に腰を動かしていた。

 薬でもキメているのか。

 俺の存在に気付いた風もなく、単調な動きを、時に緩急をつけて繰り返していた。

 部屋の中央には少女がいた。

 苦しそうに喘ぐ様は、何をされているのかは明白だった。

 

 間に合わなかった。

 そう自分を呪った。

 醜悪なる雄の臭い。もう何時間も犯され続けているのか、少女の目は虚ろだった。


 ああ。


「罠だ」


 思わず言葉に出ていた。

 この冬場に、汗をかくほど。いったい何時間行為を続けているのか。

 それでは人質の意味はないではないか。


 思考を切り替える。

 目指すは早広。

 廊下を駆ける。階段を飛び降りる。

 心臓は警鐘を打つ。

 なぜ気づかなかったか。

 

「なんで一人にした……!」


 悪態をつく。こうなることも読まれていた。

 ギリギリのリミットを告げ、俺達を分断させる事こそが、奴らの狙い。

 早広の裏切りなど、奴らはあてにしていなかったのだ。



 13階。薄暗がりに一筋の光。

 明るさとは対照的に、その色は絶望を灯していて。

 なりふりかまっていられなかった。

 早広を救いたい。そう切に願っていた。

 まだ、そんな感情が残っていたのか。

 詩歌以外の人間は雑兵ぞうひょうではなかったのか。

 

「絶対に、助けてやる」


 そう心に誓った。何を犠牲にしても救うと決めた。

 それくらい早広は、俺にとって大事な存在になっていたのだ。

 

 右も左もわからぬ俺に、丁寧に仕事を教えてくれた。

 荒唐無稽こうとうむけいな話を信じ、危険を顧みず詩歌を救ってくれた。

 俺と詩歌の時間を作るために、彼女は全く休まなかった。

 事件の真相を聞いた。

 俺の正体を知った。

 親友が誘拐された。

 

 それでも、俺を裏切らなかった。


 命を賭すには、充分すぎる理由ではないか。



 廊下の果て。L字の角を曲がる。

 観音開きの大きな扉。薄明かりが漏れていた。

 両の手で押し、開ける。


 大きな講義室。

 低くなった中央に教卓とスクリーン。

 それを囲うように半円状の階段を机たちが埋める。

 

 状況を瞬時に把握した。結論は最悪だった。

 早広はやはりそこにいた。瞳は絶望に染まり、もはや俺の存在に気づいていないのか。

 縄のようなもので後手に縛られていた。あれでは動けまい。

 傍らには少女がいた。教卓の上。磔にされた贄のように、彼女は机ごと縛られていた。

 腰辺りの長さの髪。詩歌よりは少し短い。

 目を引くのは特徴的な亜麻色あまいろの髪。金髪よりもやや淡く、幻想的な。

 それが机の上に散り、伝うように机の下に垂れている。

 不謹慎ながら、とても綺麗だった。


 しかしながら。


「遅いわ。もう待ちくたびれたで」


 振りかかる魔王の声。

 こいつは眼下にいるはずなのに、振りかかるという表現がしっくりきた。

 圧倒的なまでの存在感。

 大柄な体躯。トサカのような金色の髪。太い腕。

 そして手に持つのは刀。

 日本刀だろうか。時代錯誤じだいさくごなその武器は、しかし奴に違和感なくはまっていた。


 相対するのは三度目だが、こいつは常に気配を殺していた。

 しかし、今回は違った。

 身体が震える。

 ああ、武者震いだと思いたい。

 対面するだけで、絶望的なまでの実力差が感じ取れた。


「久しぶりだな、おっさん」

「相変わらず生意気やなあ。お前のおしめもわしが替えてやってんぞ?」


 こいつは郁代(叔母さん)の弟。

 俺とも血縁関係がある。

 しかし、殺気を隠そうともしない。

 片倉に、肉親に対する情など無い。


「それはありがとな。ならお礼に耄碌もうろくしてるお前の下の世話でもすればいいか?」

「笑かすなや。膝、震えてんぞ」


 精一杯の虚勢は、いとも簡単に見破られた。

 思わず、奴から目を逸らす。

 逸らした、逸らしてしまった。


 目があった。

 早広の虚ろな目が、こちらを見ていた。

 幾筋も、涙がつたう。

 虚ろだった眼に、わずかの光が灯った。

 希望の光だった。


「馬鹿野郎」


 その言葉はぼそりと俺の口から。

 小さく、か細く。

 誰に向けてのものなのか。

 早広か。それとも自分自身か。


 ――この絶望的な状況下で、なぜ、俺を信じられる? 

 

 早広の唇が動いた。

 精一杯、俺に向けて伝えていた。


「た


 す


 け


 て」


 瞬間、何かが沸騰した。

 自分自身に対して、爆発的な怒りの衝動。

 相反するように、心は凍りつくように冷静に、状況を確認していた。


「絶対に助ける」


 何度目かの言葉。しかし虚飾はなく、何よりも強い思いを持って紡いだ。

 この距離だ。言葉は届いていないだろう。

 しかし、俺が何を言ったか察したのか。

 早広の瞳から、涙が止めどなく溢れる。


 考えろ。

 この状況を打破する何かを。

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