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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
天然ウザカワ女子大生 早広叶ルート
43/56

四話「泡沫の夢をかなえ」⑩

「早広」


 彼女の名を呼ぶ。返事は無かった。

 しかし、やはり息を呑むような音と、首筋に触れたナイフから震えが伝わってきた。

 おそらくは、人質か。

 苦渋の決断だったろう。出会って間もないが、彼女の性格は痛いほど分かっていた。

 ”片倉”にいらぬことを吹きこまれた。そして折部さんの命と天秤にかけた。

 悩みに悩み抜いた末、俺を裏切ることを決意した。

 別に責めはしない。恨むべき元凶は別にいるから。

 それよりも。

 先ほどの嗚咽が耳にこびりついていた。

 助けださなければ、と思った。


「全部終わったら、また旨い紅茶を淹れてくれよ」

「っ……、う……」


 声にならない声。

 ただ、ただ、彼女を苦しませてるのが苛ついた。

 ――お前は笑顔でなくちゃいけない。

 怒りの矛先は、眼前の詩音へ。


「おいおい、なんだよその眼は。お前は裏切られたんだよ、わかるか?」

「そうみたいだな、とても困った」

「……その余裕そうなツラ、ムカつくわ」

 

 どうやら彼女は俺の態度がお気に召さないらしい。

 額に青筋を立て、しかし目線は俺の背後へ。

 

「おい、早広叶」

「っ、ひ……」

「もういいわ、こいつ殺せ」


 ああ、ああ、と呻きながら、カタカタと歯を鳴らす早広。

 俺の首元のナイフは、可哀想なほど震えていた。

 直視しないでよかった。おそらく今の彼女の姿を見てしまえば、正気を保っていられた自信がない。

 怒りで、血管が破裂しそうだった。

 比喩ではなく、全身の血液が沸騰しそうになる錯覚をおぼえた。 


「……無理、無理です、できません、ほんとむりです」

「折部詠はね」

「っ!」

「今別室にいるんだよ、薬を飲ませて昏睡中なの。あまりダルいと連絡して、酷い目に会ってもらう」

「……ひ、酷い目って」

「別室には男が二人。適当に町歩いてるガキに声かけてきたの。ただでヤレるよ、おいでーってね」


 早広は絶句していた。

 え、あ、え、と言葉にならない音を紡ぐ。

 こういった闇と縁のない日々を過ごしてきたのだろう。

 理不尽な悪意など、経験したことが無かったのだろう。

 残念ながら、俺はそれが日常とされる場所にいた。

 それでも、早広に光を求めたかった。


「そ、それ、って、どう、いう」

「二時になったらね、この女の子と生でヤッてていいよーって言ってるの。多分処女だから上等だよーって。二人共すっごい喜んでたよ。折部さん可愛そうだね、ホント理不尽」


 時計はそろそろ二時をさそうとしていた。

 そうか、命は助かるのか。

 そう考えている自分に吐き気がした。

 異常な悪意に慣れすぎていた。


「あああああああああああああああ……」


 遅れて意味を理解したのか、早広の慟哭が響いた。

 小さく、か細い慟哭だった。

 彼女は今、この瞬間、何かを察し、何かを諦めた。

 詩音を見た。

 愉しそうに、嗤っていた。


「やれよ、早広。多分あの娘のことだ、眼が覚めたらショックで自殺しちゃうぜ」


「後五分で二時だ。早くこいつ殺さないと間に合わないよ」


「折部さん、助けたくないの?」


「ねえ、やれよ」


「さあ」


「早く」


 早広の呼吸は荒く、吐息が俺の髪にかかるのが分かった。

 ――まずいな。

 正常な判断を下せる状態にはとても思えない。

 無理もないか。

 親友が、名も知らぬ暴漢に、昏睡状態で犯されそうになっているのだ。

 おそらく、詩音は、早広が想像できる範囲で、もっとも残酷な私刑を選択した。

 効果は見ての通り。

 俺の頸動脈を掻っ切ることに、もはや何の躊躇もないだろう。


「ごめんなさい……、ごめん、なさ、い」


 嗚咽混じりの声が耳元で。

 この世の全てを呪うかのような、怨嗟。

 ひどく胸がざわついた。


 

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