表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
天然ウザカワ女子大生 早広叶ルート
41/56

四話「泡沫の夢をかなえ」⑧

 海厨みくりや大学躑躅つつじキャンパス。

 市の郊外に佇む大学である。


 眼前の正門は通りに面していて、ここからの侵入は避けるべきだ。

 そう思い、裏手の通用口にまわる。

 深夜のキャンパス。今は冬休みでもあるが、警備員室、宿直室、科学棟の明かりは見てとれた。

 

「店長、やっぱり鍵がかかってますよう……」


 二十時を過ぎたあたりから、キャンパス内に残っていいのは事前の活動申請を出したサークルか、研究のための科学棟一部機器の使用のみ、と原文化されている。

 正門、東門ほど立派ではないが、通用口もご多分に漏れず施錠されていた。

 調理用のエンボス手袋を装着し、クリップを変形させたもので幾度か前後させる。

 単純な錠前だった。数分もしないうちにシリンダーの感触がわかった。

 上向きにかるくつつき、ノブを数回弄る。

 かちゃり、と小気味いい音がして、扉が開いた。


「なんか泥棒さんみたいですね……」

「急ぐぞ早広よ。ここから入っていることがバレたら面倒だ」

「わかりました隊長殿っ」


 びしっとおどけたように敬礼する早広。

 しかし表情には隠し切れない緊張が滲んでいた。

 

「俺が来たからには大丈夫だ。何があっても救い出す」

「詩歌ちゃんのときもそう言ってましたよね……」

「ぐう」


 痛いところをつくなよ。

 あれは本当にやばかった。

 しかし早広は先ほどの言葉とは裏腹に。


「……でも、格好よかったですよ」


 顔を赤らめながら、そう言った。


「やめろやめろ照れくさい」

「……そういう恥ずかしい反応しないでくださいよお」


 自分も顔が熱を帯びているのに気づく。

 冷たい夜風がそれを認識させてくれた。

 

「ここから道がわからん、案内を頼むぞ」

「了解ですとも! でも、私普段は科学棟なんか入らないんですけどね……」



 二十階の大きなビル。いわゆる大学院生御用達のその棟は、圧倒的なまでの存在感で俺達を出迎えた。

 医学部、薬学部などであれば、詳しく棟内がわかるんですが――、と早広。

 無いものをねだっても仕方ない。

 ご丁寧に入り口近くに案内板があった。

 一四階か……、これは少々億劫だな。


「見つかりました? 早速いきましょうよー」

「……十四階だ。大丈夫か?」

「楽勝ですとも! ささ、エレベーターに乗って痛ああ!」


 エレベーターのボタンを押そうとする早広をはたく。

 あぶねえ、聞いてよかった。


「アホか、こんなものつかったら、俺らが来たの丸わかりだろ。第一、この箱のなかで誰かと鉢合わせしたらどうするんだよ」

「あ、そうか。みんな白衣着てますもんね……、て、まさか」

「ダイエットだわ早広」

「……そんなに太ってないですよう」


 俺は階段を顎でしゃくる。

 退路が無いエレベーターはなるべく避けたかった。

 上部のランプで到着が分かる点もいただけない。

 おおよそ、選択肢はそれしかなかった。


「見つからないうちに行こう」

「うう……」



 しかし早広の身体能力には、やはり眼を見張るものがあった。

 明らかに常人のそれではない。

 スカートなのも構わず、階段を二弾飛ばしで駆ける姿は、思わず見惚れるほどだった。


「変態店長! わざと下に陣取ってるでしょ!」

「自意識過剰も甚だしいな。お前が早過ぎるんだよ、あとあまり騒ぐなよ、人が集まると困る」

「嘘だ、絶対嘘だ……」


 もちろん嘘である。

 しかし早広が早過ぎるのは本当だった。

 自分もそれなりに鍛えている。おおよそ一般人に遅れをとったりしない程には。

 

 ――柔道、か。


 何か違う気がする。まず第一、筋肉のつき方がおかしい。

 柔道の練習は恒常的に、投げたり、投げられたり。数十キロのエネルギーをコントロールし続ける過酷なものだ。

 必然的に体つきは太く、逞しく筋肉がつく。耳は日常的に受け身を取ることでひしゃげ、平らに近い形となる。

 眼前の早広を見やる、細く、スラっとした体型は、どう見てもそれを想像出来なかった。

 もも脹脛ふくらはぎのあたりこそ、同世代の女性より、筋肉が見て取れるが、それならばどちらかというとアスリート系の体格といったほうが正確だ。

 

 ――お互いに隠し事だらけだな。


 とはいえ、やはり早広には明かせない事も多い。

 今この場でそれを指摘するほど、彼女に踏み込む気も無かった。


「……着きましたっ」

「おうよ」


 少し息が切れる。早広も微かにひゅうひゅうと喘いでいる。

 やはりどこか焦っているような、そういうふうに思えた。

 早広は階段脇のフロアマップを目ざとく見つけ、目的地を確認したらしい。

 声を出さず、こっちこっちと手招きする。

 

「科学準備室……見当たらないですね」

「いや待て、ScienceRoom……ここを探してみるか」

「わかりました。フロアの一番奥ですね、行きましょう」


 外から見た時はチラチラと明かりが見えた科学棟も、このフロアに至っては明かり一つ無い。

 廊下の冷たくか細い照明が、不気味に光っていた。


「なんか不気味ですね……」

「どうした、怖いのか」

「ここ怖くないですし」


 思いっ切りびびっていた。

 仕方ない、と腹を括る。

 

「ひゃい!」

「うるさい、静かにしろ」


 早広の手を握ったのだ。

 少しひんやりとした指先が、妙に心地よかった。


「ななな何を」

「何かあったら助けてやる。俺から離れるな」

「は、はい……」


 早広は頬を紅潮させながら、俺の手を握り返す。

 じわり、と胸に温かいものがこみ上げてくる。

 信頼と、微かな躊躇。彼女の声色から、それは感じられた。

 長く、暗い廊下。お互いに無言になる。

 しかし繋いだ手は確かで。温もりは本物で。

 

 早広を安心させよう、という意図もあった。

 しかし、彼女から香る濃密な死の匂いに。

 どこか、彼女が遠くに行ってしまうような気がして、俺が縋ったのだ。

 彼女を近くに寄せることで、少しは安堵した。

 しかし、気づいた。気付いてしまった。

 気のせいかもしれないが、彼女から、その一挙手一投足から滲み出る、不吉な香りに。

 握った手に力を込める。

 しかし、不安は拭えなかった。


  

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ