四話「泡沫の夢をかなえ」⑦
――片倉。
この国において、経済の中核を担う財閥の名である。
片倉銀行、片倉重工、片倉ガラス、片倉セラミック、片倉食品。
それこそ数を上げれば枚挙に暇がない。
戦後の混乱期を経て、列強財閥にのし上がった片倉は、もはやこの国において無くてはならない存在になっていた。
財閥として世に認知されはじめたのは五十年ほど前だが、片倉の歴史は古い。
三百年の歴史を誇る、一族の系譜は、いまや全国に散らばる。
その全てが”片倉”姓を名乗っているわけではないが、その誰もが会社の重役、果ては社長というのだから、片倉の商才の血は凄まじい。
一説には、一部上場企業の四割に、重役として”片倉”あり――、と言われてすらいるのだ。
しかし、生まれる子全てが才満ち溢れた者ばかりであっただろうか。
いやないのだ。片倉とて人の身。当然ながら劣等も生まれ落ちる。
六年に一度。”片倉”は候補者育成研修という名目で、血族の二十歳に満たない年齢の人間を集める。
下は十四、上は二十まで。彼らは独自の選考基準によりグループに分けられ、”選別”と呼ばれる篩にかけられる。
命を賭した試練に。
生き残ったものは、将来の栄冠を約束され。
死に絶えたものは行方不明者として処理される。
そして。
「――ルール違反、もしくは逃亡したものは、戸籍を抹消され、いないものとして扱われる」
「……それが、店長というわけですか」
「そうだよ。俺は死んだも同然……いや、それより酷いな。いないんだ、俺はこの国に」
だから警察、消防、病院、公的機関の利用はできない。
口座も、身分証明書も作れない。
身分を照明できないから、職にもつけない。
裏の仕事や、日雇いで食いつなぐ俺に、かかったのは叔母からの電話。
「こうして俺はアザレアカフェで店長をやっているってわけだ」
早広の顔が悲壮に歪んでいた。
優しいんだな、お前は、本当に。
安易な同情でなく、共感でなく、励ましでなく。
ただ、ただ彼女は、俺の境遇を悲しんでいるのだ。
気付けば、早広の頭を撫でていた。
ふわふわの栗色の髪の毛、優しい香りがした。
「……ひゃい、きき急になにするんですか」
「ああすまん、怖いか、俺が」
「そんなことないですよ、ちょっといじわるですけど、店長は店長ですよ」
「……ありがとう」
さて時間だ。
大きな敷地が目に入った。
――嘘をつくときは、真実の中に少しだけ混ぜ込むの。
そうだよ。お前が教えてくれたんだ。
この娘は優しく、脆く、御しやすい。
醜悪な自分に吐き気がする。しかし、こうでもないと生き残れなかった。
この国に存在しない。
ならなぜ、俺は大学に通えているのか。
虚飾に彩られた自分。
その生に、数多の人生を犠牲にしてきた。
はたして自分に、今その価値があるのだろうか。
俺はまだ見出だせない。