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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
天然ウザカワ女子大生 早広叶ルート
40/56

四話「泡沫の夢をかなえ」⑦

 ――片倉。

 この国において、経済の中核を担う財閥の名である。

 片倉銀行、片倉重工、片倉ガラス、片倉セラミック、片倉食品。

 それこそ数を上げれば枚挙に暇がない。

 戦後の混乱期を経て、列強財閥にのし上がった片倉は、もはやこの国において無くてはならない存在になっていた。

 

 財閥として世に認知されはじめたのは五十年ほど前だが、片倉の歴史は古い。

 三百年の歴史を誇る、一族の系譜は、いまや全国に散らばる。

 その全てが”片倉”姓を名乗っているわけではないが、その誰もが会社の重役、果ては社長というのだから、片倉の商才の血は凄まじい。

 一説には、一部上場企業の四割に、重役として”片倉”あり――、と言われてすらいるのだ。

 

 しかし、生まれる子全てが才満ち溢れた者ばかりであっただろうか。

 いやないのだ。片倉とて人の身。当然ながら劣等も生まれ落ちる。

 六年に一度。”片倉”は候補者育成研修という名目で、血族の二十歳に満たない年齢の人間を集める。

 下は十四、上は二十まで。彼らは独自の選考基準によりグループに分けられ、”選別”と呼ばれるふるいにかけられる。

 命を賭した試練に。


 生き残ったものは、将来の栄冠を約束され。

 死に絶えたものは行方不明者として処理される。

 そして。


「――ルール違反、もしくは逃亡したものは、戸籍を抹消され、いないものとして扱われる」

「……それが、店長というわけですか」

「そうだよ。俺は死んだも同然……いや、それより酷いな。いないんだ、俺はこの国に」


 だから警察、消防、病院、公的機関の利用はできない。

 口座も、身分証明書も作れない。

 身分を照明できないから、職にもつけない。

 裏の仕事や、日雇いで食いつなぐ俺に、かかったのは叔母からの電話。


「こうして俺はアザレアカフェで店長をやっているってわけだ」


 早広の顔が悲壮に歪んでいた。

 優しいんだな、お前は、本当に。

 安易な同情でなく、共感でなく、励ましでなく。

 ただ、ただ彼女は、俺の境遇を悲しんでいるのだ。

 気付けば、早広の頭を撫でていた。

 ふわふわの栗色の髪の毛、優しい香りがした。


「……ひゃい、きき急になにするんですか」

「ああすまん、怖いか、俺が」

「そんなことないですよ、ちょっといじわるですけど、店長は店長ですよ」

「……ありがとう」


 さて時間だ。

 大きな敷地が目に入った。

 

 ――嘘をつくときは、真実の中に少しだけ混ぜ込むの。


 そうだよ。お前が教えてくれたんだ。

 この娘は優しく、脆く、御しやすい。

 醜悪な自分に吐き気がする。しかし、こうでもないと生き残れなかった。


 この国に存在しない。

 ならなぜ、俺は大学に通えているのか。

 虚飾に彩られた自分。

 その生に、数多の人生を犠牲にしてきた。

 はたして自分に、今その価値があるのだろうか。

 俺はまだ見出だせない。


  

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