四話「泡沫の夢をかなえ」⑥
刻限まで2日をきった。
しかしどこか安堵している自分がいた。
毛頭、油断するつもりなどさらさら無いが。
隣を歩く早広を見やる。
淡い桜色のトレンチコートに、白く靡くフレアスカート。
彼女はその可憐な佇まいとは裏腹に、表情は重く、暗く。
無理もない、親友の命がかかっているのだ。平常でいろというのがおかしい。
「夜のデートって卑猥な感じだな」
「はあ」
この空気に耐えられるほど俺は大人ではない。
唐突に流れをぶった切る手法は、コミュニケーションスキルの中でも実は初歩的なものだ。
会話自体を、自分の流れに持ち込めるというのが大きなメリットである。
「……頭おかしくなったんですか」
ただ、流れによっては相手を不快にさせるのが、この手法のデメリット。
今痛いほど理解してますとも。
それでもまあ、沈黙は嫌なんだ。
ひとりは、悲しいほど理解しているから。
「いや、デートだろこれ、どうみても」
「違いますよ馬鹿ですか、詠ちゃんを助けに行くんですよ」
「……詠ちゃん、ねえ」
「私が誰のことを何と呼ぼうが勝手ですよね!?」
「思ってないよ、大学生のくせに子供っぽいとか」
「言ってます! 言葉に出てますから!」
少し弛緩した空気感。
求めていた日常がそこにあった。
「どういう娘なんだ、折部さんって」
「ええと、スリーサイズからでいいですか?」
「風俗かよ!」
「……突っ込みが卑猥です」
お前がボケたんじゃねえか。
理不尽だわホント。
「いやその俺風俗とか行かねえし、マジ興味ねえし」
「その割には詳しくないですか」
「馬鹿あれだよ、先輩から聞いたんだよ。そういうの好きな先輩がいるんだよ、マジ変態だわ」
「……先輩?」
しまったああああああああ!
早広はぎらりと可愛らしい瞳をこちらに向けて。
「先輩っていいましたよね、店長」
「いいいい言ってねえし、聴牌しただけだし」
「なんで日常会話で麻雀用語が出てくるんですか……」
「え、知らねえの、俺マジ麻雀めっちゃ詳しいんだぜ。役も言えるぜ、ほらあれだろ、……パイパン!」
「白牌は役じゃなくて、牌の種類ですよ……、というか深夜の公道で大声で何言ってるんですか変態」
なんとか話題を逸らすことに成功した俺。
いやホントにこいつと校内で会いたくない。マジで。
「で、先輩って?」
「逸らせてなかったああああああ」
「いや教えて下さいよ。考えてみれば店長の事あんまり知らないんですよ私」
「あれ言ってなかったっけ」
「……思いっきり棒読みですね、まあいいです根掘り葉掘り有る事無い事聞きます」
なにこいつこわい。
しかし俺の頭は別のことを思考していた。
そういえばそうだ。こいつはあの場にいた。
聞いているんだ、あの事を。
「まあいいか、少しなら答えるよ」
俺は嘆息して頷く。
早広は少し驚いた顔をして。
「珍しく聞き分けがいいんですね」
「お前俺と出会ってそんなに経ってないよね!?」
「……そんなことどうでもいいんですよ、早く話してください」
少し、ほんの少しだが。
早広の顔が暗くなったような気がした。
しかしすぐにいつもの笑顔で。
「さあ、さあさあ店長」
「うぜーよお前。わかった、着くまでの暇つぶしだ」
その表情が何によるものなのか、俺はまだ知らない。