四話「泡沫の夢をかなえ」②
足早に改札を抜けた。
アザレアカフェまでは二駅ほどだが、別に歩いて行けない距離でもない。
タクシーを拾うほどの余裕もない俺は、電車を選択した。
……ほれ見たことか。
駅征く人々の視線は俺の方を向いていた。
いや、正確には俺の隣の彼女に。
しっかりと繋がれた手。
少しひんやりとした、柔らかい感触にどきどきする。
もちろん拒否した。町中はさすがに勘弁だ。
「一人で歩いてると、良く声をかけられるんです。……おもに、男性の方に」
なるほどそうか。さもありなん。
この今が現実だった。
俺は変な虫を寄せ付けないための”彼氏役”と言うわけだ。
いいだろう、気分は悪くない。
「少し急ぐぞ、離れるなよ」
「はい」
彼女の存在を確かめるように、指を絡ませ、強く手を握った。
彼女の横顔が朱く染まっていたのを見て、少しの優越感を覚える。
しかし、二人の繋いだ手はお互いに朱く、紅く。
きっと寒さのせいなのだ、うん。
◆
「いらっしゃいませ!」
「すまない、遅くなった」
「ごめんなさい早広さん、遅れ……」
詩歌の謝罪は最後まで聞き入れられなかった。
早広が被せるように叫んだからだ。
「大丈夫です大丈夫です! 私春休みですし! 学校ありませんし! 元気そうでよかったです、これからもよろしくお願いします!」
屈託の無い笑顔。この娘は命の危険にさらされたというのに。
詩歌の瞳は潤んでいた。
「ありがとう、早広さん……」
早広はにかりと笑う。
しかし俺は胸にどろどろした感情が巡っていた。
――幾重にも塗り重ねられた仮面。
瑞原詩音、郁夫。そして片倉郁代。
共通すべきは、感情が一切読めないこと。
しかし俺は奴らの中に確固たる感情を見つけ出していた。
それが何かは、ぼんやりとしてわからない。言葉で形容できるものではないのかもしれない。
しかし、ぞくりと、背中に冷たいものが去来した。
ああ、一緒なのだ。
早広、叶。
お前は、何を隠している?
「店長も、お疲れ様でした!」
その八重歯を覗かせた可憐な笑みが、俺には不気味に見えた。
考えすぎではないのか。この子を疑うというのか。
しかし、思い出す。
郁代が言い放った言葉が胸の中で粘つくように、離れない。
――詩歌ちゃん、叶ちゃん、和人くんはある条件のもと、バラバラに集められた被害者よ。
だとすれば、選別はやはり終わっちゃいない。
こいつのことを知る必要がある。
まずは敵か、味方か。
排除すべきか、否か。
「ああ、ありがとう早広」
温和な笑みを浮かべ、早広に礼を言う。
なぜ早広の仮面に気付いたのか。
こいつは、俺と同類の匂いがしたから。
血と、死の臭い。
むせ返るほど生臭いその醜悪な臭いは、同類のみが感じ取れる霞のようなもの。
おそらく、彼女も――。
俺の正体に、気付いているのだ。