四話「泡沫の夢をかなえ」①
お待たせしました。新章執筆完了しました。
叶ちゃんルートです。
「おはようございます、恭平くん」
「……ああ、おはよう」
俺に向かってにこりと微笑むは、黒髪の可憐。
柔らかな温もりが布団越しに伝わってくる。
鳶色の目はまっすぐに俺を見つめて笑う。
ワンルーム十畳の狭い空間、ベッドはひとつ。
ああ、断ったさ。全力で抵抗したとも。
――なら私はソファで寝ますよ。
ふざけんな、お前がベッドをつかえよおお!
――いや、ここ恭平さんの家ですし、私居候の身ですし。
そうだけど! そうだけどもおお! 俺がソファで寝るから、いや床でもいいから!
――なんでそんなにいやがるんですか。
嫌じゃないよ!? むしろ大歓迎だよ!?
――変態恭平くん本音がだだ漏れです。
変態じゃないよおお、普通の反応だよおお!
――そうだ、いい方法があるじゃないですか。これで万事解決です。
結論→何も解決していない。
どうしてこうなった。
まあ、俺は、その、詩歌と一緒の布団で寝る羽目になった。
ひとり暮らしだ、当然予備はない。
ベットから落ちそうになるギリギリで耐えていた俺を、いとも残酷に睡魔は襲った。
いや無理だ、疲労がやばかった。
そしてこれだ。いまのこの状況なのだ。
「……何をしている」
「寝顔を見ていました」
ぐおおおおおおおおおおおお!
何故寝たあああああああああ!
寝ぼけた頭は一瞬で冴えた。
いや無理だろこの状況。平静な奴がいたら見てみたいものだ。
と思いつつ、俺は平静を装っているのだが、どうもこの娘には見透かされていそうな気がする。
ああ、手を握られている。指先が触れる。動悸が早くなる。
膝になにか触れた。少しひんやりとしたやわらかさ、絹のように木目細かですべすべなそれが心地よくて、詩歌の視線から逃げるように、膝でさする。
「……ひあ……」
詩歌が女の子のような声をあげた、いや、女の子なんだけども。
見ると彼女の頬は赤らみ、抗議するような視線を鳶色の瞳から送っていた。
はい、どう考えても詩歌さんの太ももをさすさすしてました。
言動で平静を装うあまり、動作が全く平静ではありませんでしたああああ!
「あああああああああ! ごめん、ごめん、ごめんなさあああいい!」
「……恭平くん、安定の変態さですね」
HENTAI安定宣言きたああああ! 嬉しくねえええええええええ!
しかし、やっていることは全く言い訳ができない、困った。
泣きそうなほど賑やかな朝。
しばらくぶりか、ひどく懐かしく思えた。
ん、朝……朝!?
「……詩歌、いま何時だ」
「正午を少し回ったところですよ、よっぽど疲れていたんですね、寝顔を堪能したら起こそうと思っていたんです」
「堪能せんでいい! あああ! すまない。榊、早広!」
「謝っても時間は戻りませんよお、そろそろ準備して向かいましょうね」
「起こせよおお!」
賑やかな朝、もとい昼下がり。
大きな日常の変化を感じながら、慌てて俺は着替える。
浮ついた気持ちを戒めるよう、タイをきつく締めた。
昨日の服は煙の匂いと汗と血で使い物にならなかった。
……ダメ元で後でクリーニングに出しておこう。
少しカジュアルな紺のブレザーとグレーのパンツ。よく磨きあげた靴は深い茶色。
ベルトの皮と質感を合わせることも忘れない。
髪に無香性の整髪料を馴染ませ、歯を磨き、髭を剃る。
「よし」
「格好いいですよ、旦那様」
「ごめんなさいぼくあなたになにかわるいことしましたか」
詩歌はくすりと笑って、服を羽織る。
薄紅のペプラムトップスはレースで淡く、ふんわりと花がらのシフォンスカート。
全体的に淡い、ふわっとした印象のコーディネートは、しかし、彼女の黒髪の可憐に掻き消されシックな存在感を醸していた。
サイドポニーに纏め上げた艶やかな黒に、一輪咲いたベゴニアの髪飾り。
鳶色の瞳と、橙の髪飾りが対を成すように黒に光る。
人形のようなその整った造形に、きめ細やかな白絹の肌。
見惚れるな、というのがそもそも無理な話だった。
「……似合ってるよ」
とっさに出たのはそんな言葉だった。
そんなものではないのに、おそらく彼女なら何を着ても霞む。
それほどまでに圧倒的な存在感。
静謐、純真、可憐、全てを纏ったその容貌に、振り返らぬ男はいないだろう。
しかし詩歌は頬を染めて。
――ありがとうございます、と。
淡桃の唇でそう言った。
「服、無かったんで、早広さんに借りたんですよ」
「そ、そうか、綺麗だよ、本当に、少し、見惚れてた」
「あわわ、早く行きましょう恭平くん、何だかすごく恥ずかしい格好をしている気分です。私今視姦されています」
「してねえよおおお!」
賑やかに玄関を開ける。
照れた顔を隠すように前を向いた。
火照った頬に冬風が心地いい。
遅れて詩歌が続く、慌ただしくふわふわのブーツを履き、手を伸ばす。
少し逡巡してその手を取った。
「早くしろ、遅刻だ」
わざと冷たく言ったのは照れを誤魔化したわけではない、たぶん。
「はい」
詩歌は微笑み、強く手を握り返した。
さあ行こう。新しい日常の幕開けだ。