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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
32/56

幕間「雲隠れにし、夜半の月かな」

遅くなりました。

書き溜めてる最中、ありえない矛盾点を発見しまして、修正にかなり時間をとられました……。

「すまない、遅くなった」

 

 それだけを告げるのが精一杯だった。体中が悲鳴を上げていた。

 早広と詩歌はかわらずそこにいた。

 寒空の中、月夜だけを頼りに、帰りを待っていた。


「お疲れ様でした、あとはゆっくり休んでください」


 優しくかかる声。榊を早広に預けると、視界が傾くのがわかった。

 ああいけない、と片足で踏ん張ろうとするが、どうもうまく力が入らない。

 

「恭平くん……!」


 とさ、と彼女の肩に倒れる。いや、詩歌が俺を支えてくれたのだ。

 やわらかさと淡い香り。離れようと思ったが身体がそれを許さない。

 

「あ……、ちょ、ちょっと」


 慌てるような詩歌の声。すまない、もう限界だ。

 力が抜ける、意識が遠くなる。

 意識が落ちる前、彼女が優しく抱きしめてくれた。

 そんな気がした。



 淡い微睡みの中にいた。

 触れれば消える、そんな泡のような心地よさと温もり。

 胸の奥がつん、と痛んだ。

 その幸せが、温もりが現実ではないと判っていたから。

 もう、戻らない。

 失ったものは帰ってこないし、失った人は生き返らない。

 判ってはいるのに、今はただ、この泡沫うたかたに身を委ねたい。

 夢の中で彼女が微笑む。


 ――幸せそうね、私を忘れておいて。


 詩歌か。

 違う。

 詩織か。

 違うのだ。


 ――あなたに心の読み方を教えたのは、誰だったのかしら。


 詩織ではないのか。俺はそう記憶している。


 ――あなたはいつだってそう、都合の悪いことは忘却して、関係無いように振る舞う。


 何を言う、俺に知識を与えたのは詩織だ。彼女は本で読んだ知識を俺に与えてくれた。


 ――そうかもね、”本に載っている”事はね。


 この能力は本には載っていないというのか。


 ――読んだだけ、聞いただけで体得できるものではないのはあなたも気付いているでしょうに。それに、あなたはいつその知識を身につけたのかしら?


 決まっている、六年前だ。


 ――亡くなったその年に? 当時14,5歳のあなたが? ホント穴だらけの記憶改竄きおくかいざんね、呆れちゃうわ。


 ……何が、言いたい。


 ――あなたは私の存在を忘れ去りたいのよ。これが結論。責めはしないわ、ほんとうに「あれ」は悲惨だった。この世の地獄と言ってもいい。


 お前は、誰だ。


 ――あなたの一番側にいた存在にして、あの地獄を共に生き抜いた相棒よ。私はあなたに生きる知識を与え、あなたに私は愛を教えてもらった。


 お前は、誰だ。


 ――もう解っているでしょうに。あなたは現実から目を背けたかった、私の存在を抹消するため、私との思い出を全て死んだ詩織に擦り付けた。あの娘はただの本好きで病弱な女の子よ、それ以上でも以下でもない。


 お前は、誰なんだ。


 ――答えは自分で見つけなさいな。私は待ってるわ。ずっと、ずっと、あの場所で。早く迎えに来てね。


 待ってくれ、お前は。


 ――反省した? ならヒントをあげましょう。あなたはこの街に戻ってから、妙な齟齬そごを感じたことはない?


 齟齬、だと。


 ――そう、齟齬。歯車が咬み合わないような、自分だけが知らないで、みんなが知っているかのような。きっとあるはず。それが答えよ。


 わかった、探そう。必ずお前にたどり着く。


 ――っっ、ホント誰にでもそんなセリフ吐いているのかしら、だらしないっ!


 意味がわからないんだが。


 ――ああっ、もう! 早く起きないと、愛しの詩歌さんが心配するわよ! 何人もいる愛しい人の一人のね!


 何人もいない。みんなが愛しいとも。


 ――馬鹿! 変態! 色魔! 死ね! 起きろ、早く!


 ……。

 ぼんやりとした意識で思い出す。

 今のは夢かうつつか幻か。

 ひどく懐かしい声だった。

 しかし胸は強く傷んだ。

 思い出すことを拒否するかのように本能がざわつく。

 だが、彼女の声はとても寂しそうだった。

 辿り着かなければならない。

 そこに答えがある。

 そう決心した瞬間、全身に感覚が戻る。

 ゆっくりと強くなる痛み、痛み、痛み。

 汗と血の不快感。

 そして、掌に感じる温もり。


 目覚めたのは俺の部屋だった。


「……きょう、へい、くん」


 鳶色とびいろの目が涙をたたえ、俺を覗く。

 室内の闇と同化した彼女の艶やかな黒。

 白磁の肌は俺の手に触れ、意識が戻った瞬間も離れずそこにあった。


「ああ、よかったあ……」


 溢れるような笑み。ああ、この娘はこんな表情もできるのか。

 不謹慎ではあるが、まあ、かなり、魅力的だと思った。

 動機が早まるのを悟られまいと、言葉を紡ぐ。


「すまない、心配をかけた。早広は?」


 ここにはいない姿を探す。そういえば榊もいない。


「……榊さんも探してあげてくださいよ。二人はオープンにむかいました、今頃立ち上げの真っ最中です」


 正気かよ。と言おうとして、榊に言ったセリフを思い出す。


「あいつホント良い奴だな、そして馬鹿だわ。縮めて良い馬鹿だ」

「ここにいない人の悪口は感心しませんよ」


 詩歌の眼が少し怖かったので、榊をいじるのはやめにした。

 ワンルーム十畳の狭い部屋。

 急遽借りた単身者用の格安マンションの一室は、詩歌と俺しかいなかった。

 

「あ、あの……」

「なななな何だ」


 頬を赤らめた詩歌を見て、俺はかなりテンパッていた。

 いやこの状況で興奮しない奴がいるか、いやいない。

 もしいるとすればそいつはゲイかインポだ。

 冷静に考えろ、こんな可愛い子が俺の部屋にいるのだ。

 しかも! 二人っきり!

 何か間違いが起こってもおかしくないうわああああ。


「き、きょうへいくん!」

「は、はい!」


 中学生か、俺は。

 暗闇で助かった。頬の熱を見られずにすむから。


「今日は、ありがとうございました、色々ひどいことを言って、ごめんなさい」


 詩歌はそう言って頭を下げる。

 そうして辿々しく、続けた。


「ぜひ、お礼をしたいのですが、私には帰る家も無く、家族もいません。仕事もアザレアカフェだけで、お金もそんなにありません、だから」

 

 あれ、これなんてエロゲ?

 あわわわ、駄目だ、クールになれ。こういう時こそ大人の対応だ。

 

 礼なんていいよ。詩歌が無事ならそれで俺は満足だ。

 

「てめえのその熟れたカラダがあるじゃねえか」

「ひ」


 うああああああああああああああああああああああああああ!!

 思ってることと台詞が逆になったああああああああああああああああ!

 詩歌は怯えた顔で思いっ切り後ずさっていた。

 当たり前だ馬鹿野郎。

 こんな暗闇の室内で、男女がすることといったらAV視聴か、AVのようなことしちゃうかの二択だ。

 ああ、俺最低すぎるぜ。積み上げてきた信頼がパーだわ。

 さよなら店長生活。


「……い、です」

「……へ」

 

 アルティメット土下座を六割がた完成させようとしていた俺に。

 詩歌は赤くなった顔を、暗闇でも分かるほど真っ赤にして。

 可愛らしい唇を震わせて、こう言った。


「いい、です、きょうへいくんになら、わたしの、はじめて」

「いやいやいやいやいや!!」


 俺はまだ夢をみてるのか。

   

「すんませんしたああああああああああああああ!!」


 アルティメット土下座!

 額が痛い。でもかまわない、フローリングにゴリゴリ擦り付ける。


「悪ノリしましたああああああああああ!」

「っ、恭平くん、おもしろいです」

「へっ」


 詩歌は笑顔で。

 ああ、からかわれたのだ、と気付いた時には遅くて。


「恭平くんの言うとおり、カラダで払います。今日から、ここに居させてくださいね。炊事、洗濯、掃除させてもらいますので」

「ええええええええええ!」


 本日何度目かの絶叫がこだまする。

 それを見て詩歌はまたくすりと笑う。

 その姿がとても可愛らしくて、もうどうにでもなれ、と思った。

 思ってしまった。ああ。

 こうして俺と詩歌の珍妙な同居生活がスタートしたのであった。


 ◆


 欠けていた歯車が少しづつ揃いはじめる。

 軋みを、呻きをあげ、ゆっくりとまわるその歯車は、しかし、やはり、違和感を残し、不気味な不協和音を鳴らし、動き出してゆく。

 もう止められない、と思った時には遅くて、もう遅くて、間に合わなくて。

 一生懸命集めていた歯車たちは、実はとても小さくて、微小で。

 そのまわりには大きな、大きな歯車たちが、たくさんあって。

 ああ、自分がしてきたこととは、何だったのだろう、と。

 自分はその小ささに絶望するのだ。


 これは、ただの、喩え話。



 幕間「雲隠れにし、夜半よはの月かな」 完


一章完、といったところです。

次回より新章突入! といきたいところですが、自分の整理もあり、登場人物紹介とあらすじでもまとめようかと思います。

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