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幕間「早広叶」

 昔から、気になることは放っておけない性格だった。

 今までも疑問はすぐに解決してきたし、それが良好な人間関係を築いていく為に重要な事である、というのは若干十八歳にして、薄々感じていた。

 しかし当然、人と人との間に定石などなく、こころよく思わない人間もいることも知っていた。

 どちらも理解できるが、私はやはり前者のタイプが好きだった。



 閉店作業はほとんど詩歌ちゃんにまかせてしまった。


 ――また今度お礼しないとね。


 ぼんやりと疲れた頭でそう考えた。

 時計を見る。もう日付が変わろうとしていた。

 周囲にはマニュアルの山。しかし、彼らたちはもうその役目を終えようとしていた。

 なんなのか、この人は。

 六冊、六冊だ。付き合った自分も自分だが、まさか全部読破するとは思っていなかった。

 最初のうちは、小馬鹿にしていた。何度か意地悪な質問をした。


――お会計、オーダー、料理提供が同時に発生しました。ホール担当一人の時の優先順位は?

――会計後にお客様がクーポンを出された時の対応は? また、その後の伝票処理の仕方は?


 彼――片倉恭平の理解力は、はっきりいって異常だった。貪欲に知識を吸収していた。

 自分でも、少し迷うような場面の回答を、はっきりとした説明をもってして答えた。

 バイトの経験がある、といったレベルではない。目の前の男が、店長となっていくのを、まざまざと見せつけられているような感覚だった。


「遅くまで悪かった。今日はありがとう。明日もまた、よろしく頼むな」


 少し自分の顔が熱を帯びていくのがわかった。

 自分がいいように使われているのはわかっていた。ただ、それに対して不快感を抱かない自分に対して、不快感を抱いた。


「……っ、わかりました。また、明日です」


 私の感情に気付いているのかいないのか、彼は笑って言った。


「ああ、また明日。ご苦労様」


 いや、多分気付いている。

 だから、ちょっと悔しかった。ちょっとした仕返しのつもりだった。


「店長。あなたは、詩歌ちゃんのことは、なんで名前で呼ぶんでしょうか?」


 ずっと気になっていた事だった。

 言った瞬間、ああしまった、と思った。

 彼の顔から色が消えた。目元がすうっと細くなった。

 すぐに謝ろうと思った。ただの好奇心だ、もう少し仲良くなってからでも良いだろう。


「……ごめん」


 先に動いたのは彼の唇だった。不遜な態度は消え、声はか細かった。

 自分より少し高い彼の体が、今はとても小さく見えた。


 ――え?


 私は少し動揺していた。

 拒絶された。今、私確実にやらかしたよね?

 しまった、しまった。まただ、また、やってしまった。

 もう一度、謝罪を口にしようとした瞬間、震えるような声で彼は、こう言った。


「ごめん、悪かった。驚かせるつもりじゃなかった。詩歌とは、何もなかったよ」


 嘘だ。悲しくなるくらい下手くそな嘘だった。


「何もない。……何もなかった」


 最後はまるで自分に言い聞かせるようだった。

 戸締まりは彼に任せ、ひとりで店を出た。

 謝罪すらできるような雰囲気ではなかった。

 悪いのは確実に私なのに、まるで彼が自分一人で悪者になりたがっているようだった。

 何があったんだろう。彼と詩歌ちゃんとの間に。

 間違いない。あの二人は、今日ここで会ったわけではない。

 そう確信するとともに、自分の中の野次馬根性に火がついていくのがわかった。


 ――ああ、もう。


 悪い性格だ。自己嫌悪してしまう。

 しかし、やはり知りたいと思ってしまうのだ。彼のことが気になってしまう。


 彼が来て、何かが変わろうとしていた。

 少しの期待と不安を織り交ぜた夜風に、自分の体が冷まされていくのを感じると、私は足早に帰路を急いだ。



幕間「早広叶」完

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