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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
27/56

三話「アザレアの花言葉」⑲

 

 詩歌の顔を見ることができなかった。

 聞かせたくはなかった。

 だが、事実だ。

 夢幻泡影の危うい均衡の日常が、ただ、崩れ落ちたまで。

 自分には過ぎたほどの望みだった。

 帰って来るべきではなかったのだ。

 逆らえない叔母の指示であり、仕方はなかったとはいえ。

 ただ、一目見たいと思った自分を呪う。


「恭平くん」


 詩歌だった。

 唇は震え、表情は青白い。

 なぜ、とその顔が語っていた。

 しかし、彼女は。

「わたしは、あなたを信じる」

 凛、と。

 彼女は言った。

 鳶色の瞳を潤ませて。

「あなたは戻ってきた。わたしは、その現実を信じる」

 俺を見つめた。

 

 ――馬鹿野郎。

 違うだろう。恭平。

 お前は、誰を助けに来たんだ?

「詩歌」

 彼女に告げる。

「俺は、お前を守る」

 思いの丈を。ただ。

 それだけだ。

  

「あああああおうえええええええ」


 醜悪な声。

 えづく詩音。

「うあああああ気持ちわりいいい、なんだよなんだよおおお! お前ら気持ち悪いよおおおおおおおおおおおお!」

 わからないだろう、お前には。

 絶対に、この思いはわからない。

 全身に力が漲っていくのがわかった。

 痛みはとうに消えていた。

「反撃開始だ、詩歌」

「はい」

 万感の思いを込めて。

 短い言葉だが、確かに心は通じ合った。

 なによりそれが、嬉しかった。


 状況を確認する。

 眼前にはダガーを構えた詩音。

 左手にスタンガンを持った郁夫。

 そして、倒れた早広。

 スタンガンは電池式だろうか。何回動作した? 改造で電力を上げているのなら、もう切れているか、残り少ないはずだ。

 しかし、わかったところで、試すのは危険すぎた。

 こちらは丸腰という事実が、圧倒的なまでの劣勢を作り出していた。

 庭先側に俺達は立っている。

 逃げるという手もあったが、早広が倒れた今、それもできない。

 相打ち覚悟で一人を潰すか。

 だめだ、危険を通り越して、無謀だ。

 もう詩音は遊ぼうとしていない。

 殺意が眼に宿っていた。

 左手の郁夫を見る。

 その眼にはなにも映していない。


 ――おかしい。


 違和感に気づく。

 先ほどこいつは有機溶剤を摂取していたのではなかったのか。

 なぜこうも平然と演技できた?

 酩酊、陶酔、幻覚。

 こうも容易に抗えるものなのか。

 詩音の腫れ上がった頬を見る。

 あきらかに異常者に加えられた暴行の痕だった。

 しかし、あれだけの殴打を受けて……?

「おい、詩歌」

「……はい?」

「傷、大丈夫か」

「痛みますが、なんとか」

 声に苦痛の色が見えるが、わりかし平然と彼女はそういった。

 ああ、異常者も、演技か。

 この状況に、とても作為的なものを感じた。

 この気付きが、何か状況を好転させるわけでもないのだが。

 違和感は大きく育っていった。

「恭平くん」

 今度は詩歌から。

 彼女の眼は、ある一点を。

 ハンマーだ。

 釘打ちには大きすぎるサイズ。

 それが、部屋の隅に転がっていた。

 思い出す。

 早広が、詩音を倒した時、彼女の手からこぼれ落ちたのだ。

「ああ、俺も今気づいた」

「私が囮になります。恭平くんはその間に」

「駄目だ」

 そんなことを言っている場合じゃないのは、判っていた。

 ただ、もう彼女を傷つける可能性を選択したくなかった。

 抗議の声を塞ぐように、続ける。

「逆で行こう、詩歌。俺なら素手でも奴らを牽制できる。その間にお前はハンマーを奪取しろ。後は挟撃で各個撃破だ」

「だめです、危険です……」

 顔を歪ませ、本当に心配そうな顔でそういう。

 心が揺れそうになる。

 彼女の手を引いて、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。

 ――駄目だ。早広は死ぬ。

 わずかに残った理性で、拒否する。

 早広は、素性も開かせぬ俺の頼みを聞き、俺の穴だらけの作戦を信じ、危険を顧みず、突入してきたのだ。

 見捨てることはできない。

 損得ではない、人としての仁義に反する。

 これだけは、譲れない。

「聞け詩歌、このままじゃ全員死ぬ。お前を助けに来てくれた早広もだ」

 感情を殺し、そう言う。

 正直、無傷で押さえ込める自信は無いのに。

 自らの命を賭して、二人を守ろうとしていることを、できるだけ悟られないように。

 心を凍らせて。

「お前が特攻してみろ、返り討ちにあって全員死ぬのがオチだ馬鹿野郎。俺なら押さえ込める」

 嘘を。

 彼女たちを守るための嘘を、つく。

「正直女子供なんて足手まといなんだが仕方ない、俺は生きて帰りたいからな。作戦に加えてやるよ」

 わざと、冷たく。

 突き放すように。

「五秒後に決行だ。文句は言わせない。俺が突っ込む」

 四秒前。

 三秒前。

「恭平くん」

 二秒前。

 突如、緊迫感のない、涼やかな声。

 詩歌の、聞き慣れた声。

「嘘つき、意地悪。いっつも私をからかって」

 一秒前。

 何を、言ってるのか。

 馬鹿、もう行くぞ。

「だから……」

 ああそうか、大嫌いなんだろ。

 聞き飽きたよ。そう振る舞ってきたからな。


 詩歌は俺に微笑む。

 滅多に見せない笑顔で。

 白い歯を見せて。

「恭平くんが、大好きなんです」

 静寂を切り裂くような、声。

「な、何を」

 俺の疑問に応える声は無かった。

 走りだしたのは詩歌だった。


 唯一の武器であるハンマーではなく、郁夫と詩音に向かって。 

 

「……馬鹿!!」

 

 自殺行為だ。

 止められなかった。

 丸腰でかなうわけがない。俺の嘘はバレていたのだ。

「ああああああああああ!」

 絶叫し、追う。

 駄目だ。

 追いつかない。

「さよなら、詩歌ああ。死ねええええええ!!」

 詩音が振り上げたダガーは。

 詩歌の首筋に吸い込まれるようにして。

 

 飛沫が散る。

「詩歌あああああああああああああ!!」

 間に合わなかった。

 俺が詩歌を殺したのだ。

「ああああ、うあああああああ!!」

 絶叫。慟哭。

 暗転する視界。

 絶望が、俺を襲う。

 唯一の希望が、守るべき者が、斃れた。

 俺の生きてきた意味が、ついえたのだ。

 涙が、止まらなかった。

 隙に、ハンマーを拾い、反撃すべきだ。

 早広だけでも、助けるべきなのだ。

 そう思うのだが、身体が、動かない。

 とうに限界など迎えていたのだ。

 彼女を守るという気力だけで立っていた。

 膝をついた。

 心が、折れた音がした。

 

「ごめんな」


 誰に向けての言葉なのか。

 贖罪の資格など、ありはしないというのに。  

 

  

   


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