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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
23/56

三話「アザレアの花言葉」⑮


「往生際が悪いですよ、恭平くん。動けないでしょう、そういうふうに殴りましたから。

 妹を見捨てて、のうのうと生きてるなんて、烏滸がましいんです」

そう、嘲るように、彼女は言う。

 拳大のハンマーは郁夫の仕事用具だろうか。

 動けない人間にとどめを刺すには、充分すぎる殺傷能力だろう。

 ぼやけた視界が少し戻る。

 震える唇で、はっきりと呟いた。


「榊。もういいぞ」


 アザレアの影から、気だるそうな返事が聞こえた。

 寒さに震えるようにして、しかし眼は詩歌を捉えていた。

 整った顔立ち。

 肩口まで広がる金髪。

 眉を隠すような前髪。

 触れるもの全てを威圧するような瞳。

 榊、和人。

 手にはビデオカメラ。予備のICレコーダー。

 何を写しているのかは明白だった。

「オーケー。ばっちりだ。メモリギリギリだったわ」

 あくまで飄々と。

 普段と変わらぬトーンで。

「だから高いの買えって言っただろ」

「うるせー、給料上げろブラック経営者」

 悪態をつき合う。

 しかし、今は榊がこの上なく頼もしかった。

 

 当然無策で来たわけではない。

 限られたメモリの中、榊に下した指示は二つ。


 俺が郁夫を殴った直後を撮れ。

 ただし、絶対に殴ったところは映すな。


 榊は、何も言わず、頷いてくれた。

 おそらく、彼の手元の機材には、彼女が俺を殴った姿がバッチリ映っている。

 ただ、まあ問題はある。

「……でも、あなたは私の……父を、殴り、昏倒させました。私には過剰であろうと、自分の身を守る権利があります。あなたにとどめを刺したとしても、罪には」

 ああ、そうだな。

 お前の言うことはいつも正しい。

 しかし、妹はもっと捻くれていたぞ。

「殴られたな、俺だって」

「そ、それは、父を襲撃したあなたが」

「違う」

 彼女は聡い。

 そこで、初めて自分の過ちに気づいた。

「き、恭平くん、まさか」

 

「ああ、夕方に、お前の親父に殴られてきたんだ。工場で。一方的に。痛かったぜ。だから、今、報復に来たんだ」


 一つ目の準備。

 彼女は俺を殺せない。

 その土俵作りのため、躑躅工業まで足を運んだ。

 言葉は選んださ。悪い方向でな。

 心を読む俺にとって、対象の怒りを誘発させることも容易だ。

 案の定、まあ、それは、ボコボコにされたが。

 撤退にはかなり手間取って焦った。

 ヤク中は相手にするもんではない。

 ただ、これで、ただの過剰防衛。

 同じ土俵だ、詩歌。


「……相変わらずイカれてますね、恭平くん。少し、妹を思い出しました」

 ただ、彼女の表情に焦りは無い。

 醜悪な笑みだけが浮かんでいた。

 彼女がさも愉快そうに、口を開く。

「それが何だと言うんですか。私は、その事実を知りませんから。ただ、自宅に不法侵入した暴漢に対し、然るべき鉄槌をくだしたまでです」

 文字通り、鉄槌か。

 小洒落た真似をする。

 ただ、彼女の言うことにも一理ある。

 だから、警察を呼ばなかったのだ。

 この件は内々で解決する。

 警察の介入こそ、避けるべきだ。

 俺は”立場上”とても不利になってしまう。

 だから、彼女に気付かせてはならない。

 警察を呼ぶことが最善だと、気付かせてはならない。

「おい」

「あら、命乞いですか。駄目です、許しません、死んでください」

「違う、受け身は、しっかりとれよ」

 彼女の体が宙に浮く。

 空をとぶように、情けなく浮いた体は、重力と、遠心力と、筋力によって、無慈悲に地へ叩き落とされる。

 

 早広、叶。

 彼女が柔道黒帯だったのは意外だった。

 しかし、技の決まりを見て納得する。

 惚れ惚れするような一本背負い。

 敵が自ら地に伏すかのような流麗さ。

「……、……っ」

 続く言葉は、言葉にならなかった。

 受け身は満足に取れなかっただろう。

 肺から漏れ出た息が、痛々しかった。


 二つ目の準備。

 早広には、俺と一緒に侵入してもらった。

 俺は庭から。

 早広は、もちろん、玄関から。

「どうや、って、入っ……」

 苦しそうに呻く声。

 力が抜けた手から、鉄槌が落ちた。

 しかし、眼だけは異様にぎらついていた。

 郁夫と、同じ目をしていた。

「開けてもらったんですよ」

 早広は、淡々と語る。

 今までに見たことのないような冷たい目で。

 今までに聞いたことのないような冷たい声で。

 静かに、早広は怒りを滲ませていた。

「もう、大丈夫ですよ」

 そして、やさしく声を掛ける。

 倒れて、殴られ。


 ”俺の横で”気を失っていた彼女に向かって。


「助けに、来ました。詩歌ちゃん」


「ありがとう、ナイスタイミングだ、早広」

 彼女に礼を言い、見る。

 早広に投げられ、痛みに呻く、それを。


 本当に詩歌そっくりだった。

 

 違うのは、醜悪な目。

 違うのは、俺への殺意。

 違うのは、可憐さ。

 違うのは、純真さ。

 違うのは、弱さ。

 違うのは、愛しさ。


 ああ、自分はこんなにも詩歌をよく見ていたのか。

 見れば、全然違うのだ。

「みんな、来てくれたぞ。おまえの為にだ」

 そっと頭を撫でる。

 鳶色の目が開く。

「あ、恭平、く、ん……」

 そうか、眼の色も違うな。

 鳶色の可憐な瞳。

 彼女は意識を取り戻す。

「な、んで……。ひどいこと、いっぱい言ったよ? なんで、助けに来たの……?」

「約束したからだ。お前を守ると」

 六年前からの、俺の生きる意味。

 それはこの腕の中の温もりだけだ。


「糞がああああ!! ああああ、鬱陶しいいいいい! だから、お前はカスなんだよおおお! 糞詩歌ああああああああああ!!」


 緋色の眼がぎらつく。

 やはり血は争えないのか。

 郁夫そっくりの咆哮は。

 しかし、詩歌そっくりの身体から。


「お姉ちゃん、もう、やめよう……」


 詩歌が涙声で呻く。

 声は悲痛の色をしていた。


「会うのは久しぶりだな」

 俺は、しかと戦うべき敵の姿を視界に収める。

 そうして、名前を呼んだ。


「瑞原、詩音(しおん)。詩歌は、俺が貰う」

 守るべき者の、姉、に向かって。

 俺ははっきりと、そう伝えた。  


  

まさかの三姉妹オチ

な、なんだってー(棒)

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