表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
22/56

三話「アザレアの花言葉」⑭

仕事上がりの執筆が、癒やしの時間です。

 走る。縁側に踏み込む、土足で、奴の眼前まで接近した。

 虚ろな目に驚愕の色。

 助走を込めた、全体重を右腕にかけ、殴った。

 右腕に激痛。骨が折れているかもしれない。

 かまわない。奴にそれ以上のダメージを与えられたのなら。

 衝撃で部屋のおくまで転がる郁夫。

 クリーンヒットだ。

 圧倒的な先制が決まった。

「があああああ」

 叫び声。激痛でのたうち回る獣は、怒りに身を震わせ、こちらを向いた。

 殺意の奔流。

 奴が俺に向けたのはまさしくそれだった。

 詩歌に目をやる。

 はだけた衣服から覗く痣が痛々しかった。

 怒りで痛みは消えた。

「おおおおおおおおおお!!」

 慟哭とともに、踏み込む。

 正面より戦えば敗北は必至。

 このまま畳み掛ける。

 次は左手を壊す覚悟で殴る。

 奴との距離、二畳半。

 二畳。

 一畳半。

 衝撃。 

 脳天をかち割るような激痛。

「っか、は、っ」

 意識が飛ぶ。

 間抜けな声は、俺の口から出たものだった。

 いや、声とすら呼ぶのも烏滸がましい。

 肺に詰まった酸素が、勢い良く抜けただけだ。

 今、何をされた……?


 あと一歩というとこまで踏み込んだ。

 左手を振りかぶったところで衝撃が来た。

 足か、足を使ったのか。

 しかし、奴を見た。

 咆哮のあと、死んだように微動だにしない。

 別に、殺してもいいと思った。

 しかし、呼吸があることに少し安堵している自分もいた。

 

 なら、俺は、誰に、何を、されたのか。


 血に滲んだ視界が戻る。

 ああ、そうか。

 お前か。 

 お前なのか。


「詩歌……!」


 自分が救う「はずだった」彼女の名を呼ぶ。

 

 月光。

 星明かり。

 煌々と、揺蕩う黒。

 爛々と、煌めく緋。

 緋色の瞳には、殺意と失意。

 幻想的な絵画には不釣り合いな、手に持った金槌。

 そこから滴る血液。

 俺の、血だった。


「そうかよ、……伝わらなかったんだな」

「ええ、わたしの思いはずうっと一緒よ。最初から」


 ああそうだ。

 彼女は気付いていただろう。

 再会した時から。

 俺が忘れていた。 

 しかし、彼女は忘れていなかった。

 忘れたふりをし、俺と語らい。

 忘れたふりをし、思い出したふりをして。

 思い出したふりをして、傷ついて。

 でも、俺の性格は彼女に筒抜けで。

 救おうとしているのも、お見通し。

 助けようとしているのも、お見通し。

 哀しんでいるのも、お見通し。

 怒りに震えているのも、お見通し。


 今日、ここに来ることだって。

 お見通しだったのだ。

 

 会話は無い。

 ただ。 

 ただ、彼女の表情が、雄弁に。

 俺の愚かさを嘲るように。

 語っていた。

 

 六年前。

 詩織を奪ったあの日から、彼女には俺への殺意しか無かった。

 最低の父親。

 唯一縋った母も他界し。

 何に彼女は縋ったのだろう。

 決まっている。

 俺への憎しみだ。


「この時を、待っていた」


 誰に告げるでもなく、ぼそりと彼女が言う。

 ああそうか、郁夫は詩歌の父だ。

 不法侵入した男が、父親を襲った。

 娘は、抵抗し。

 ――偶然。

 犯人を殺してしまった。


 過剰防衛ではある。 

 ただ、それだけ。

 

 なんなら、そこで転がっている郁夫に彼女自らとどめをさせばいい。

 正当防衛にランクアップだ。

 これこそ、彼女の用意したシナリオ。


 ああ。

 当然。

「お見通しだよ」

 だから、二人も協力者が必要なのだから。

 だから、警察の介入を阻止したのだから。

 彼女の顔が歪む。

 夜は、まだ終わらない。 


 ◆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ