三話「アザレアの花言葉」⑨
章題考える気なさすぎワロタ
◆
「ねえ恭平さん。アザレアの花言葉って知ってますか」
瑞原詩織は、あまり感情を表に出すことが無い子だった。
白い壁、白いベッド、白いシーツ。
ちょこんと座る彼女の肌も、白。
対比を描くような、艶やかな長い黒髪が、印象的だった。
素直にとても綺麗だ、と思った。
「あなたに話をしているんです。片倉恭平さん」
彼女は俺が来ると、いつも会話をねだった。
最初の頃は話のネタでも用意してきたのだが、毎日通うにつれて、友人の少ない俺はすぐに会話に困ってしまった。
足繁く通う俺に、最初は無口だった彼女も、段々と心を開いてくれたのか。
最近は、病室に入ると、まず彼女から話題を振ってきた。
瑞原詩織はかなりの狂書家である。
ほかに娯楽の無い病室では必然だったのかもしれないが、ともかく彼女はテレビより、ゲームより、本を選んだ。
暇を見つけては取り寄せ、使うあてのない知識を蓄えていった。
唐突に、彼女が本で読んだ知識をひけらかすのは珍しいことでは無かった。
「すまん、わからん。何だ、教えてくれよ」
そこで彼女は解説をはじめるのだ。
同世代の誰よりも知識があった彼女は、得意気に知識を披露するのだ。
……しかし、その日は違った。
「……教えない」
どこか拗ねたような顔で、赤くなる彼女。
思わず抱きしめたくなるほど、可愛らしかったが。
「いやいやいや! いっつも教えてくれるよね!?」
「恭平さんの、鈍感……」
「ええええ……」
何故か彼女は照れたように口ごもるのだ。
そんな顔をされては、こちらとしても掘り下げることはできない。
どうにも、そんな空気が照れくさくて、耐えれなくて。
「詩織」
鞄から、あるものを取り出した。
「え……」
驚いたような、呆けたような顔。
ああ、その顔が見たかった。
「誕生日、おめでとう」
小さな四号サイズのケーキ。鞄で見つからないように運ぶのは大変だった。
十四本の蝋燭を立てる。
火をつけて、電気を消した。
彼女の眼はかわいそうなくらい潤み、今までに見たことのない表情で、泣き、笑った。
「恭平さん」
彼女が身を寄せてきた。
淡い香りが鼻にかかった。
平静を保つのに苦労した。
「私、生まれてきてよかった……」
ああ、生まれてきてくれて、ありがとう。
俺と出会ってくれて、ありがとう。
「……そうか、よかった」
とっさに口をついたのは、素っ気無い言葉だったが。
どうや彼女は察してくれたようだ。
優しく微笑み、楽しそうに息を吹く。
何度目かの吹きかけで、火は全て消えた。
「おめでとう、詩織」
電気をつけようと、立つ俺の手が掴まれる。
誘われるように、彼女の元へ。
唇に、淡い感触。
絹のような、彼女の髪が、頬をくすぐる。
「ありがとう、ございます」
驚いた俺に、彼女は笑う。
悪戯が成功した、少女のように。
ああ、せっかくのサプライズだったのに。
しかしまあ、嬉しさが身体を満たしていた。
――余命三ヶ月。
ある日見舞いに来た俺に、詩織は普段と変わらないような表情で、淡々と事実を告げた。
目は赤く腫れていた。おそらく泣いていたのだろう。
胸が傷んだ。
――もう来なくていいですよ。今まで、ありがとうございました。
雫を潤ませ、彼女はそう言った。
声は震えていた。