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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
16/56

三話「アザレアの花言葉」⑧

三話長い……ほんとうに長い……。

伏線貼りまくってますが、なんとかエタらずに、風呂敷たためるよう頑張ります!!

 公園のベンチに座り一息をつく。

 先ほどコンビニで買ってきたコーヒーの香りが、昂った気分を落ち着けてくれた。

 アザレアカフェで淹れたコーヒーには敵わないが、やはり淹れたてというものはいい。

 自宅で飲むならほぼインスタントの俺にとって、この香りは癒やしそのものだった。

 詩歌と別れてから、まだ三十分も経っていない。

 店舗に戻る気はなかった。

 名残惜しむように、コーヒーを最後の一滴まで飲み干す。


「さて」


 誰に告げるまでもなく、独りごちた。

 気持ちを切り替えるのに、言葉は充分なトリガーとなる。


「ご開帳っと」


 いうまでもなく、今から行うのはれっきとした犯罪行為である。

 電信柱の根本。

 残っていた五つのゴミ袋全てを持ってきた。

 近隣に住宅は十件。

 瑞原宅の廃棄物という保証はないが、いてもたってもいられなかった。


「うわ……臭え」


 最初の二つは生ゴミだった。

 腐臭に悪態をつき、次を開ける。


「ビンゴ……」


 ――躑躅工業つつじこうぎょう社内誌送付のお知らせ。


瑞原郁夫(みずはらいくお)様……」


 詩歌の父親の名前だ。

 まさかこんなに早く見つかるとは。

 スマートフォンで住所を調べる。


「だいたい五分くらいだな」


 意外と近かった。

 残ったゴミも確認を済まし、公園のゴミ置き場に放り込む。

 少し溢れているが、まあいいだろう。

 やはり店には帰れそうにない。

 榊には後で謝っておこう。



 躑躅工業は、躑躅市をに本社を置く、中小企業である。

 伸線、螺子をメインとして、機械部品にも明るい。

 市内に三つの工場を持ち、従業員数は百を超える。


「ここか」


 つん、と。

 嗅ぎ覚えのある臭いが鼻をつく。

 確信を持って、俺は進んだ。


「こんにちは~」


 機械の音に掻き消されてしまう。

 先程からせわしなく動くおっさんどもは、こちらを一瞥し、無視を決め込んだようだ。

 愛想ねえな。


「こんにちは~!!」


 大声で叫ぶ。

 気付いてんだろ。

 早く来いよ。


「……なんやガキ。いま忙しいの見てわからんか」


 どすの利いた声。

 俺の二倍はあろうかという図体。

 太い腕、広い肩幅。

 金色のトサカのような髪型が、威圧感を醸し出していた。

 なにより異様なのはその目つきだ。

 こちらを図るような視線。

 ねめつくような、不快な、眼。

 明らかにカタギの人間ではあるまい。


「すいません忙しいとこ。瑞原さんはおられますか?」

「わしが瑞原や、知らん顔やなお前、何の用事や」


 なんと、こいつだったのか。

 詩歌と似ても似つかぬ容姿。

 おかしいな。六年前には、お互い顔を合わせているはずなのだが。

 詩織の葬式を思い出す。

 土下座して両親に詫びた。

 とても顔を見れなかったが……

 あの時、俺を慰めようと肩に置いてくれた手は、こうも獣じみた掌だったろうか?


「おう、何か喋れやガキ」


 肩を掴まれた。

 煙草臭い息が鼻につく。


「申し遅れました。私はアザレアカフェの店長。片倉恭平と申します」

「お前が店長? 前会った奴と違うぞ」

「はい、ついこの間、着任させていただきました」

「ほう、で、何の用事や?」


 実の娘が通う職場の長が来てもこの態度か。

 表情が映し出す感情は侮蔑。

 俺のことを人と見なしていない。


「実は瑞原……詩歌さんなのですが、先ほど体調不良で、早退されまして……」


 口ごもるように、事実を告げた。

 しかし。


「そうか」


 瞳には何の感情もなかった。

 どこか遠くの国のニュースを見るような。

 そんな、目。


 ……怯むわけにはいかない。 


「お父さん。詩歌さんの体調不良の原因、何かご存知でしょうか?」


 さあ、どう返す。


「なあガキ」


 突如。


 鳩尾に強烈な衝撃。一瞬呼吸が止まった。

 遅れて来る痛み。


「……かっ、は」


 殴られた。そう気付いたのは数コンマ後。

 攻撃の予兆は全くなかった。


 通常、大多数の人間は、人を傷つける時身体のどこかには力が入るものだ。

 呼吸、目線、筋肉の動きで次に来る動作がある程度予測できる。

 俺はその能力に長けていた。こと対人戦では勝てない事はあれど、敗北は無かった。

 しかし、いまの攻撃に気配は全くなかった。

 まるで、服についた埃を払うような気軽さで。

 俺は急所に一撃を貰った。


「何がいいたいんや。いらんこと探ろうとしてへんか、ああ?」


 胸ぐらを掴み、そう脅す。


「……、っ、あんたのせいだと認めているようなもんだぜ、糞野郎ッ!」


 二度目を貰うほどお人好しではない。

 顎を狙った蹴りを、両腕を交差させて受けた。

 完全に殺したつもりだったが、ウェイトの違いか、腕の感覚が消えた。

 周りを見るが、誰も止めに来ない。

 それどころか、我関せず、といった立ち振舞い。

 この暴力に、日常的な気配を感じた。

 この男、素人ではない。


「威勢だけはええのう。でも、腰はひけてるぞ」

「気のせいだよ。ああ、そうだ糞野郎。詩歌の母さんは元気か?」


 獣の頬がピクリと震える。


 ――俺は、知っているぞ。


「何が言いたい」

「いや、何にも。ただ、詩歌がまた倒れるようなことがあれば、少々調べさせてもらうぜ」


 しかしまあ、わかりやすい殺意が顔に浮かんでいた。

 防御を続けるうち、工場の奥の奥。事務所まで、俺は追い込まれていた。

 武器になりそうなものを探す。

 しかし、あるのは百キロはあろうかという、積み上げられた鉄パイプの山。

 ああ、使えねえ。

 あとは、テーブル、パイプ椅子、灰皿、消火器……。


「まずいな……」


 唇を噛む。窮地を脱出できそうなものは無かった。

 思い出すのは、彼女の顔。

 俺に全てを教えてくれた存在。

 今はなき、彼女――。

 考えろ。

 思考を止めるな。

 彼女なら、どうしていた……?


「詩織……!」


 獣の太い腕が止まった。

 かあ、と目を見開き、叫ぶ。


「糞餓鬼がああ!! 気安くその名をよぶなああ!!」


 怒りに任せての鉄拳は、大振りになり、躱すことは容易だった。

 背後に周り、消火器を手に取る。

 ピンを抜き、ホースを向ける。

 狙いを定め、レバーを握った。

 勢い良く空気の抜けるような音がし、あたりは薄紅色の煙幕に包まれる。

 風向きは計算していた。

 工場内を這うように走る冬風は、奥の事務所が終着点だ。

 俺はそのまま勢い良く出口へと走る。

 背後から振りかかるは悍ましい声。

 俺への殺意が溢れていた。


「ありがとう、詩織」


 息を切らしながら、彼女へ。

 名前を呼べば、少し心が満たされたような気がした。

 外へ出る。

 冬の夜は早い。

 あたりは闇に包まれていた。

 爛々と工場の明かりと、無機質な機械の駆動音が、薄気味悪かった。

 店舗へと向かう帰り道。

 思い出すのはやはり彼女との記憶だった。


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