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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
14/56

三話「アザレアの花言葉」⑥

「終わった……」

 控室のテーブルに突っ伏し、俺は唸る。

 いや、ホントに疲れた。 

 相も変わらずとんでもない忙しさだった。

「だらしねえなお前」

 呆れたように、対面に座る榊が言う。

 時刻は十四時すぎ。仕事に多少慣れては来たのか、昨日よりは片付けに手は取られなかった。

「お疲れ様です……」

 がちゃり、と控室の扉が開く。詩歌が入ってきたのだ。

「……大丈夫か」

 やはり少し顔色が悪い。

 営業中は気力でなんとかしていたのか、今はふらつくように歩いている。

 大丈夫じゃないのは明白だった。

 目は少しぼんやりしていた。

「……あ、すみません……」   

 だいぶ遅れて詩歌が返す。会話になっていなかった。

 目で榊に合図する。彼は黙って頷いた。

 昨日と同じだ。

 状況は何も改善しちゃいない。

「今日は帰れ詩歌、家まで送る」

 淡々と俺はそういった。

 とても仕事はできまい。

 しかし彼女は。

「……ふざけないでください、誰がかわりに営業するんですか」

 仕事ならできます、と頼りない声でそう言う。

 少し横になってれば大丈夫です、と。

 ちっとも平気じゃなさそうに。

「だめだ、瑞原さん。店長の言うとおりだ、とても見てられない」

 榊が悲痛な声でそういった。

「榊もこう言ってる。誰が見てもやばいぞお前。かわりなら俺がする。夕方になったら早広も来る」

「……あなたに私の代わりがつとまりますか。仕事もまだおぼつかないくせに」

 詩歌はそう言うと、控室を出ていこうとする。

 明らかな、拒絶。

 朝の態度が嘘のようだった。

「客席で休んできます。店長と同じ空気を吸いたくありません」

 どうして。

 どうしてそんな。

 悲しそうに俺を罵倒するのか。

「あなたが足手まといだから、余計に疲れました。もう放っておいてください」

 そう詩歌は、俺から離れようとする。

 しかし。

「っ、…………っ」

 ふらつく足が縺れ、倒れ込みそうになる。

 すかさず詩歌を支えた。

 そのまま脱力したかのように、倒れこむ詩歌を抱く。

「榊! 詩歌を家まで送ってくる!」

「……オーケーわかった。そのまま帰ってくんな」

 呆れるようにそういう榊。

 店はどうすんだよ。

「今日は現場休みだ。ディナーも任せろ」

 バレバレの嘘だった。悪いが甘えることにする。

 ひとつ、貸しができたな。

「すまない」

「瑞原さんを頼むぞ」

「おう」

 榊は笑って控室の扉を締める。


 SAに詩歌と二人になった。

 あいつマジで良い奴だ。

 帰りに煙草でも買ってこよう。

「……何勝手に納得してるんですか、帰りませんし、働きます」

「ふざけんな。帰らせるし、働かさない。店長命令だ」

「何を都合のいい……」

 しかし詩歌は譲らなかった。

 もぞもぞと俺の手から逃れようとする。

「我が侭言ってるのはお前だ、詩歌。黙って甘えとけよ」

「私の体がどうなろうと私の責任です」

 その言葉に。

 ぷちん、と。自分の中で何かが切れた。

 何を。

 何を言っているのか。

 もう、失わせるなよ。

 俺から、何も。

 少し怯えるように詩歌の瞳が揺れる。

 自分の表情がこわばっていたことに気づく。

「……すまない。もう誰も失いたくない」

 暗い声。

 自分自身から発せられたとは思えないほど、重く、暗く。

 思い出したくない深い扉を。

 ごんごんと叩く音が。

 もうやめてくれ。

「……恭平くん」

 ぎゅ、と。

 詩歌が俺を抱く。

 実際はたから見れば俺が詩歌を支えているのだが、しかし、折れそうな俺の心を彼女は繋ぎ止めてくれた。

 縋るように腕に力を入れた。

 淡い香りが心地よかった。

「ご、ごめんなさい、少し、痛いです」

 赤くなった顔をごまかす様に、慌てて詩歌はそう言った。

 強く詩歌を抱く格好になっていた。

「悪い」

「……離してくださいよ」

「家に帰るのなら」 

 強く、彼女の手を握っていた。

 目を見て、言った。

「詩歌が心配だ。家まで送らせてくれ」

 何かを悟ったかのように詩歌は。

「……わかりましたよ……」

 真っ赤になった顔で、か細い声でそう言った。

 目は合わせてくれなかった。


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