三話「アザレアの花言葉」③
「おはよーございます……、あれ、何やってんだお前ら」
榊だった。もうそんな時間かと時計を見る。
オープン二時間前。かなり余裕のある出勤時間だ。
朝黒い肌、金色の髪、首元にはシルバーのネックレス。
舐めるような視線が肌をついた。
「ほう、ほうほう。瑞原さんにもついに春が」
「待て、何かお前勘違いしてるぞ」
余談だが、榊は詩歌のことを瑞原さんと呼ぶ。
店長代行なだけあって、尊敬されているのか、榊は詩歌に一定の敬意のようなものをはらっている気がした。
「あれ、事後じゃねーの?」
「事後ちゃうわ! どう見たらそう見えるんだよ!」
詩歌はコーヒーを飲んだ後、すぐに眠ってしまった。よほど疲れていたのか、起きる気配は全くない。
節電のため、アザレアカフェは空調をいれるのはオープン三十分前――つまり九時半からと決まっている。狭い客席なので、すぐに暖気が行き渡るためだ。
二月も上旬。まだ室内といえどもかなり肌寒い。
控室にあった毛布を被せていた所に、榊が出勤してきたのだ。
正直こんなに早いとは思わなかった。
「なんか色々大変みたいなんだわ、瑞原さんとこ」
ふいに真顔に戻り、榊はその整った顔をこちらに向ける。
「その毛布、瑞原さんのだな。この子の境遇についてはある程度聞いているのか?」
六年前の事を言っているわけではあるまい。おそらく今現在の話だ。
「……いや、まだなにも」
実際には早広から概要は聞き出しているのだが、いかんせん情報量が少ない。
嘆息して、俺は榊に返した。
「そうかよ、信頼されてねえんだな。お前。何か昔の知り合いだったみたいじゃねえか、その余所余所しさはなんなんだ?」
察しが良い。詩歌は自分のことを話したりしないだろう。
こいつは俺達の挙動を見て、結論にたどり着きやがった。
「ああ、そうだよ。こいつを助けたいのに、本人も、周りも何も教えてくれない。榊、お前はどうなんだ?」
俺を値踏みするような視線に、真っ向からぶつかる。
榊は少し笑い。
「BYでいいか? 瑞原さんが起きたら、殴られそうだ」
煙草を咥えながら、顎で俺の後ろをさした。
こいつ、実は結構いいやつだったりする?