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夢幻泡影のアザレアカフェ  作者: ナナカセナナイ
クーデレ美少女 瑞原詩歌ルート
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三話「アザレアの花言葉」②

 詩歌を助けてほしい。

 ただ、自分は協力することができない。

 早広が伝えたいのはそういうことだろう。

 わかっているとも。


「最初からそのつもりだ」


 自分に言い聞かせるように。寝不足の頬を叩く。

 顔を洗い、髭を剃り、歯を磨く。

 仮面をつけるように、髪をセットし、ネクタイを締め、ジャケットを羽織る。

 よし。

 アザレアカフェ三日目が始まる。

 ぐちゃぐちゃになった頭の整理は一晩でついていた。


「まずは、信頼関係の構築だな」


 情報収集は詩歌を一刻も早く助け出す上で必須だ。

 その他の取っ掛かりを作ろう。

 時刻は午前五時半。

 始発がようやく動き始める。



 店舗の鍵はオーナー(叔母さん)から貰っておいた。

 白み始めた空に、息を吐く。

 オープン四時間前。

 アザレアを背に、扉を開けた。

 カランカランと小気味良い音が、真っ暗な店内に響く。


「おはよう」


 できるだけの笑顔で、彼女に挨拶をする。


「今日も早いんだな、詩歌」


 しかし、彼女はそこにいた。

 驚いたような、少し悲しむような複雑な表情で。

 相もかわらず、愛らしさもかわらずに。


「え、……きょうへいくん、なんで」

「おいおい不審者を見るような眼してんじゃねーぞ、早く来て悪いかコラ」

「だ、だって、まだ六時ですよ?」

「俺より早く店に来てた奴が言うセリフじゃないわな、ソレ。たまたまだよ、たまたま早く目がさめたんだ」


 目が覚めたどころか一睡もしてない。


「明らかに、寝不足そうな顔で何言ってるんですか。早く来たなら手伝ってくださいよ」


 オープン四時間前に何をすることがあるというのだろう。同じくくまを化粧で誤魔化しているような奴に、そんなこと言われたくはないな。


「嫌いじゃないぜ。ばっちりメイクじゃねえか。新鮮だわ」


 かあ、と詩歌が赤くなるのがわかった。

 やめてくれ、言ってるこっちが恥ずかしい。


「……うるさいです、早く着替えてきてください」


 眼を合わせずに言ってくれたのがよかった。少し赤らんだ自分の顔を隠すことができたからだ。


「おう」


 ぶっきらぼうに返事を返し、更衣室に向かう。

 睡魔はとうに吹き飛んでいた。


 朝清掃を見様見真似でこなし、客席を拭き上げ、メニューをセットする。

 ホール全体にモップをかけ、絨毯部分は掃除機で綺麗にする。

 マニュアル片手ではあるが、おそらく合っているはずだ。

 証拠に先程からチラチラこちらを見ている詩歌が、何も言ってこない。

 気になって仕事できねえよ。


「終わったぜ詩歌。次はなんだ?」


 基準の十五分は少々オーバーしたが、まずまずの仕上がりだ。

 窓ガラスを拭いている詩歌に向かって言う。


「……もうありませんよ、これで終わりです」


 少し嬉しそうに見えたのは、自惚れではあるまい。


「そうか、なら少し休んでいろよ。コーヒーでも淹れるわ」

「わかりました、少し甘えさせてもらいます、朝から体調が少しすぐれなくって」

「気にすんな。俺も仕事を覚えれたしお互い様だ。オープンまで休んでいてくれ」


 はたから見れば、詩歌は明らかに右足を庇っていた。かなり痛むのか、作業中も顔をしかめるような仕草が何度か見て取れた。

 しかし、「帰れ」とは言えなかった。責任感の強い彼女はその言葉をなによりも嫌うのは判っていたからだ。

 SA(サービスエリア)のコーヒーマシンにマグカップをセットし、ボタンを押す。

 すぐにカリカリと小気味いい音が、静かな店内に響き、遅れて温かいコーヒーがカップを満たす。

 彼女の好みがわからないので、砂糖とミルクは多めに持っていった。


「おまたせ」

「……ありがとうございます」


 細く、白い指先が触れる。少し冷たい体温を名残惜しみつつ、切り掛ける。


「今更償えることではないのは承知している。ただ、ここで再会したのもなにかの縁だ。俺はお前を守りたい」


 嘘偽りのない自分の感情を、真正面から彼女にぶつけた。

 少し逡巡して、詩歌は口を開く。


「……あれから六年が経ちます。正直、自分の中でも詩織のことは整理がついていません。ただ、色んな感情がぐるぐる回って、正直恭平くんにどうやって接したらいいのか判らないままなんです」


 曇りなき目で彼女は言った。当然だ、許されざる事をした。

 俺は黙って彼女の話を聞いた。


「あなたには正直、殺意すら覚えました。私から大切な人を奪っておいて、のうのうと生きているその姿に生理的嫌悪を感じました」


 ただ、と詩歌は息をつく。

 潤んだ目から、一筋溢れる雫。


「なんで、戻ってきたんですか。なんで、変わらずに優しいんですか。なんで、なんで……」


 嗚咽を堪えるように。しかし彼女は俺から目を逸らさなかった。

 強い、瞳だった。


「自分への戒めとして、お前の側を離れた。それが俺にとって何よりも大事な居場所だったからだ。ただ、今、お前が、詩歌が、傷ついているんだ。苦しんでいる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」


 負けじと見つめ返す。想いに虚飾など無い。

 これが、俺の存在意義なのだから。


「詩歌が何を言おうと、俺は自分の考えを曲げないよ。何を犠牲にしてもいい。詩歌を守る」

「恭平くんは、何も変わらないんですね。六年前と。私は、これほど変わってしまったというのに」

「何も変わらないよ、俺も詩歌も。少し環境が変わってしまっただけだ。俺は相変わらず馬鹿やってるし、君は相変わらず魅力的な女の子だ」


 くすり、と詩歌が微笑む。

 やった。ようやく笑ってくれた。

 その笑顔が見たかったのだ。


「……相変わらず女の子にはだらしないんですね、わかりました、少し、整理させてください」


 すっかり温くなったコーヒーを、詩歌は飲み干す。


 ――ありがとうございます、と。


 無機質なカップの音に紛れて、彼女の唇が動いたのは、きっと見間違いではあるまい。

     

   


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