プロローグ
眼前の少女、瑞原詩歌は泣いていた。
その鳶色の綺麗な瞳から涙がぽろぽろと伝う。
その可憐な顔立ちをくしゃりと歪め、声を震わせ、彼女は俺に抗議するようにか細いながらもはっきりと告げる。
「やっと、やっと……。みんなが本当に、仲良くなれたんですよ。ようやく、これから、楽しくできるんですよお」
俺は何も言えなかった。そんな資格などなかった。
……ああ、今まで本当に色々なことがあった。
月並みな表現ではあるが、激動と呼ぶべき日々だった。今までの人生で間違いなくもっとも濃い時間を過ごした。
血の滲む六ヶ月。詩歌たちと笑い、泣き、喧嘩し、仲直りし、思いを語らい、そして、幾度となく命を賭した。
本当に、楽しかった!!
「私に、やっと居場所ができたんです……。ここに来ると元気になりました。辛いときも、哀しいときも、みんなと会えて、恭平くんと会えて、本当に楽しかったんです」
その後はもう、言葉にならなかった。
詩歌は顔をくしゃくしゃにして、わんわんと泣いていた。
ああ、気持ちはは俺も同じだ。
心がきんと痛む。
「ありがとう、詩歌」
万感の想いでそういった。
本当に、感謝している。
ともすれば、震えそうになる声を、押しとどめる。
詩歌が顔を上げた。
涙と鼻水に濡れた、それでも可憐な、その顔が絶望に染まっていた。
――まるで別れの挨拶ではないか。
言葉にせずとも、彼女のその表情が雄弁に語っていた。
ああ、そんな顔をするなよ。
心が、折れそうになる。
その通り、今から告げるのはお別れだ。
身を切るようだが、「店長」として俺が伝えなければならない。
「……アザレアカフェは、閉店する」
詩歌が、身体をびくんと震わせた。
息を呑む音が、伝わってきた。
もう、詩歌の顔を見れなかった。
「今まで、本当に、ありがとう」