引っ越し
紅葉が始まりかけている秋。
趣味の季節とも云う。
笹倉唯夏、つまりあたしの秋は、まず引っ越しから始まった。
そのわけは、親の呆れるほどの勝手さにある。
以前は、田舎も田舎、いわゆる「ど田舎」で農作業を営んでいた
あたしたち一家。
しかし、そのうち専業農家でやっていくのがきつくなると、
それなら心機一転、都会に行ってサラリーマンになったれ、
というありえないほどの親の甘すぎる、軽すぎる思い
(あたしはそれを、バカと呼ぶ)で東京に移り住んだ。
「さあ、ここが今日から我が家になる家だよ」
父の野太い声であたしはすっかり現実に戻された。
「まあ、素敵」
母のうっとりした声は、まるでディズニーキャラクターのようだ。
あたしは、東京に着いたときからずっと頑固に見続けていた
アスファルトからようやく目を離し、目線を上に上げた。
我が家の初お披露目だ。
その我が家は、家と家の間に無理矢理押し込んだかのような、
小さな一軒家だった。
それでも庭はついていたし、今時少し古風なレンガでできた、
お洒落で落ち着いた雰囲気を持っていた。
ドアの横には「SASAKURA」と書かれた黒いプレートが貼ってある。
うん?
あれ?
あたしはそんな家を感慨深く見つめているうちに、
あることに気がついた。
...っていうか、この家、小さいとはいえ、
都会に建つ庭付きの一軒家なのに、どうやって買ったんだ?
うちにそんな大金、ないはずだ。
「ど、どうやって買ったのこんな一軒家」
声を絞り出すようにして聞いた。
母の横顔はとても涼しげで、あたしを苛立たせた。
「あらあらあらあら?唯夏ったら、気づいてなかったの?」
なんだか嬉しそうに馬鹿親1号が言った。
「ポルシェを売ったんだよ。
俺の上司が、とても良い値段で買ってくれてね。
非常にラッキーだった」
馬鹿親2号も口を開く。
気付けば、そのとんでもない話の内容に惹かれてか、
興味津々の様子で花柄のエプロン姿のおばさんが向かいの家の窓から
顔を突き出して話を聞いていた。
「マッカーサー...」
まさかと言おうとしたのに、頭が混乱しすぎて
偉大なる歴史上人物になってしまった。
くそう。この馬鹿親のせいで。
「そのマッカーサーよ!っていうかマッカーサーって何?国?
まあいいや。そうね、確かに一世一代の決断だったわ。
何しろうちはお金持ちじゃないしね。
我が家の唯五くらいの中の一つの誇りを失ってしまったんだから。
超高級車を売り払うなんて、唯夏を手放すより大変な事だったわ。
でもね...」
馬鹿親の話に幾つか、突っ込みどころがあるが、
そこは敢て無視をしておこう。
あたしはあまりのことに、持っていたバッグを落としそうになったが、何とか持ちこたえた。