なんで異世界でも姑にいびられるのよ!~住民の前でマザコン領主と派手に離縁します~
「アイさん。この味付け、ニコルには少し濃いんじゃないかしら?」
「母上は僕の好みを理解しているからね、アイ、母上から勉強させてもらうといい」
このクソ親子、いっぺん殴ったろうか?
大層な衣装に身を包んだ姑のサージが
フフンと鼻を鳴らして、
首を軽く伸ばし、私を見下ろしている。
私の作ったスープがお気に召さないらしい。
朝から厨房に立ち、何度も味見をして
夫であるニコルの好きな味付けをしたつもりだ。
ただ私をいびって何が楽しいのか。
その隣にいる夫、ニコルもクソだ。
高身長で顔はイケメン。家柄も認めたくないが立派だ。
今私達が住んでいる街の領主でもあるのだから。
だが、私から言わせるとマザコンだ。
大体、何故お前は姑の隣に座っている。
私一人と向かい合って二人並び。
なんなんだコイツらは。
「あら、アイさん。お返事は?」
「……はい。お義母様、勉強させていただきます」
「そう、それでいいのよ」
姑のサージが満足そうに微笑んだ。
優越感がにじみ出たその表情……なんて腹立たしい。
絹で作られた豪華なドレス。
首元に飾られた数々の宝石は
至る所の光を反射しすぎて下品な輝きを放っている。
そして、私を見下ろすたびにわずかに持ち上がる顎。
本人は優雅に振舞っているつもりなのだろうが、
私から見れば、ただの胸糞悪いクソババアだ。
そして、夫であるニコルはスプーンを手に持ち
私を諭すように話しかけてくる。
「でも折角アイが作ってくれたんだ、
ちゃんと全部飲むよ」
当たり前だ!
あ・た・り・ま・え!
何で、逆に私のことを気遣ってる風になってんだよ!
折角??ちゃんと??
……自分が何言ってるか分かってる?
夫のニコルはそんな私の怒りを理解せずに
優しく微笑んでいる。
整った顔立ちに透き通るような青い瞳。
王子様を思わせるような金色の髪も優雅に揺れている。
街の女性たちが振り返るほどの美しい男性。
……チッ、何でマザコンなんだよ。
今では微笑みですら、気持ち悪く見える。
ああ、この異世界に転移する前のことを思い出すわ。
日本で生まれ、日本で育ち、
結婚もしていた、ごく普通の三十代女性だった。
若い頃はそれなりにモテた。
働いて、恋愛をして、結婚して
誰もが想像するような、普通の幸せな生活を送るはずだった。
でも、隣に住む姑があまりにもウザ過ぎた。
そういえば、さっき言われた料理のことも
似たような展開があったような気がする。
料理の味付け以外にも、洗濯物の干し方。
掃除の方法。お金の使い方。私の仕事。
何でも口を出してくる。
「愛さんのためを思って言っているのよ」
これが姑の口癖だった。思い出すと吐き気がする。
特に一番嫌だったのは私がいない間に
部屋を勝手に掃除されることだった。
夫に相談しても、
「別に母さんも悪気はないんだよ、
少しぐらい我慢してくれよ」
は? Do you understand?
……いかんいかん、思い出し怒りで思わず英語が出てくる。
これは私の悪い癖だ、まあ口に出したことはないけど。
とにかく、今は前の世界のことを考えるな、私。
姑と夫にイラついていたある日。
私は気づけばこの異世界にいた。
更に若い頃の姿に戻っていた。
何故か髪の色に若干の赤が混ざっているが、
それ以外は18歳ごろの私の姿。
元の名前は相原愛。
人生を再びやり直すために、
この世界に倣って「アイ」という名前で通すことにした。
私を召喚した召喚士は
この世界に来た異世界人は普通「職業」を所持していると言っていた。
「勇者」「魔法使い」「聖女」中には「ミュージシャン」なんてものもあるらしい。
だけど私の職業は現状「??」となっており不明らしい。
これは過去にない現象らしく召喚士曰く、
「いつか、あなたが心の底から望むものに気づいたとき、その職業は開花するでしょう」
だとさ。
当時の私は素敵な旦那を手に入れて幸せな家庭を築くことを求めていた。
だから職業なんてもの全く気にせずに旅を続けた。
そして出会った、理想の相手。
ある街の領主、ニコルに。
私がこの街に辿り着いたとき、ちょうど大きな事件が起きていた。
街の水源が突然使えなくなり、住民たちが飲み水にも困っていたのだ。
人々が不安に暮れる中、
ニコルだけは毎日遠くから水を運び、
困っている人々を助けていた。
汗まみれのその姿を見て
私は少しずつ彼に惹かれていった。
そして、私も彼を手伝った。
前の世界から得ていた知識を使い、
古い水路の記録を調べて原因を突き止めた。
最終的にはニコルと協力して、
水の流れを取り戻し街に平和が訪れた。
あのときの歓声は今でも鮮明に覚えている。
街の人たちは私にお礼を言ってくれた。
そして、ニコルは私を抱きしめて。
「君がいてくれて本当に助かった。
君さえ良ければ、今後も僕と一緒にこの街を幸せにしてほしい」
幸せを求めていた私は喜んで受け入れた。
でも今から思えばあの「君さえ良ければ」という言葉。
そこにニコルという男の本質が表れていた気がする。
私は恋に溺れていたんだと思う。
数か月後にニコルから求婚を受けて
私が思っていたハッピーエンドそのものを迎えた。
でも、とある事情で長らく遠征していた姑が
帰ってきてから雲行きが怪しくなった。
パーティーでは
私の皿にだけパンしか盛られなかったり、
掃除を済ませれば、
わざわざ確認した後に再度同じ場所を掃除してきたり。
「アイさん、貴方が掃除したあとに
あるはずがないものがありましてよ」
なんだその回りくどい言い方は。
わざわざ手についた埃を私に見せて
口元が歪むように吊り上がっている。
更にはこんな一言も。
「跡継ぎはまだですか?私が貴方ぐらいの年には……」
なんだこの典型的な嫌味姑は。
夫のニコルにこう言われたんだけど、と相談したら。
「我々はこの街のトップだ。跡取りを考えるのは当然の思考だ」
いや~、なるほどなるほど。
あんなに愛していたはずなのに、
びっくりするぐらい冷めていくのが分かる。
大体、街のトップと言っても、
姑が帰ってきてから私達は住民からめちゃくちゃ評判が悪い。
それも、姑が住民のことを考えずに無駄に税金を上げ、
自分の宝石やドレス、屋敷の改装、
豪華な晩餐会などにお金を使っているからだ。
私は何度も反対した。
「ねえニコル。税金を上げすぎじゃない?」
「母上にも考えがあるんだよ」
「でもこの前まで普通に暮らしていた人たちが、
今食べるものにも困っているのよ」
「領地を運営するにはお金が必要なんだ」
「お義母様がお金を管理し始めてから、こうなっているんだけど?
何で領主である貴方が管理しないの?」
「……はあ、父上が亡くなってまだ僕が幼かったとき、
母上が実質的に領主として動いてくれたんだ。
帰ってきたのなら、運営の一端を任せるのは当然だろう」
「私は今の話をしているの、過去の話じゃない」
「いい加減にしてくれ、街の運営に口出すんじゃない!」
……ダメだ、このままだと街が潰れる。
昨日、市場を歩いたときも
店先に並ぶ食べ物はほとんどなかった。
いつも愛想のよかったパン屋のおばさんもガッツリ痩せていた。
「アイ様お久しぶりです」
「こんにちは、今日お店は?」
「……税金が上がった関係で売れば売るほど赤字になるんです。
息子の店も畳むことになりそうで」
腐っても身内である私は胸が苦しくなった。
「申し訳ありません」
「どうしてアイ様が謝るんです?」
「……私も領主の家の人間だから」
おばさんは首を振って私を見つめてくる。
「アイ様はこの街に水を取り戻してくださったではないですか」
「……でも」
「私たちはあの時のことを忘れていませんよ」
そう言って微笑んでくる。
痩せた頬をみて、また胸が締め付けられた。
……このままだと街は。
そんなある日。
姑のサージが急に住民を集めろと言い放った。
屋敷の使いが街中に触れ回り、
2時間後には広場に人だかりができていた。
そんな中、それは立派なお立ち台に
私と姑と夫が並び立つ。
参加したくないのに、
これも妻としての役目だとニコルに強制された。
胸糞悪い二人と並んで反吐が出そうになる。
だけど、街に害のあることをまた提案するかもしれない。
私に止められるかは分からないけど、
これ以上は絶対に止めないといけない。
「皆の者、よく集まってくれた!
我が母上から重大な発表がある、よく聞いてくれ」
そんな重大なことならお前が話せ。
多分私以外の人たちもそう思っているはずだ。
だがそれにも気づかないのがこの2人なんだろう。
サージが得意げにお立ち台の前へと歩んでいた。
「我々の街は平和そのもの。
それも余と我が息子ニコルによる賜物であることは
皆わかっているであろう」
いや、それはない。
「住む場所も食べることにも困らない」
アンタが税金上げたせいで、
住民は生きるのに必死だけどな。
周りを見渡すと、苦い表情を浮かべている人、
拳を握りしめている人、パン屋のおばさんもいた。
笑顔の人なんて誰一人いない。
「よって!」
サージが大きく両手を広げた。
「今日から新たに平和税を課す!」
冷たい視線が私たち3人に向けられる。
だがそれも理解せずにニコルが姑へ拍手を送っている。
ただただ乾いた音だけが広場に響いていく。
「更に、第二王妃を募集する予定である」
は?? いやいや。
それに王妃って何様? ただの街の貴族だよね?
私王妃だったの?
そんな扱い受けてないんだけど?
思わず、拳に力が入っていく。
「……どうにも、ここにおる下賤な女アイは
子供を作らないようなのでな」
……脳が全てを解放した。
Do you understand?
もうどうなってもいい。
コイツだけは絶対に許せない!
クソ女に向かって駆け出した。
そして、勢いのままに
自分の拳で殴りつけた。
姑はその衝撃で派手に転がっていく。
……あ、ついついやってしまった。
静寂が辺りを包む。
ニコルは唖然と私を見つめ、
集められた人たちも私を凝視している。
拳が痛い。
そりゃそうだ、今まで人を殴ったことなんて一度もない。
でも正直にいう、気持ちいいわコレ。
数秒後
パチパチと一つの拍手が聞こえた。
どこから、誰からのものかは分からない。
そして、その数が瞬く間に増していく。
先ほどのような乾いた拍手ではなく、
一人一人が全力で手を重ねているのがわかる。
気づけば、私と姑と夫を除いた
全ての人間が拍手をして歓声をあげていた。
パン屋のおばさんなんて涙を流して喜んでいる。
「よくやったアイ様!」
「そのまま悪女を追い出せ!」
「何が平和税だ!」
「女の敵!!」
なんだコレ、私が姑を殴りつけたことで
住民全ての感情がオープンされたような感覚。
「……余に手を挙げるとは不届きものめ!
捕らえよ!皆の衆!」
姑が声を荒げるが誰も近寄ってこない。
最早、姑の味方は息子であるニコルだけになっていた。
「……ニコル、まだこの母上とやらを愛しているの?」
歓声に負けないように、声を張ってニコルに問いただす。
ニコルは一度周囲を見渡すと、
笑顔を作って私に向かい声を絞り出す。
「そんなことはない!私が愛しているのはアイ!お前だけだ!」
「このクソ野郎が!!」
言葉を聞いた瞬間、私は夫であるニコルも殴っていた。
コイツはどこまで腐っているんだ。
ニコルも姑の横に倒れ込むと
更に住民のボルテージが上がっていく。
「もうその親子のいうことは聞かねえ!!」
「街から追い出せ!」
「絶対許さない!」
魔女狩りにでもあったようなクズ親子。
二人はただ震えるしか出来ないでいた。
ふと私の脳内に「拳」という文字が浮かんでくる。
職業「??」→職業「拳」
……ん?
……え、私の職業「拳」??
それって職業じゃないでしょ。
あ、ダメだ。なんか変えられないって直感的にわかる。
もっと幸せになるような職業が良いんですけど。
なんか、その拳とやらの効果も脳内に入ってくる。
『拳で殴った相手に対して不満を持つものの感情が高まる』
……いらないです。
……三日後。
私は夫であるニコルと別れた。
もう姑のサージに遭うこともないだろう。
街の出口でパン屋のおばさんが
焼きたてのパンを渡してくれた。
「アイ様、どうかお幸せに」
「……ありがとう、お互い幸せになりましょうね」
行く道全てが輝いてみえる。
街の外へ一歩踏み出すと爽快な風が
私の髪をなびかせる。
なんか、遠くに見える高い建物。
私が数か月住んでいた屋敷が燃えている気がする。
……多分、この街に真の平和が訪れたんだろう。
それにしても職業「拳」って
何でこんなことに。
いや気にしても仕方ない。
もう誰も殴ることはないだろう。
……多分。
「……今度こそ見つけてやる、私のスーパーダーリン」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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