表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロ価値スキル『保存庫』で世界を旅することになりました  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

第6話 騒動のあとで、まさかの“指名依頼”

 魔力塔の騒ぎがひとまず収束し、街の空が落ち着いた青に戻ったころ。


 俺とルナは、ふらふらになりながら調薬ギルドの扉を押し開けた。


「ただいま戻りましたー……生きてますー……」


「帰還報告にしては、声が死んでるわよ、アキラ」


 ルナが苦笑しながら肩を回す。俺も同じくらい肩がバキバキだった。

 魔力塔の根元での魔力逆流ストッパー投入から、検証、片づけまでフルコース。体力も精神力も、ごっそり持っていかれた。


 そんな俺たちを、受付カウンターの向こうから、ひときわ明るい声が迎えた。


「お帰りなさい、アキラさん、ルナさん!」


 胸元で両手をぎゅっと握りしめながら、受付嬢のカナエがキラキラした目で立っていた。

 茶色の髪をふわっとまとめた、いかにも「優しいお姉さん」って感じの人だ。


「カナエさん……ただいま戻りました。もうしばらくは騒ぎいらないです……」


「いえ、騒ぎは終わってません!」


「終わっててほしかったな!?」


 カナエは、カウンターの下から一通の封筒を取り出した。

 上質な紙に、ギルドの紋章と、見覚えのある癖の強いサイン。


「アキラさん! ギルド長から“指名依頼”です!」


「え、指名依頼?」


 俺が目を瞬くと、ルナが横からひょいっと覗き込む。


「やったじゃない。ギルド長直々の指名、だって」


「俺まだ新米なんだけど!? 登録して、まだ何日も経ってないよ!?」


「だからですよ」


 カナエは満面の笑みで言い切った。


「新米なのに異常に仕事できるって、噂が……」


「どこの誰がそんな噂流したの!? 出てこい!」


「ギルド中の半分くらいじゃない?」


 ルナがさらっととんでもないことを言う。

 思い返せば、清浄水の件、魔力逆流ストッパーの件と、ここ数日、妙に派手なことばかりやらされた気がする。


 ……いや、やったのは保存庫なんだけどさ。


「とにかく、中身を読んでください!」


 カナエに押されるようにして、俺は封筒を開けた。

 中には、ギルド長グラム・グランツの豪快な筆跡で、短く用件が書かれていた。


『至急 調薬室第壱号へ来たれ。王族への献上薬の件だ。

 お前の保存庫、使わぬ手はない。 グランツ』


「……おい」


 思わず、紙を二度見する。


「王族への、献上薬?」


「おっ、ついに来たのね、その仕事」


 ルナが「やっぱり」という顔で頷いた。


「調薬ギルドにとって、王族への献上薬の調合って、かなりの名誉なのよ。腕の立つ調薬師の証明になるし、失敗したらギロチン……とまではいかないけど、ギルドごと評判が地に落ちる」


「ちょっと怖い補足いらなかったな!?」


 そりゃそうだ。王族に渡す薬ってことは、万が一変な副作用が出たら笑い事じゃ済まない。


「そんな重要任務、なんで俺みたいな新米に……」


「それは、もちろん」


 カナエがにこにこしながら、俺の手の甲を指さした。


「保存庫スキル持ちだからですよ!」


 そこだけ妙に誇らしげに言わないでほしい。


     ◇


 調薬室第壱号。


 通常は高位調薬師しか入れないという、その部屋には、すでにグラムとミリアが待っていた。


「来たか、我らが超新星!」


「その呼び方やめてくれって何回言わせるんですか、ギルド長」


 ひとまず全力でツッコむ。だがグラムはまったく気にしていない。


「よいかアキラ。今日の依頼は――王族への献上薬『王家式体力増幅ポーション』の調合作業だ」


 どーん、と言わんばかりのドヤ顔。


 その横で、ミリアが説明を補足する。


「簡単に言うと、飲むと一時的に体力と回復力が上がる高級ポーションよ。王族の遠征時とか、儀礼試合の前に飲んだりするの」


「遠征や儀式で倒れないように、ってことですね」


「あとは、ちょっと無理するためかな。王って大変だから」


 ルナが小さく付け加える。妙にリアルな一言は、研究所にいたときに仕入れた裏話なのかもしれない。


「通常なら、ベテランでも手が震える仕事だが――」


 グラムは俺の肩をばしばし叩いた。


「お前の素材なら余裕だ!」


「いや俺は素材を『保存庫に入れただけ』なんだが……」


「それが重要なんだろうが!」


 グラムはぐっと親指を立てる。


「王族に渡すのは、何より『安定』だ。どれだけ効くかではなく、毎回同じように効くこと。その意味で、お前の保存庫が整えた素材は最適なのだ!」


「理屈は分かるけど、プレッシャーがすごいです」


 胃がきゅっと縮む感覚を覚えながら、俺はため息をついた。


「大丈夫」


 その背中を、ぽん、と叩く手がある。


 振り向けば、ルナがいつもの調子で笑っていた。


「アキラはやればできる子だよ!」


「根拠ゼロの励ましありがとう」


「ゼロじゃないわよ。今までの実績、全部見てきたから」


 さらっと真顔で言われて、逆に照れる。


 ……まあ、ここまで来たら、引き受けるしかないか。


「分かりました。全力でやります」


「うむ、その意気だ!」


 グラムは満足げに頷き、巨大な魔導釜と素材の山を指さした。


「さあ、王家式体力増幅ポーションの調合を始めるぞ!」


     ◇


 献上薬のレシピは、さすがに一般向けポーションとは桁が違った。


「体力増幅草、保存庫通し三回。魔力脈との同期度を上げた状態で使用」


「はいはい。スキル発動、保存庫」


 摘み取った体力増幅草を保存庫に出し入れし、そのたびに魔力が滑らかになっていくのを確認する。


「回復茸を薄切りにして乾燥、その後保存庫で休ませる。魔力の偏りをなくしてから粉末に」


「なんか料理番組みたいですね」


「料理も調薬も、理屈は似たようなものよ」


 ルナが小さく笑う。


「ただしこれは、間違えると王様が倒れるかもしれない料理だから」


「怖さの次元が違った」


 冗談を交えながらも、手元は真剣そのものだ。


 保存庫水をベースに、整えた素材を一つずつ加え、魔導釜の中で魔力と成分を融合させていく。


 グラムとミリアは、回路と温度、魔力濃度を常にチェックしていた。


「はい、次に安定化薬草を――」


「分かってます、これですね」


 流れも掴めてきた頃だった。


「っと」


 ルナが、薬草の束を取ろうと身を乗り出した瞬間。


 ふわり、と。


 彼女の長い銀紫色の髪の毛先が、釜の縁にかすった。


「あ」


 短い声と同時に、一本の髪の毛が、ひらりと釜の中へ。


 ぽちゃん。


 小さな音を立てて、見事に沈んでいった。


「……ルナ」


「……うん」


 俺とルナの視線が、ゆっくりと釜を見下ろす。


 魔導釜の中では、青く光る液体がとろりと揺れていた。

 その中に、銀紫色の糸――ルナの髪の毛が、ひょろりと浮かんでいる。


「なに入れてるの!?」


「ごめん!! 今の完全に事故!!」


「よりによって献上薬に、自分の髪の毛をトッピングするな!」


「トッピングって言わないで!?」


 グラムが、振り返った。


「何やっておる貴様らあああああ!!!」


 絶叫が調薬室に響き渡る。


「や、やめろォォォ!!! 王族への献上薬に、謎の髪の毛など混入させるでないわーーー!!!」


「すみませんほんとすみません!!」


「今のは私が悪いから! アキラは悪くないから!」


 ルナが両手を合わせて頭を下げる。その髪がまたさらっと揺れて、余計に不安になる。


「……と、とりあえず回収を」


 ミリアが冷静に、魔力ピンセットを突っ込んで髪の毛を救出した。


 しかし――。


「待て。液の魔力波形が変化しておる」


 グラムの声色が変わった。


 釜の中の液体から、さっきまでと違う、妙に濃密な魔力が感じられる。


「なにこれ、体力増幅の係数が跳ね上がってる……?」


 ミリアが計器を見て目を丸くする。


「おいおい、まさか『ルナ毛入り超増幅版』とかいうオチじゃないだろうな」


「やめて、その商品名絶対に広めないで」


 試しに、別の瓶に少量を取り分け、魔力人形でテストすることになった。


「では、『髪の毛入り増幅薬』の効果を検証する」


「名前に悪意がある!」


 ミリアが魔力人形の胸部に数滴垂らす。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間――。


 魔力人形が、全力でスクワットを始めた。


「え」


「なにこれこわい」


 人形の両脚が、高速で屈伸を繰り返す。

 木製の関節がミシミシいっているのに、止まる気配がない。


「体力増幅どころか、行動強制薬になってない!?」


「ルナ成分が妙な方向に作用したのかしら……」


「私のせいで変な薬が爆誕してるじゃない!」


 調薬室中が悲鳴と笑いに包まれる中、グラムが結論を出した。


「このロットはボツだ! 後で性質を解析してから、安全な範囲で……疲労回復用の『筋トレサポート薬』として売ろう」


「売るんですか!?」


「ギルドは何でも金に変えるのだ」


 さすが調薬ギルド、たくましい。


 結局、献上用とは別に、一から作り直すことになった。


 さすがにルナも反省したのか、その後の作業は髪をきっちりまとめて行われ、二度目の調合は何事もなく進んでいった。


「魔力波形、安定。体力増幅係数、規定値内。副作用の兆候なし」


「よし。これなら王宮に出しても問題あるまい」


 ミリアとグラムが頷く。


 こうして、「髪の毛入り増幅薬」という黒歴史を一つ挟みつつも、なんとか無事に献上薬は完成したのだった。


     ◇


 数時間後。


 ギルドの応接室には、銀のトレイに乗せられた献上薬の瓶がきちんと並べられていた。

 澄んだ琥珀色の液体が、窓から差し込む光を柔らかく反射している。


「ふう……やっと終わった」


「お疲れさま、アキラ」


 ルナが湯飲みを差し出してくれる。中身は、ちゃんと普通のお茶だった。色は紫じゃない。


「このまま、さくっと受け取りに来て、さくっと帰ってくれればいいんだけどな」


「なにそのフラグ」


 ルナが苦笑したそのときだった。


 コンコン、と扉がノックされる。


 入室を促すと、ギルドの職員が姿勢を正して頭を下げた。


「回廊でお待ちの方をお通ししました。王都騎士団より、献上薬の受け取りに来られたそうです」


「騎士団?」


「てっきり、宮廷の使いの文官が来ると思ってたんだけど」


 ルナが小声で呟く。


 ほどなくして、扉が開いた。


 入ってきたのは、紺色の軍服に身を包んだ男だった。

 胸には王都騎士団の紋章。肩章の色からして、それなりの地位にあるのが分かる。


 鋭い灰色の瞳に、短く整えられた黒髪。

 無駄のない動きで部屋に入り、軽く敬礼した。


「王都第一騎士団副団長、レオン・ハーディスだ。献上薬を受け取りに来た」


 グラムが前に出て、形式通りの挨拶を返す。


「調薬ギルド・シェルト支部長、グラム・グランツだ。はるばるご苦労だったな、副団長殿」


 形式的なやり取りのあと、レオンと名乗った男の視線が、ふと俺で止まった。


「……お前が、アキラか」


 空気が、少しだけ重くなる。


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


「はい。天城アキラです。今回の献上薬の調合に、少しだけ関わらせてもらいました」


「少しどころじゃないけどね」


 ルナがぼそっと補足するが、幸いレオンには聞こえていないようだ。


 副団長は、俺の顔をじっと見つめた。

 その視線に、どこか探るような色がある。


「お前の噂は聞いている。魔力塔の騒動を収めた、保存庫持ちだとな」


「……大したことはしてません。運良く、です」


「謙遜か、本心か」


 レオンは目を細めた。


「王国が探している男と、よく似ているな」


 心臓が、どくん、と跳ねる。


(まずいまずいまずいまずい!!)


 頭の中で警報が鳴る。


 隣で、ルナがさりげなく一歩前に出て、俺の前に半歩かぶさるように立った。

 ほんのわずかな動き。でも、それだけで少し心強かった。


「王国が探している男、とは?」


 グラムが、あえて知らないふりで聞き返す。


「詳細は機密だ。ただ――」


 レオンは、ちらりと俺をもう一度見た。


「禁術に近い力を持つスキル保持者だと聞いている。保存庫系統の力だと」


 喉がカラカラになる。


 ここで「自分です」と手を挙げたら、そのまま王都行き片道切符だろう。


 レオンは、視線を献上薬の瓶に移した。


「……まあいい」


 短くそう言うと、彼は一本の瓶を手に取り、慎重に光に透かす。


「魔力波形、安定。濃度も規定値通り。王家式体力増幅ポーションの条件を満たしている。仕事は素晴らしい」


 その言葉には、純粋な騎士としての評価がこもっていた。


「今回の献上薬は、確かに受け取った。王都に戻ったら、ギルドの働きも報告しておこう」


「それはありがたいが……」


 グラムが何か言いかけたところで、レオンはくるりと踵を返した。


 扉へ向かいながら、ふと振り返る。


「アキラ」


「……はい」


「お前のような人間は、どこにいても目立つ。良くも悪くも、な」


 それだけ言い残して、レオン・ハーディスは部屋を後にした。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた気がした。


     ◇


「……今の、完全に疑われてたよね」


 応接室を出たあと、俺は小さくつぶやいた。


 ギルドの廊下を歩きながら、心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸する。


「でも、確信まではいってなかったわ。あれくらいなら、まだギリギリセーフ」


 ルナが隣で歩きながら言う。


「王宮側も、まだあなたの顔をはっきり把握してない。『保存庫の男』って噂と、スキルの種類だけで探ってる状態だと思う」


「今ので、顔もセットで報告されるんじゃない?」


「たぶんね」


 あっさり認められて、余計に胃が痛くなる。


「でも、アキラが逃げ出したりしない限り、ギルドや街の人たちも庇いやすいわ。変にコソコソすると、それこそ怪しまれるし」


「じゃあどうすればいいんだろうな」


「……いつも通り、保存庫で誰かを助ける」


 ルナは、まっすぐ前を見た。


「それが一番、あなたらしいでしょ」


 その一言に、少しだけ肩の力が抜ける。


 王国の探りは、確実に近づいている。

 魔術研究所も、きっと動き出している。


 それでも――。


 魔力脈の地図は、まだ先へと続いていた。

 シェルトの外にも、まだ見ぬ街や村、魔力の謎や、保存庫の行き着く先がある。


「……まあ、今はまず」


「まず?」


「ルナの髪の毛入り増幅薬の処理方法を決めるところからだな」


「あれは封印でいいから!!!」


 ルナの全力ツッコミが廊下に響き、少しだけ緊張した空気がほぐれた。


 笑い声の影で、俺の背筋には、冷たいものがうっすらと残っていたけれど。


 ――保存庫の男。


 そう呼ばれる自分の運命が、もう後戻りできないところまで来ていることを、俺は肌で感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ