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ゼロ価値スキル『保存庫』で世界を旅することになりました  作者: 妙原奇天


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第3話 魔力脈の旅

 マレッタ村を発ってから、三日。


 俺は、何度目かになる地図の青い線を、歩きながら眺めていた。


 村長から託された、古びた旅の地図。普通の山や川、街道のほかに、そこには一本の太い青線と、細い枝分かれの線が、世界を網目のように走っている。


「これが、魔力脈……だっけ」


 村長はそう説明していた。世界の底を流れる、見えない魔力の川。町やダンジョンは、その川の上に乗るようにして存在している――そんな話だった。


 実際、地図の青線に沿って歩いていると、なんとなく空気の密度が違う気がする。胸の奥がじんわり温かいというか、体の中を流れる何かが、外の世界と合わせて揺れている感じというか。


「気のせい……で片付けるには、ちょっとリアルなんだよな」


 そうぼやきつつ、俺は足を止めた。


 道端の斜面に、雑草と一緒に生えている薬草を見つけたからだ。マレッタ村でバルドさんに教わって以来、薬草の種類には少しだけ詳しくなった。


「これ、軽い解熱効果があるやつだ」


 しゃがみ込み、三本ほど摘み取る。


「さて、実験タイム」


 周囲を見回し、人影がないことを確認してから、俺はそっと手をかざす。


「スキル発動、保存庫」


 空間に黒い窓が開き、薬草を飲み込む。すぐに取り出して、色や張りを確認。


「……やっぱり」


 薬草は、採ったときよりもわずかに色が濃く、葉先までピンと張っていた。魔力の「揺れ」を感じる、なんとなくの直感も、以前よりはっきりしている。


 マレッタ村に着く前にも、同じような実験は何度かやっていた。そのときも、保存庫で整った薬草は明らかに質が上がっていたけど、今はそれに加えて――。


「前より、『整い方』が一段階深くなってる気がする」


 魔力の波が、より滑らかで均一。散らばっていた光の粒が、一本の線に繋がったような感覚。そんなイメージが自然と浮かんでくる。


 思い当たる原因は、一つしかない。


「魔力脈の上を、ずっと歩いてるから……かな」


 世界を流れる大きな魔力の川。その上を移動していることで、保存庫の中の魔力と、外の世界の魔力が少しずつ「同期」しているのではないか。


 保存庫は、物の魔力を「整える」スキル。もしそれが、世界全体の魔力の流れと噛み合ってしまったら――。


「そりゃ、強くもなるよな」


 自分で口にして、背筋がぞくりとした。


 マレッタ村を出てから、保存庫の容量が少し広くなった感覚もあるし、整えられる素材の種類も増えている気がする。気のせいと言われればそれまでだけど、少なくとも俺の体感では、保存庫は「成長」していた。


(もしかして保存庫って、レベルアップする系のスキルなのか?)


 ゲーム脳な発想だが、今のところそれが一番しっくりくる。


「世界の魔力と同期して、素材の魔力波形を揃える、か……。なんか、理科の授業で聞いた共鳴みたいだな」


 中学の理科で習った、振り子や音叉の話を思い出す。同じ周期で揺らすと、少しの力でも大きな振動になる、あれだ。


 保存庫は、素材の魔力と世界の魔力の「リズム」を合わせる。だから品質が上がって、力が安定する。


 そんな仮説を頭の中で組み立てているときだった。


 ぴり、と。


 腕の産毛が逆立つような、嫌な感覚が走った。


「……何だ?」


 さっきまで穏やかだった空気に、微妙な濁りが混じる。世界を流れる魔力の川に、小石を投げ込んだような乱れが生じていた。


(魔力脈のすぐそば、だからこそ分かる乱れ……とか?)


 自分の感覚を疑いつつも、俺は足を速めた。青い線は、この先の林の向こうを通っている。


 木々の間を抜けると、小さな小川が流れる開けた場所に出た。


 そして、そこで俺は――倒れている人影を見つけた。


「おい、まじか」


 細い体の少女が、草むらに横たわっていた。


 薄い外套の下には、旅人らしきワンピース。腰まで伸びた淡い紫色の髪が、地面に広がっている。


 何より目を引いたのは、その顔色だった。


 真っ赤。


 顔だけじゃない。首元、手の甲、見えている肌の全てが、炎症でも起こしたみたいに赤く染まっている。


「ねえ、大丈夫か!」


 駆け寄って肩を揺さぶると、少女はうっすらと目を開けた。


「……あつ……」


 か細い声が漏れる。額に手を当てた瞬間、思わず手を引っ込めた。


「熱っ……!」


 火にかざした鍋に触れたみたいな熱さ。普通の熱ではない。


(やばい、これ放っておいたら本当に死ぬやつだ)


 焦りながらも、俺は膝をついた。


 水……いや、その前に。


「スキル発動、保存庫」


 黒い窓を開き、中に入れてあった水袋を取り出す。川で汲んで、念のため保存庫に入れておいたものだ。


「さすがに、水まで整ったりしないよな……」


 口ではそう言いつつ、心のどこかで期待している。


 少女の頭をそっと支え、口元に水袋の口を近づける。


「少しでいいから、飲めるか」


「……ん、っ」


 喉が自動的に動き、水が流れていく。


 その瞬間――。


 肌の赤みが、わずかに引いた。


「……え?」


 見間違いじゃない。さっきまで焼けた鉄板みたいだった肌が、ほんの少しだけだが、正常な色に近づいていた。


 少女の呼吸も、さっきより浅くなっている。


「なに、これ……」


 ぽつり、と少女が呟いた。さっきよりも、はっきりした声だった。


「魔力が……引いていく……。揺れが、抑えられてる……?」


「魔力、の……揺れ?」


 聞き慣れない単語が出てきて、俺は思わず聞き返した。


 少女は、まだしんどそうにしながらも、俺の手から水袋をもう一度受け取る。今度は自力で、一口飲んだ。


 そのたびに、炎のようだった肌の赤みが、少しずつ落ち着いていく。


 十分ほど経った頃には、少女はようやく自力で上半身を起こせるまでに回復していた。


「……ふう。あぶなかった」


「いや、あぶなかったって、軽く言えるレベルじゃなかったと思うけど」


 俺が思わずツッコむと、少女はふっと笑った。


「そうね。死ぬ一歩手前だったわ」


 冗談めかしているが、その目は少しだけ震えていた。


 改めて見ると、瞳の色は深い青。年齢は俺と同じくらいか、少し下かもしれない。


「助けてくれて、ありがとう。あなたがくれた水……普通の水じゃないわね」


「え」


「『魔力揺らぎ抑制効果』がある。体の中で暴走していた魔力が、水の中の魔力波形に引きずられて安定したの。おかげで、危険域からは脱したわ」


「魔力揺らぎ……波形……?」


 さっき自分で「共鳴」とか言っていたくせに、専門用語で説明されると途端に頭が追いつかなくなる。


 少女は、小川の水面を指さした。


「魔力ってね、川の水みたいに、いろんな波が入り混じって流れているの。普通は多少揺らいでいても問題ないけど、私みたいに魔力障害を持っている人間は、その揺れがどんどん増幅してしまうのよ」


「それで、体温が上がり続けて……」


「そう。私の病気は、簡単に言えば『魔力が熱に化ける体質』。だから、今みたいに魔力が暴走すると、身体が焼けるみたいに熱くなるの」


 少女は、自分の胸元を押さえる。


「でも、あなたの水を飲んだら……」


 少女は水袋を軽く振った。


「中の魔力波形が、驚くほど滑らかだった。揺らぎがほとんどなくて、私の中で暴れていた魔力が、そっちの波形に合わせて落ち着いていったの」


「……それって」


「魔力揺らぎ抑制効果。物質の魔力波形を整えて、周囲の魔力をも安定させる……そんな芸当、普通の魔法じゃできないわ」


 少女は、じっと俺を見つめた。


「あなた、何のスキルを持っているの?」


 真っ直ぐな視線に、俺は少しだけたじろいだ。だが、ここまで来たら隠しても意味はない。


「保存庫」


「……保存庫?」


 一瞬きょとんとしたあと、少女の表情がみるみるうちに変わっていった。驚愕、納得、そして――警戒。


「保存庫……本当に?」


「う、うん。名前は地味だけど、中に入れたものは腐らないし、魔力が整うし、相性の悪い素材同士でも調合しやすくなって……って、そこまで言うのもどうかと思うけど」


 俺が苦笑しながら説明すると、少女は信じられないものを見るように目を見開いた。


「……本当に、いたんだ」


「え?」


「保存庫の力を持つ者を探している――研究所の噂は、本当だったんだ」


 研究所。嫌な単語が耳に引っかかる。


「研究所って……何の」


「自己紹介がまだだったわね」


 少女は、少しだけ姿勢を正した。


「私はルナ。王都の魔術研究所……だった場所から、逃げてきた魔術師よ」


「逃げてきた?」


「私の魔力障害を研究する、って名目だったけど、実際には半分、実験体みたいな扱いだったから」


 ルナはさらりと言ったが、その声の奥には、かすかな苦味が混じっていた。


「研究所では、噂になってたの。『保存庫の力を持つ者を探している』って。物質の魔力波形を整え、世界の魔力と同期させられる特殊スキル。その持ち主を見つけて、研究材料にしたいって」


「……それって」


 王城で聞いた、賢者の言葉が頭をよぎる。


『保存庫は禁術の系譜……世界の魔力を乱す危険がある』


 あの時は、追放されたことにショックを受けていて、深く考える余裕がなかった。でも、今の話を聞くと、少し見え方が変わってくる。


 王は、俺を追放した。


 だがそれは、本当に「役に立たないから」というだけだったのか。


 ルナは、小さくため息をついた。


「……立てる?」


 差し出された俺の手を、ルナは遠慮なく掴んだ。熱はまだ高いが、さっきよりずっとマシだ。


 二人で小川のそばに座り、ひとまず落ち着く。日も傾き始めている。


「今日はここで野営だな」


「巻き込んじゃって、ごめんね」


「いや、こっちこそ。勝手に助けただけだし」


 俺が苦笑すると、ルナはふふっと笑った。


 日が暮れ、簡単な焚き火を起こしてから、俺たちは互いの話をした。


 俺が異世界から召喚され、保存庫のスキルを理由に追放されたこと。マレッタ村で保存庫の能力を少しずつ検証し、魔力脈の地図を手に入れたこと。


 ルナが、魔術研究所で「魔力障害のサンプル」として扱われていたこと。魔力暴走の実験や薬の投与を繰り返され、その中で研究者たちが「保存庫の力」について話していたこと。


「保存庫は、物質の魔力と世界の魔力を同期させる力。うまく使えば、魔力工学の根幹を変えられる。下手に使えば、世界中の魔力バランスを崩しかねない。だから、王は恐れたのよ」


 焚き火の火が、ルナの横顔を照らす。


「あなたが追放されたのは、不運なんかじゃない。むしろ、王国にとっては『安全策』だった。研究所の連中からすれば、逃したくないはずだけど」


「……そんな大事なものを、俺に宿さないでほしかったな」


 冗談めかして言ったつもりが、口から出た声は意外と低かった。


 世界の根幹がどうとか、魔力工学がどうとか、そんな大層な話をされても、正直実感が湧かない。


 でも、「狙われる立場」だと言われれば、さすがに分かる。


 誰かに捕まって、解剖されるように研究される自分の姿が、頭の隅をかすめた。


「怖い?」


 ルナが、少しだけ柔らかい声で聞いてきた。


「まあ、怖くないって言ったら嘘になるけど」


 俺は正直に言った。


「でも、だからって旅をやめるつもりも、ないかな」


「どうして?」


「だって……せっかく、異世界に来たんだぞ?」


 焚き火の火を見つめながら、俺は言葉を続けた。


「王城ではポイ捨てされたけど、マレッタ村で初めて『役に立ってる』って実感できたし。今日だって、ルナを助けられた。保存庫が世界を揺るがすかどうかなんて、正直よく分かんないけど……少なくとも今のところ、この力は誰かを助けてばっかりだ」


 それは、嘘偽りのない感想だった。


「だからさ。王様がどう思ってようが、研究所が何を企んでようが、俺は俺で、保存庫をちゃんと自分の目で確かめたいんだ」


「自分のスキルの価値を、自分で決めたいわけね」


「……できれば、そうしたいかな」


 ルナは、ぱちぱちと焚き火のはぜる音をしばらく見つめていた。


 やがて、ふっと口元を緩める。


「変な人」


「ひどくない?」


「褒めてるのよ。世界の根幹がどうとか言われて、普通はもっとビビるもの。なのに、『せっかく異世界に来たんだし』で片付ける勇者は、なかなかいないわ」


「勇者じゃないけどな。追放されたけどな」


「追放された勇者、ね。なんだか物語になりそうな響きね」


 ルナは楽しそうに笑った。その笑顔が、さっきまで死にかけていた同一人物とは思えないくらい、明るかった。


「じゃあ、決まりね」


「何が」


「私も、しばらく旅に付き合う」


「え」


 ルナは当然のように言った。


「私の体質上、魔力脈から離れすぎると危険だし、研究所に連れ戻されるのもごめんだもの。あなたの保存庫の水があれば、魔力暴走の発作もある程度抑えられる。お互いの利害は一致してるでしょ?」


「たしかに、理屈ではそうなんだけど……」


「それに、魔術研究所で仕込まれた魔力理論の知識なら、少しは役に立つわよ? 保存庫の能力を解析してあげる。対価として、旅のお供をさせなさい」


「対価っていうか、普通にこっちが頭下げてお願いしたいレベルなんだが」


 素直にそう言うと、ルナは満足げに頷いた。


「よろしい」


 そのときだった。


 ぴしり、と。


 空気が、さっきとは違う方向に、嫌なふうにひび割れた。


「……今度は、何だよ」


 俺が身を乗り出すと、ルナの表情が一瞬で険しくなる。


「まずいわね」


「ルナ?」


「さっき感じたの、分からなかった? 魔力脈そのものじゃない。魔力の『暴走』よ。しかも、かなり近い」


 その言葉と同時に、森の奥から、獣の咆哮が響いた。


 ただの獣とは明らかに違う、魔力を帯びた震え。


「魔力暴走獣……!」


 ルナが立ち上がる。


 焚き火の火が揺らぎ、影が踊った。


 やがて、木々の間から現れたのは――。


 黒いもやのようなものを纏った、大型の狼に似た生き物だった。


 毛並みはところどころ焦げたように黒く、眼は真っ赤に光っている。体から立ち上る黒煙のような魔力は、周囲の空気をねじ曲げていた。


「あれが、魔力暴走獣……?」


「ええ。魔力脈の近くで生まれた普通の魔物が、何らかの原因で魔力の波形を崩され、暴走した姿。通常の魔法は、あの揺らぎに飲まれて弾かれる」


 ルナはそう説明しつつ、手をかざした。


「でも、やってみなきゃ分からないわね。――風よ」


 短い詠唱とともに、鋭い風の刃がいくつも生まれ、暴走獣へと撃ち出される。


 だが。


「……っ!」


 風の刃は、獣の身体に触れる寸前で、黒い魔力のもやに絡め取られた。


 刃は形を崩し、ねじ曲がり、そのまま霧散する。


 暴走獣は、傷一つ負っていなかった。


「言ったでしょ。普通の魔法は、効きづらいって」


「効きづらいってレベルじゃないだろこれ!」


 俺が叫んだ瞬間、暴走獣は地を蹴った。


 一瞬で距離を詰め、狂ったような眼でこちらに飛びかかってくる。


「くっ」


 ルナはとっさに風の壁を張り、衝撃を受け止める。だが、完全には殺しきれず、二人まとめて地面に転がった。


 暴走獣は体勢を立て直し、再び牙を剥く。


 距離が近すぎる。


(やばいやばいやばい)


 頭の中で警報が鳴り響く中、俺の手は勝手に動いていた。


「スキル発動、保存庫!」


 黒い窓が開き、中から矢束と、さっき魔物対策用に買っておいた安物の魔石をつかみ出す。


「ルナ、魔力の『波形が整ってる』ものなら、あれに通じる可能性はあるか?」


「……理屈では、ね。暴走獣の魔力波形はぐちゃぐちゃ。そこに、完全に整った波形の魔力をぶつければ――」


「ノイズを打ち消すみたいに、コアに通じるかもしれない」


 ルナは一瞬だけ俺を見つめ、頷いた。


「やってみる価値は、ある」


「じゃあ、俺が素材を整える。ルナはそれを撃ち込んでくれ」


 俺は矢の先端に魔石を括りつけ、即席の魔力矢を作る。


 それを一本、保存庫に放り込んだ。


 魔力脈のすぐそば。世界の魔力の流れが最も濃く走っている場所で、保存庫の中身がどう変化するか――。


 黒い窓の向こうで、一瞬だけ青い光が脈打つ。


 矢が、戻ってきた。


「……これ」


 手に取った瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。


 矢から発せられる魔力は、今まで感じたどんな素材よりも滑らかで、深く、揺らぎがない。


 世界の魔力の川と、完璧に同じリズムで流れている――そんな錯覚すら覚える。


「ルナ!」


 矢を投げ渡すと、ルナはすぐに状況を理解したようだった。


「了解。チャンスは一回きりね」


 暴走獣が再び突進してくる。


 ルナは矢を番え、短く詠唱した。


「――風よ、真っ直ぐに」


 風の魔力が矢を包む。しかし、さっきと違う。


 風の魔力までも、矢から溢れる整った魔力波形に引きずられ、乱れのない一本の線になっていく。


 放たれた矢は、暴走獣の纏う黒いもやに触れた瞬間――。


 もやを、吹き飛ばした。


「!?」


 ノイズにクリアな音をぶつけたように、黒い魔力の霧が弾ける。


 矢は勢いを失わず、そのまま暴走獣の胸元、わずかに透けて見えた魔力のコアへと突き刺さった。


 次の瞬間。


 暴走獣は、轟音とともに崩れ落ちた。


 黒いもやは跡形もなく消え去り、残ったのは、ただの大きな狼の亡骸だけだった。


「やった……のか?」


 しばしの沈黙のあと、俺はおそるおそる口を開いた。


 ルナは矢を放った姿勢のまま、深呼吸を一つしてから、にやりと笑った。


「ええ。あなたの矢、すごかったわよ」


「いや、撃ったのは完全にルナだし」


「でも、素材を整えたのはあなた。あれは、私一人じゃ絶対に無理」


 ルナは真剣な顔で言った。


「暴走獣の魔力波形に、あれだけきれいに干渉できるなんて……保存庫の力は、やっぱり世界の根幹に触れている」


「根幹、ねえ」


 俺は、倒れた獣を見下ろした。


 保存庫の力で整えた矢が、暴走した魔力を貫いた。


 世界の魔力のリズムに合わせた「正しい」波形が、乱れた魔力を正したのだとしたら――。


「やっぱり、世界一いらないスキルってわけじゃないよな」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、ルナは笑った。


「少なくとも、私にとっては世界一ほしかったスキルよ」


「……それは、ちょっと照れるな」


 どっと疲れが押し寄せ、俺はその場に座り込んだ。


 長い一日だった。


 ルナと出会い、魔力障害の話を聞き、魔術研究所の存在を知り、魔力暴走獣と戦った。


 頭の中はぐちゃぐちゃだが、不思議と後悔はなかった。


 保存庫という、地味で追放される程度のスキルが――。


 世界のどこかと繋がっていて。


 誰かの命を救って。


 暴走する魔力さえ、整えてしまう。


 その真価を知る旅は、まだ始まったばかりだ。


「じゃあ改めて、よろしくね、アキラ」


 焚き火の火が落ち着いたころ、ルナは改めて手を差し出してきた。


「私、ルナ・エルネスト。魔術研究所から逃げてきた魔術師にして、魔力障害持ち。そして今日から、保存庫持ちの追放勇者の旅仲間」


「肩書き盛りすぎじゃない?」


 そう言いつつも、俺はその手を握り返した。


「天城アキラ。元勇者候補、現・保存庫持ちの旅人。今後ともよろしく」


 魔力脈を走る青い線は、暗い夜空の向こうへと伸びている。


 その先に何が待っているのか。


 魔術研究所が、本当に俺たちを追ってくるのか。


 世界の魔力の川と、保存庫の力がどこで交わるのか。


 まだ何も分からない。


 ただ一つだけ確かなのは――。


 この妙に地味なスキルが、とんでもない物語の始まりだということだけだった。

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