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ゼロ価値スキル『保存庫』で世界を旅することになりました  作者: 妙原奇天


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第1話 追放されたスキルは、世界で一番いらないものだった

 世界の中心に穴が開いたみたいだった。

 足元に描かれた巨大な魔法陣が、白い光を噴き上げる。耳の奥に直接響くような低い振動。目を閉じていたはずなのに、まぶしさで額がじんと痛む。


「成功じゃ! 三人とも無事に召喚されたようじゃな」


 年老いた男の声がした。ゆっくりと目を開けると、そこは見たこともない大広間だった。高い天井、赤い絨毯、整然と並ぶ兵士。正面には、金色の冠をかぶった男が玉座に座っている。


(マジで、異世界召喚ってやつか……?)


 状況がよく分からないまま、隣を見る。俺と同じように魔法陣の上に立っていた二人の少年が、同じように目をぱちぱちさせていた。一人は金髪で、もう一人は赤い髪。どっちも、日本じゃそうそう見ない派手さだ。


「よくぞ来てくれた、異世界の勇者たちよ」


 玉座の男――国王らしき人物が立ち上がり、俺たちを見下ろす。


「我が国は今、魔王軍の脅威にさらされておる。汝ら三人には、それを打ち払う勇者としての力が与えられているはずだ。賢者よ、彼らの固有スキルを」


「ははっ」


 白い髭をたくわえた老人が、杖を突きながら前に出てきた。さっき声を上げた男だろう。老人は一人ひとりに杖の先を向けて、呟く。


「まずは、そこの金髪の少年。名は?」


「た、高坂レンです!」


 妙に発音良く自分の名前を名乗るレン。賢者の杖が光り、空中に文字が浮かび上がる。


「固有スキル、『雷帝』。あらゆる雷属性魔法を自在に操り、その威力は軍勢をも一撃で薙ぎ払う……ふむ、実に勇者向きじゃ」


 ざわ、と周囲の兵士たちがどよめく。レン本人も目を見開いて、自分のステータスを見上げていた。


「ま、マジかよ……雷帝……!?」


「続いて、赤髪の少年。名は?」


「俺は、黒野シン。えっと……よろしく」


「固有スキル、『魔剣』。魔力を喰らう剣を生成し、その刃はあらゆる防御を貫く……ほう、これまた強力」


 またしてもどよめき。兵士の一人が思わず口笛を吹き、隣の兵士に肘でつつかれている。シンは苦笑しながらも、浮かぶ文字から目が離せない様子だ。


(雷帝に、魔剣……テンプレ勇者って感じだな)


 ここまで来ると、嫌でも自分の番が怖くなってくる。心臓がばくばくとうるさい。


「最後に、黒髪の少年。名は?」


「……天城アキラ、です」


 俺が名乗ると、賢者の杖がゆっくりと俺に向けられた。先端の宝珠がぼうっと光り、三度目の文字が空中に浮かび上がる。


「ふむ……固有スキル、『保存庫』」


「……はい?」


 思わず聞き返したのは俺ではなく、王だった。玉座の上から、目を細めてこちらをにらむ。


「賢者、そのスキルは、どういう力だ?」


「名の通り、物を収納しておける空間を持つスキル……のようですな。詳細は……ふむ。手元の記録には、ほとんど残っとらんが」


「おいおい、倉庫番かよ」


 兵士の一人が、堪えきれないといった様子で笑い声を漏らした。広間の片隅から小さな笑いが連鎖していく。


「勇者様の固有スキルが保存庫……?」


「荷物持ちってことか?」


「いや、さすがに冗談だろう」


 ざわつく視線が刺さる。レンとシンも、ちらっと俺を見た。気まずそうな目だ。


「……賢者」


 王の声が低くなった。


「本当に、あやつのスキルはそれだけなのか?」


「記録上は、そうとしか……。ただ、稀少スキルではあるようですが」


「稀少だろうが何だろうが、役に立たぬものはいらぬ」


 王はばっさりと言い切った。


「雷帝と魔剣。二人も勇者がいれば、十分だ。この戦いに必要なのは、戦場を切り開く刃であって、荷物運びではない」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 気づけば、俺は声を上げていた。


「俺だって、がんばります。まだどういうスキルか分からないだけで、もしかしたら、何か――」


「黙れ」


 王の一喝が、広間全体を震わせる。


「ここは遊び場ではない。貴様のような半端者にかまっている時間はないのだ。天城アキラとやら」


 王は立ち上がり、俺を指さした。


「本日をもって、貴様の勇者資格を剥奪する。我が国からの支援も保護も、一切与えぬ。勝手にどこかで生きるがいい」


「……え?」


 耳を疑った。勇者資格剥奪。国からの支援なし。つまり――。


「お、お待ちください陛下。いかにスキルが心もとないとはいえ、彼も異世界から呼び出された客人。もう少し、様子を見るというわけには」


「賢者、これは命令だ」


 王は冷ややかに言い放つ。


「無駄な口を挟むな。魔王軍が迫っている今、我が国には、倉庫番の少年に使う金も時間もない」


 兵士たちが一斉に敬礼する。その視線は、もう俺に向いてはいなかった。


 こうして俺は、召喚されたその日のうちに――王城を追い出された。


     ◇


 城門が閉まる音が、やけに遠く聞こえた。


 目の前には、石畳の道と、賑やかな城下町が広がっている。呼び込みの声、商人の掛け声、子どもの笑い声。景色だけ見れば、異世界らしいワクワクする光景のはずだ。


 でも俺の手元には、何もない。


 支給されたはずの装備も金も、「勇者資格剥奪」の一言で消えた。ポケットをまさぐっても、元の世界のスマホは召喚のときに消し飛んでいる。制服もいつの間にか、この世界の粗末な服に変わっていた。


「……マジかよ」


 ぽつりと呟いて、ため息をつく。


「勇者って、もっとこう、チヤホヤされるもんじゃないのか……?」


 雷帝と魔剣の二人は、今ごろ王城の豪華な部屋でもてなされているのだろう。温かい食事と、柔らかいベッド。かわいい侍女。俺には、石畳の上に座る権利くらいしかない。


 腹が鳴った。召喚されてから何も食べていないことを、改めて思い出させてくる。


「とりあえず……仕事、探すか」


 勇者でも何でもなくなった以上、俺はただの無職だ。この世界の言葉はなぜか普通に理解できるから、そこは召喚の仕様なのだろう。なら、働くことだって――。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方でどさりと鈍い音がした。


「うっ……」


「じいさん!?」


 道端で、ひとりの老人が荷車を引いたまま、膝から崩れ落ちるのが見えた。荷台には山盛りの野菜が積まれていて、その半分ほどが石畳の上に転がり落ちている。


「だ、大丈夫ですか!」


 思わず駆け寄る。老人の顔は真っ青で、額には汗がにじんでいた。


「す、すまんのう……。ちと、力が入りきらんかっただけじゃ……」


 声は弱々しいが、意識ははっきりしているようだ。近くの人々もちらちらと気にしてはいるが、皆、自分の用事で忙しいのか、誰も踏み込んでこない。


「とりあえず、座りましょう。荷車は、俺が押しますから」


「す、すまんのう、坊や……」


 老人を道端の石段に座らせると、転がり落ちた野菜を慌てて拾い集める。土まみれになったジャガイモみたいなもの、皮が裂けた赤い実、へこんだ葉野菜。正直、あまり美味しそうには見えない。


(これ、商品になんのかな……)


 ふと、頭の中に、自分のスキルのことがよぎった。


『保存庫』


 さっき王城で告げられた、世界で一番いらないと言われたスキル。試す機会なんてないだろうと思っていたけれど――。


(いや、どうせ捨てるしかないなら、試すくらい……)


 周りを見回す。誰も俺たちに真剣な興味は示していない。声を潜めるように、小さく呟いた。


「スキル発動、『保存庫』」


 次の瞬間、目の前に小さな光の窓が開いた。四角い枠の中は真っ黒な空間で、底が見えない。


「うおっ……」


 思わず声が漏れたが、老人は気づいていない。俺に視線を向けていないからだ。


(本当に、出た……)


 恐る恐る、土で汚れた野菜をひとつ、その黒い空間に放り込んでみる。するり、と音もなく吸い込まれた。


 直後。


「え?」


 別の場所から、同じ野菜が、ぽとりと転がり出てきた。さっきまで土まみれだったはずのそれは、泥がきれいに落ち、傷も浅くなっている。何より、色がさっきより鮮やかだ。


「おいおいおい……」


 慌てて他の野菜でも同じことを試す。ひび割れた赤い実を放り込むと、戻ってきたときにはひびが目立たなくなり、張りを取り戻していた。しなびかけた葉野菜も、少しだけ瑞々しさが戻っている。


 完全に元通り、というわけではない。それでも、さっきより確実に「マシ」になっていた。


「何をしとるんじゃ、坊や……ん?」


 老人が不思議そうに近づいてきて、野菜を手に取る。


「お、おお……? わし、さっきまでこんなきれいな野菜、持っとったかのう……?」


「えっと、さっき落としたとき、泥が落ちたんじゃないですか?」


 とっさにごまかす。スキルのことを話すのは、何となく怖かった。


「そうかのう……。いや、それにしても、この張り。この色。王都でも、これほどの品質はなかなか……」


 老人は感嘆のため息を漏らす。


「坊や、名前は?」


「アキラです」


「アキラか。助けてもらった上に、荷造りまで手伝ってもらってしまったの。礼と言ってはなんじゃが……」


 老人は腰の袋から、小さな銀貨を数枚取り出して俺に握らせた。


「いや、そんな、いいですよ!」


「ええからええから。人の好意は、ありがたく受け取るもんじゃ。わしの名はガント。ただの旅商人じゃが、王都の市場には顔が利く。困ったことがあったら、北門近くの八百屋通りで『ガント』を探しなさい。何かしら仕事くらいは回してやれるじゃろう」


「ありがとうございます!」


 初めて、異世界で自分のスキルが役に立った気がした。胸の奥がじんわりと熱くなる。


(保存庫……ただの倉庫なんかじゃない。入れたものを、少しだけ「整える」力がある……?)


 まだ確信はない。でも、この力なら――。


     ◇


 夕暮れになると、城下町の空気が変わった。どこからか笛の音が聞こえ、提灯に明かりが灯っていく。今日は月に一度の収穫祭らしく、通りには屋台が並び始めていた。


「おお、賑やかだな」


 思わずつぶやく。焼き串の匂い、甘い菓子の香りが腹を刺激してくる。


 財布の中身は、さっきガントからもらった銀貨が数枚だけ。宿を取るか、飯を食うか。現実的な計算をしていると、近くの屋台から怒鳴り声が聞こえた。


「ちょっと、どういうことだよ! こんなんじゃ、お客に出せないじゃないか!」


「す、すいません親方! さっき荷車が転んじまって、材料が……!」


 魚の串焼き屋らしい屋台の前で、店主と若い店員が言い争っている。桶の中には、ぐったりとした魚と、氷がほとんど溶けかけた水。生臭いにおいが鼻を刺した。


「今さら新しい仕入れなんて間に合うか! せっかくの祭りだってのに……くそっ」


 店主は頭を抱え、歯ぎしりをする。その様子を見ていた周りの客が、少しずつ離れていく。


(材料がダメになった、か)


 さっきのガントの野菜と、同じだ。胸の中で、何かがかちりと噛み合う。


 俺は、屋台の裏手に回って、そっと声をかけた。


「あの、もしかして、その魚……俺に少しだけ見せてもらえませんか」


「はあ? あんた誰だい」


 店主が怪訝な顔を向けてくる。そりゃそうだ。


「さっき、旅商人のおじいさんを助けたんです。そのとき、ちょっと変わったことが起きて……。もしかしたら、少しだけマシになるかもしれません」


「何の話だか分からねえよ」


「駄目で元々ってことで。失敗しても、損はしません。頼むから、一尾だけでいいので」


 必死に頭を下げると、店主はしばらく渋い顔で俺を見つめていたが、やがてため息をついた。


「……分かったよ。一尾だけだぞ。変なことしたら、そのまま追い出すからな」


「ありがとうございます!」


 桶の中から、ぐったりとした小ぶりな魚を受け取る。屋台の影に隠れるようにして、ひそかに呟く。


「スキル発動、『保存庫』」


 再び現れる黒い空間。魚を放り込むと、一瞬だけ光が走り、すぐに別の場所から落ちてきた。


 手に取った魚は、さっきよりも目に透明感があり、身の張りもよくなっていた。臭いも、いくぶんましだ。


「お、おい……?」


 店主が近づいてきて、俺の手の中の魚をまじまじと見つめる。


「さっき桶に入ってたやつか、これ」


「そうです。ちょっとした、俺のスキルで」


「スキル、だと……?」


 店主は魚の身を指で押し、鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。


「さっきより、ずっと状態がいい……。何をしたんだ?」


「詳しくは、まだ分かりません。でも、この魚全部に同じことはできます」


 店主はしばし黙り込んだ後、勢いよく立ち上がった。


「よし、全部やってくれ! もしこれで売れるレベルまで戻るなら、銀貨三枚払う!」


「え、そんなに……!」


「このまま全部捨てるよりは、よっぽどマシだ!」


 必死の声に押され、俺は頷いた。


「分かりました。すぐにやります」


 屋台の裏で、誰にも見られないように桶の中身を次々と保存庫に送り込んでいく。魚たちは、やはり完全に新鮮とはいかないが、十分「今日中に食べる分には問題ない」レベルまで復活した。


「お、おお……! 焼き上がりも、悪くない!」


 店主は手際よく串に刺し、炭火の上で焼き始める。焼ける音と香ばしい匂いが、すぐに周囲の客を引き寄せた。


「親方、さっきダメになったって叫んでたのに……」


「なんだよこれ、めちゃくちゃうまいじゃねえか!」


「皮パリパリ、中ふわふわ!」


 客たちの歓声が、店主の顔をほころばせる。


「坊主!」


 呼ばれて振り向くと、店主が銀貨三枚を握らせてきた。


「約束通りだ。いや、本当はもっと払ってもいいくらいだが……正直、今はこれが精一杯でな」


「十分です。ありがとうございます」


「お前さん、名前は?」


「アキラです」


「アキラか。あんたのスキル、すげえな。もしまた祭りの日にこの街にいるなら、うちの屋台に顔を出してくれ。材料が余ってたら……いや、余ってなくても、飯くらい奢ってやるよ」


「本当ですか?」


「当たり前だろ。今日の売り上げは、あんたのおかげだ」


 店主は豪快に笑い、再び客の相手に戻っていった。


 熱気と煙の中、俺は銀貨の重みを確かめる。ガントからもらった分と合わせれば、今夜一晩くらいは宿屋に泊まれるだろう。


(追放されたからこそ、こういう出会いがあるのかもしれないな)


 王城に残っていたら、きっとこんなふうに城下町の祭りを歩くことも、商人や屋台の親父と笑い合うこともなかっただろう。戦場で敵をなぎ倒す快感はないかもしれない。でも――。


「俺は俺のやり方で、この世界で役に立ってやる」


 小さく呟いて、夜空を見上げる。見慣れない星座が、きらきらと瞬いていた。


 その星空の下で、決意だけは大きく膨らんでいく。


「追放されたからこそ見える世界がある――か。ちょっと、カッコつけすぎかな」


 苦笑しながらも、その言葉を心の中で何度も繰り返した。


 明日のことは分からない。どこに行くのかも決めていない。それでも、足は自然と城下町の外れに向かって歩き出していた。


     ◇


 そのころ、王城の一室では、重苦しい空気が流れていた。


「……本当に、よろしいのですかな、陛下」


 分厚い本が積み上げられた塔のような部屋。窓辺に立つ王の背中に、先ほどの賢者が問いかける。


「何がだ、賢者」


「先ほど追放なされた少年、天城アキラのスキル、『保存庫』のことです。記録を改めて調べましたが……あれは、ただの倉庫スキルではない」


 賢者は一冊の古びた書物を開き、震える指で一節をなぞる。


「『かつて世界の魔力の流れを乱し、物の価値を歪めた禁術。その名を、保存庫の系譜と呼ぶ』。もしあの少年のスキルが、これと同じものならば……いずれ大きな災いを引き起こす可能性がございます」


「だからこそ、追放したのだ」


 王は振り向かずに答える。


「禁術の使い手を勇者として抱えれば、いずれ我が国がその責を問われよう。ならば、最初から関係を断っておいた方が良い」


「しかし、完全に野に放つのは、それはそれで危険かと。もしもあの少年が、自らの力に気づき、制御不能なほどの力を――」


「そのときは、そのときだ」


 王は窓の外の夜空を見上げる。城下町の祭りの明かりが、遠くにまたたいていた。


「いずれ、捕える必要があるだろう。だが今は、魔王軍への備えが先だ。雷帝と魔剣。その二人で戦況を変えられるなら、それでいい」


「……承知しました」


 賢者は頭を垂れた。


 誰も知らないところで、世界の運命を揺るがす小さな歯車が、静かに回り始めていた。

 その中心に、自分がいることを――天城アキラ本人だけが、まだ何も知らないまま。

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