第8話 少女の望む世界
家路に戻る道中、無口な少女と話を振るのが得意でない自分という取り合わせの理由もあり、ほとんど話はしなかった。
その内、駄菓子のある商店街まで戻ってきた。
沈黙は嫌いではないが、知らない仲じゃない人が隣にいて黙っているのも心地が悪い。
「そういえば、駄菓子屋は寄った?」
「……どうして?」
「当たり券があったから」
普段なら間髪開けることなく首を縦か横に振るか、もしくは一言呟く程度だったが、珍しく会話が成立した。
「……駄菓子は、好き?」
「え? まぁ……多分」
「じゃあ、これ食べてみて」
そう言ってカバンから取り出されたのは、昔ながらの麩菓子だった。
子供の頃に何度か食べた気もするが、味など忘れたそれを口に入れる。
「――口の中の水分が持ってかれる……水!」
大きめにかぶりついた一口は、スポンジのように水分を吸っていく。
一口ごとに水を飲んでいると、あっという間にペットボトルの水が半分も無くなってしまう。
「……まるでお姉ちゃんみたい」
少女はほころぶ花のように柔らかく笑った。
「お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんもおんなじ風にそれを食べてたの」
「ふーん……仲、良かったの?」
「……うん。去年までは」
変わった前置きと共に柔らかい笑みは過去を回想する寂しい笑みへと変化していった。
「事故にあったの……私がお菓子買ってきてって、わがままを言ったから」
「それは……」
そんな事はないと言うのが正しいだろう。買い物にいって事故に遭うなんて誰にも、まして子供に予想できることではない。
しかし、人間は「事実であるか」ではなく、「もっともらしいか」で動く。論理で飲み込んで行動できる人間は寧ろ少数派である事を俺はよく知っている。
今回もどんなに責任の不在を説いたところで意味はない……しかし、それにどう返したら良いかの答えを俺はまだ知らない。
「…………ごめん」
「?」
彼女に言ったのか、はたまた自分に向けたのか、それすら曖昧な茶の濁し方だったが、次善策としては及第点だろうか。
「私はもしまたお姉ちゃんに会えたら、ごめんねって言って、また一緒に食べたいんだ」
「……この町にいるといいな」
彼女が感じているであろう、風船で満たされたような空虚で薄っぺらい幸福を知っている筈なのに。
それでもそんな月並みなことしか話せない自分がどうしようもないほど嫌だった。
足はなにを考えても一定の足取りで進み続け、アパートの入り口まで辿り着いた。
扉の前にはケイが立っていた。
「おかえり、ワカバ」
「どうしたんだ、こんな所で」
「この前鯉を追っ払ったでしょ? あれからもちょくちょく来るから見張ってきたの」
「そりゃご苦労様で……ボスは?」
「奥にいるよー」
扉を開き、奥を覗くと本当にいた。
家を出るときと、全く変わらない姿勢のまま。
「おかえり、ワカバ君。お嬢さんも」
「たまには動かないんすか、健康に悪いですよ」
「ん? ああそうか……またの機会にしておくよ」
この人は相当な運動音痴なのだろうか?
俺からの疑惑の視線を流しながら机に手を置き、ボスは続ける。
「さて……お嬢さんは、この世界に覚えがありますか?」
口を開き――瞳が泳ぐ。
肯定とも否定とも取れる態度に戸惑うと、裾を引かれる。
何か言いたいのだろうか?
耳を寄せる。
「……知ってるけど、何となく違う」
「何となくってなんだ?」
「うーんと……大体合ってるけど、何か変?みたいな……」
回答は雲をつかむようで、釈然としない。
「何と?」
「部分的には分かるけど、違うところもあるらしい」
「ふむ……」
「ボス、この世界にいるのは俺たち四人で決まってるのか?」
「いいえ。基本は私とケイ、そして創造者の三人です。それ以外の人が現れる状況は今までありませんでした」
「じゃあ、この世界に五人以上いる可能性も否定出来ないよな?」
一瞬、ボスの瞳が彼方を見やる。
その虚ろな様子に戸惑うが、すぐに元通りになった。
「……そう考えた理由について、お聞かせ願いましょう」
「この子には姉がいて、姉に会いたいって言ってたんだ。それを差し置いて、こんな魚だらけになるのは、持ち主の意向に対して矛盾してる」
「ふむ……彼女が嘘をついている可能性は?」
「ある。……でもそれを言うなら嘘を言う理由もないし、証拠もない」
「なるほど、『疑わしきは罰せず』、と」
「? ……そう言うことっす」
ボスの小難しい言い回しに悩みながらも答えると、ひとまず保留としてくれた。
「とりあえず、目下の障害である鯉の討伐に動き出す事としましょう。ケイ、作戦を二人に」




