第5話 『創作』の力
「ボス! 鯉が来てるよ!」
歪んだかと思えるほど扉が勢いよく開かれ、ケイが転がり込む。
「時間を稼いでくれ。必要なら場所を変える」
敬語で恭しく話していた時とは打って変わる、絶対的な強制力を感じる声だ。
「うん、分かった! ……ワカバはどうする? 多分逆方向なら逃げられるよ」
選ぶなら、二択。
彼らに任せどこかへ逃げ去るか。
足手まといを覚悟で挑むか。
一度助けられた時からどうするかは考えていた。
誰も責めないとしても、ここで逃げたくはない。
「手伝いたい。何でもいい、出来ることは無い?」
「ワカバ……」
「そうか。ではケイに着いていくと良いだろう」
「ボス!?」
「どうせいつもとは違う。食われて忘れられるのは、この場合メリットだ」
「でも……」
「ワカバ。細かい事はケイに聞け。そしてもし食われても自己責任だが……いいな」
「はい」
自分でも驚くほど自然と言葉が滑り出た。
責任が無くとも、一度でも関わった人を放って逃げてしまえば後悔が残る。
「ワカバはスポーツとか経験ある?」
「陸上ならやってた」
「それなら大丈夫かな……とりあえず移動がてら話そっか」
外へ出て交差点に差し掛かると、もう鯉の姿が見えていた。
まっすぐアパートに向かっているその様は、遠目には大きな口が襲ってきているようだった。
「とりあえず道なりに気を引きながら走るんだけど……この世界は『創作』が出来るの」
「『創作』……何かを作り出せる?」
「思いを反映出来るって言った方がいいかな。元々この世界が作られたものだから、私たちも少しだけならそれに関われるの」
それを聞いて思い当たる節があった。ケイは人を抱きながら全力で走ったり、そのまま建物を駆け上がってみせるなど、とても常人とは思えない動きを何度もしていた。
「今からワカバにはあれを出来るようになってもらいます」
「えっ」
「出来なければ美味しく頂かれます」
「ケイさん意外と厳しいタイプ……」
「作戦も『がんがんいこうぜ』だからね!」
「せめて身を守る武器とか……」
ちらと拳銃を流し見る。男子に生まれた以上、武器という物に憧れを抱かずにはいられないのだ。
「ダメです。足で稼ぎたまえ!」
「この場合稼げるのは歩数では?」
「うまい!後で万歩計あげよう……じゃなくて、やり方ね。まず深呼吸する。肺の隅々まで空気を通すイメージね」
吸って……吐く。
もう一度吸って…………吐く。
彼我の距離は近づきつつある。時間が迫り続けている。
「落ち着いたら、自分の通る道をイメージして……」
背中は冷や汗が伝い、なにも考えずに逃げ出したい。
ケイが動揺せず銃を構える姿を見て、少し冷静になる。
「――走って!」
銃声の合図と共に走り出す。
目の縁へと当たった弾丸に驚いたか顔を背けるが、ダメージと呼ぶほどではない。すぐに狙いを俺たちに定めて旋回する。
ケイが先導して道を示す。例の『創作』の力か、俺が本気で走っているにも関わらず距離が少しずつ開いている。
このままでは一瞬で俺の体力が切れ、鯉の餌になる。
「冷静にね。川を下る舟も、ただ流されるだけじゃない。通る点と点を結んで、流れるの」
真っ直ぐ進む先を塞ぐように、家が並ぶ。
ケイが左に寄るのを見て気付く。小さい倉庫がある。
倉庫から屋根に伝えば駆け抜けられるだろう。
ケイの右足がしなやかに沈む。体を屈め、その一本に最大限荷重を加える。
瞳が上を見据えると同じくして腱を伸ばす。宙に舞う体躯から天を目指して腕が先行する。
掌を屋根に引っ掛け、そこを支点とした回転運動に力を繋げる。
更に上昇し、遂には留まっていた手を足先が追い越し、空中で完全に靴底が空を仰いでいた。
回転力を屋根から投げ出して再度浮遊を開始し、もう半回転。
体位を戻す頃には既に屋根瓦を踏み出していた。
倉庫の屋根を、跳馬代わりに片手ハンドスプリングで駆け抜けてゆく。
突拍子も無い、とても現実では真似できない技だが、むしろどこまで出来るかを見せて貰ったような気分だ。
リプレイのように動きをなぞり、真似た姿勢で跳躍する。
イメージの差か、指先で角を掴む程度に留まるものの、そのまま両手でぶら下がり、ブランコの要領でさらに前に推進する。
倉庫の薄いアルミ壁に全力で足を叩き込み、三角跳びに繋ぐ。
跳ね上がった勢いを前転で殺して屋根にたどり着く。
緊張が抜け、そのままへたれこみそうになるのを堪えて走り続ける。
荒くなる息を落ち着かせながら流す自分と比較して、前のケイは殆ど疲労を感じさせていない。
「どう? コツは掴めた?」
「なんとなく、かな」
実際さっきのは見様見真似でやってはみたものの、イメージの半分程度しか出来なかった。
「このまま大回りしてアパートに戻ろっか」
「倒したりはしないの?」
最終目標は倒してこの世界を出ると聞いていたが、それとこの行動には矛盾があるように思える。
「もう少しやることがあるからね、それはまた後で」
そんなものか、と思っていると周囲が暗くなる。
円で太陽に布を被せたように突如として影に覆われた周囲に慌てて上を見上げると、いつの間にか鯉は高度を上げて飛んでおり、俺たちを俯瞰する位置にいた。
どうやら、簡単に家まで返してくれるつもりは無さそうだ。




