第4話 お使い
自販機を求め、アパートの周辺を当てもなくふらついてみる。
現実と季節は繋がっているのか、小春日和の外は上着が無くとも歩きやすい。
暖かくなるにつれて、咲いた花達は冬の滞った空気を美しく色付ける。
これが夢だと言うのだから不思議なものだ。
……眠る前は何をしていただろうか。
この世界でうっかり鯉に頭からパクリと食べられてしまうと、すっかり忘れていつの間にやら見慣れた布団の上、という事なのだろうか。
では仮に、あのアパートにいる人たち全員がいなくなり、誰も不在になった世界はどうなるのだろう?
どこかに隠れた夢の持ち主も、一人では退屈だろう。
そんな分かりもしない事を考えていると、自販機にたどり着く。
赤色がやや色褪せた年期物ではあるものの、品揃えは真新しい。
「コーヒー、緑茶に天然水……、何を買うか……」
「……サイダー」
後ろから指が伸び、小さな指がボタンを押す。
一円も入れてないにも関わらず、自販機はその体を揺らしながら飲み物を吐き出す。
そしてそれを当然のように静観するとサイダーを取る、その少女は――
「確か君は……アパートで会った……よな?」
首肯。
「えっと……作戦会議は、参加してないのか?」
首肯。
「……どうして?」
「…………あなたと同じ。よそ者」
コミュニケーションにやや難ありな女の子だが、髪に隠れた表情はアパートの時よりも落ち着いて見える。
「……じゃ」
短い言葉と共に、アパートとは反対方向に離れていく。
「どこに行くんだ?」
「……お買い物」
振り返る事もなく目的を告げ、立ち去っていく。
あの子もどこかでケイに助けられたのだろうか。
「おっと……お使い一つ出来ない子になるところだった」
ブラックコーヒーに水、コーラに紅茶……これだけあれば良いだろう。
そろそろ、現実に帰る算段はついただろうか。
住人が一部屋ではこんなものか、と閑静なアパートの扉を肘で開ける。
「ただいま戻りました。ジュース持ってきましたけど、何飲みます?」
「おや、先程の……ワカバ、でしたかな?」
通常、アパートには置かれ得ない大きな事務机。
何度見ても驚くその机の反対側にボスはいた。
「ブラックコーヒーをお願いします」
「はい……あれ、ケイは?」
「外出中です」
はっきりとした声は彼自身の柔らかな雰囲気とは対称的で、その差もあって気圧される。
「そういえばあなたからの質問を受け付けておりませんでしたね。何か聞いておきたいことはありますか?」
言われて最初に思い浮かんだ言葉を、素直に質問する。
「最初に言っていた『容疑者候補』の意味を聞いても良いですか?」
「構いませんよ。ケイから何か聞きましたか?」
「確か、この世界を作った人だとか……」
水中と見紛う程の青空の中。淡水、海水の区別無く魚が勝手に泳ぐ様子は心を休める美しさを持つ一方、奇妙な様光景に僅かばかりの恐怖を抱いていた。
誰かが望んで作ったのならば、余程の魚好きだろう。
「ここは誰かの夢の中です。本人にとって吉夢か悪夢か、それを知る手立てはありませんが」
「鯉に食べられかけるのに、良い夢ですか?」
「我々が見る夢を選べないのと同様に、夢を作った人間も見る夢を完全にコントロール出来る訳ではありません」
少し眉を寄せ、残念そうにボスが言う。
確かに制御が出来るのならば、俺が入ることも無いだろうし、そもそも鯉に襲われることも無かっただろう。
「どれくらいなら思い通りになるんですか?」
「例えばこの町で魚が空を泳ぐ世界。それは間違いなく設定によるものでしょう。鯉はルールによって作られた物かもしれませんが……」
ふと、地図を眺めていたボスの視点が俺に移っていることに気がついた。
「そう言えばワカバは、魚はお好きですか?」
「見てる分にはそれなりですが、水泳は苦手なので……一緒に泳ぐなんてのは嫌ですね」
「ふむ……やはり君は容疑者ではないのかもしれませんね」
「容疑者って言ってますけど……悪いことなんですか?」
「…………」
ここまで、用意していた台本を読み上げているかのように饒舌な彼だったが、突然電池が切れたように口を閉ざす。
「ボス?」
「…………」
沈黙を破ったのは、銃声だった。
窓の外からけたたましい爆発の音が、連続して三回。
ゲームで聞くよりも低く、全身を揺さぶるような振動が意識を引き戻す。
「ボス! 鯉が来てるよ!」




