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第3話 アパートの住人たち

 恥ずかしい姿勢のまま五分ほど抱えられて、着いたのは町外れの古めかしいアパート。


 駅近でレトロな佇まい……と言えば聞こえは良いが、都市計画に取り残された結果大通りにはそこそこ遠く、築五十年は過ぎていそうなその見た目は、いつ床が抜けても疑問は無い。


「見た目は古いけど、一通り使えるから安心して。ささ、どうぞ~」


「おじゃまします……」


 アパートの中はやや大きめだった。特徴をあげるとするならば、一人、あるいは二人暮らしを想定しているだろうこの部屋に、自分含めて四人もの人数を収容しているところか。


「…………」


 部屋の隅ではゴスロリ少女よりも背の低い、大人しい女性がいた。学生だろうか?


 一言も発することも無く目を伏せているのは人見知りなどよりも、何かに対する畏れなどと行った方が据わりがよい。


「やぁやぁこんにちは。――君も容疑者候補、という訳か」


 最も窓に近い椅子に腰掛けた男が微笑にも似た薄い笑みを深め、奇妙な挨拶を告げる。


 部屋に対してあまりにも大きな机に阻まれて詳細は不明だが、大柄な男だった。


「恐らく混乱しているであろう中申し訳ないが、私の問いに答えてもらえるかな? まず一つ目。あの鯉に見覚えは?」



「いえ……ないです」


「二つ。この世界の建物、地理などで知っているものは?」


「多分……テレビとかでも見てないと思います」


「三つ。そこの女性と面識は?」


 部屋の隅にいる少女を指さす。びくりとして髪に隠れた目をそらす。ゴスロリ少女や大男の仲間とは違うのだろうか?


「初めて会いました」


「了解、質問は以上だよ。特に見所もない部屋だけど、のんびりするといい」


 ああそれと、そう付け足して男が名乗る。


「私の事は『ボス』と呼んでくれ。変に名乗るよりよっぽど良い」


 そう言い切ると返事も待たず、机に目を落とす。会話は終わりだと、誰でも分かる対応だ。


「もうちょっと説明がいるよね、私がするからその辺に座ってて」


 変わりにゴスロリ少女が会話を繋ぐ。

 冷蔵庫からカフェオレを二人取り出し、片方を俺に放る。


「あ、ども」


 蓋にストローを刺し、一口飲む。よく冷えた甘い味がした。

 その現実味が、自分が何処にいるのか分からなくさせる。


 窓の外では魚が群れをなして泳いでいるのに。


「一応自己紹介でも……私はケイ。そう呼んで」


「はい、俺は――」


「待った」


 強い語調で名乗りを遮られる。


「この世界にはルールがあるの。その一つが『本名を名乗ってはいけない』」


「本名を……つまり、偽名なら可と?」


「そう。昔それを知らないで名乗った人がいたんだけど……消えちゃった。この世界はもちろん、現実からも。まるで最初から夢でも見てたんじゃないかってくらい、戸籍すらまっさらになくなったの」


 遠くを見ていた。もうどこにもいない誰かを見ているようにも見えた。


「と、言うわけで本名以外を名乗ってね」


「と言われても……急には……」


「えーっ? じゃあ取りあえず……ワカバって呼ぶね、髪型がそれっぽいし」


 頭を指差しながら笑う彼女。恐らく両側面から一束跳ねた髪を見ているのだろう。


「おまかせで」


 考えた所でセンスは無いし、うっかり封印されし中学時代の記憶が蘇れば恥ずかしさに地面を転がる羽目になる。


「それじゃあ、他のルールについても話そうか。ちょっとおいで」


 そう言って玄関をくぐるケイ。慌てて後を追う。

 外には金魚やら出目金やらが優雅に泳いでいた。


「ここは夢の中。好きなように出来る明晰夢を広げたような世界。何度か体験したから分かるだろうけど、物理法則すら無視される所だよ」


「突飛な世界だな……」


「まぁ、夢だからね。やる気があれば大体のことは出来るよ」


 そう言ってケイは垂直跳びをする。鯉に追われているときにもやってのけた技だ。

 目測五、六メートル程度だろか。

 オリンピック選手も白旗を上げるその跳躍力は、夢だからこそのものだ。


「まぁ世界の持ち主が無理って決めたら、出来ないけどね」


「世界の持ち主?」


「基本的には夢の世界に対して夢の所有者……持ち主がいるよ。さっきボスが『容疑者』って言ってたのはそのこと。持ち主は意識するしないに関わらず『敵』を設定するの。今回は鯉だね」


「敵……ゲームじみてきた……」


「あはは、あながち間違いじゃないよ。敵を倒せば私達の勝ち、素敵な現実に元通りってわけ。私たちはそんな敵に立ち向かう正義のヒーロー……って感じ」


 ボスを倒したらハッピーエンド。分かりやすい。しかし、ゲームと違って生きた人間に残機という概念は無い。


「もし負けたら……?」


「負け……この世界で死んだ場合だね。基本的に死んだら目が覚める。夢の中での事は忘れちゃうけどね」


 そこまで話すと目をそらし、対して珍しくもない町の景色に視線を移す。

 柔らかな雰囲気のケイだったが、そこだけはしっかりとした意志を感じた。


「ケイ、作戦会議です。お集まり頂けますか」


 ドアの向こうから低いながらも、よく通る声がした。


「はーい! ……呼ばれたから行くね」


「何か手伝える事はある?」


「ひとまず飲み物でも買って来てくれない? 自販機かスーパーから持ってきて」


 そう言われても、夢の世界に財布は持ち越していない。

 それを見越していたようにケイが続ける。


「店員もいないから勝手に取ってきていいよ。自販機はお金入れなくても出てくるし」


 じゃーよろしく、とケイは中に入ってしまう。

 周囲に鯉の姿は見えない。あの巨体だ、不意をつかれることは無いだろう。


「……あ」


 注文を聞き忘れた。あり物を適当に買えばいいか。



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