第24話 ハナとミユキ
「…………私は、幼い頃に仲の良かったハナにまた会いたかった」
ミユキさんの瞳には、大粒の水晶めいた雫があった。
「仲違いをして、何年も話さなくなって……私は家を出て……しばらくしてから、突然聞いたんです。ハナが事故で……」
雫は空気に溶け込む粒子となって、空気に混ざって溶ける。
「私はどうなってでも、また会いたい。そう願ったら、ハナが夢に現れるようになったの。私はいつも魚の姿で、誰にも話せなかったけれど……」
「でも、俺たちはミユキさんの人としての姿を知ってます」
「ケイさんと戦ってからは人になれることも、話すことも出来たわ。……その代わり、毎日少しずつ物事を思い出せなくなっていった」
ミユキさんは元々柔らかな声だったが、ここまで消え入りそうな、弱々しい声では無かった。
「ハナの姿は覚えていても、好きなものも、好きな食べ物も、段々分からなくなっていってしまったの」
日に日に記憶が薄れゆく中、ミユキさんはハナの姿と想い出を頼りにこの世界を保ち続けていた。
美しい姉妹愛とも取れるその世界を、ボスは認めなかった。
「しかしこの世界は、貴方の思い込みによって作られた仮想のものです。ハナさんが戻ることはありませんし、貴方が日々擦り切れていく事にしかなりません」
「ボス……そんな言い方しなくても」
「いいえ、ワカバがどう思おうとも言わせていただきます。それは自己満足のために己の心を犠牲にしているだけに過ぎません。それはミユキさんはもちろん、他ならぬハナさんの想いが報われない」
消え入りそうに俯いたミユキさんへ、ボスは厳しくも意見を述べる。
「ハナさんが死を前にした時、ミユキさんをどう思ったか定かではありません。だからこそ、ミユキさん自信でそれを決めなければならないのです」
「…………」
ハナはずっとなにも言わない。
これまでも口数の多い方では無かったが、殊更に沈黙を保ち続けている。
あるいは、ハナに何か言わせることを望んでいないのかもしれない。
「私は……どうすれば……」
「自分をしっかりと見据えるのです。幻に頼るような生き方は、他の誰でもなく自分を苦しめます」
ボスはこれまでの何よりも熱のこもった声でミユキさんに語り掛けた。
「ミユキさん……事情は詳しくないですが、ハナが鯉であったあなたに麩菓子を投げて、声を掛けていた姿は俺には偽物には見えませんでした」
本心だ。ついその瞬間まで、俺はハナの事を普通の人だとずっと思っていたのだから。
「例えそうして欲しいというミユキさんの想いだとしても、それはあなたにとって本物になると、俺も思います」
「ありがとうございます。私もワカバさんと食べた塩焼き、何だかいつもより美味しかったです」
作り笑いでも、少しだけ笑顔を見せてくれた。
「ボス……締めるよ?」
「はい。お願いします」
ケイはいつの間にか、手のひら程の大きさをした球を持っていた。
「それは?」
「夢を強制的に閉じる装置……かな。普通に使うと原因が解決しないから同じ夢の繰り返しだけど、今のミユキさんならこれで閉じてもきっと大丈夫」
「そうか……これで本当に終わるのか」
「うん、多分ね。ワカバとまた会えるかは分からないけれど……きっとまた」
「……あぁ」
ケイが球を天に放り投げ、拳銃で中心を射抜く。
地上に太陽が生まれたような、閃光が目を焼きつくす――。
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「………………」
見慣れた天井に、慣れた感触のベッド。
元の世界に戻ったようだ。
俺はもうあの世界が自分だけの夢ではないことを知っている。
俺とケイとボスと、そしてミユキさん。
世界中でたった4人しか知らない、夢の中の世界の話。
どうして俺が巻き込まれたのか。
なぜ彼らが他人の夢に入り込む活動をしているのか。
分からないけれど何となく、また会えるような気がして。
とりあえず今日は、二度寝から始めよう。




