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第23話 ハナと鯉

 風の先頭を率いるように、黒いゴスロリ服を着た少女。


 ケイだ。


 麩菓子を見つけて、戻ってきてくれたのだ。


「二人ともー! お待たせ!」


 ケイは俺なんかとは比べ物にならない猫のように軽やかな軽業で屋上まで登ると、麩菓子をハナに渡す。


「ありがとう……私も、頑張る」


 ハナは一層決意を固めた表情をすると、空を見上げた。


 そのまま屋上の鉄塔を登り、更に上へと昇る。


「おい、上は危ないぞ」


 慌てて声を掛けるが、ハナは聞かずに走り続ける。


 屋上の上に増設された細身の塔は見晴らしがよく、鯉からすれば格好の的だ。


 鯉から見れば、自らレンガ造りの家から飛び出した子豚にも見えただろう。


 階段を駆け上がるハナを追って空へと駆け上がる鯉。


 ハナは麩菓子をの封を切り、半分に折り欠く。


 半分を右手に、もう半分は左手に。


 階段の頂上、本来はアンテナを整備するためのスぺースで止まったハナを目指し、全速力で飛び込む鯉。


 

 その大きな口元へ、右手の麩菓子を投げこんだ。


 体格が劣るとはいえ、上から下へと落下する麩菓子は位置エネルギーを含み、十分に大きなその口へと滑り込まれた。


 口内に生じた突然の違和感に、ハナを目前として動きを止める。


 その時、ハナは今までで一番の大きな声で叫んだ。


「おねーちゃん! 麩菓子、いっしょにたべよ!」


 そうして、左手に持っていた残りの欠片を口に入れる。


 あまりに唐突、そして予想のつかない行動にどうしたら良いか分からず、何もすることが出来ない。


 そしてそれはケイにとっても同じようで、一瞬の静寂が辺りを通り抜けていった。


 奇妙なことに、この硬直された空気は鯉ですらも例外ではなかった。


 目の前にいる幼い少女の瞳を見つめ、その姿を体内に納めようとするでもなく留まり続けている。


 ケイは停滞の中、頭をひねりながら唐突につぶやく。


「もしかして……鯉ってミユキさんだったりする?」


「はぁ!?」


 こちらもハナの言動と同じくらい、訳が分からない。


「なんでそうなった……?」


「えー……なんとなく?」


 とどのつまり、勘。


 その一言で片付けてしまうケイになにを言ったら良いのかと思ったが、遮る声が聞こえた。


「ケイの推測ですが、恐らく間違いないかと」


「え、ボスまで……何か気付いたんすか?」


「鯉の挙動を観察していて気づいたのですが。ハナを優先して追っている様子が見て取れました」


「確かに……俺やケイよりも優先順位が高いように見えましたね」


 魚屋に行く途中の道や、ここまで移動する時の鯉の様子を思い出すと、ハナがいる方を優先して襲い掛かる行動を何度も見かけた。


 今も鯉はハナを追っていたものの、麩菓子を食べてからは何か迷うように漂うばかりで、これといった行動が見えない。


「あの行動が速力が遅い人間を食らうためならば、ケイやワカバが連れて移動する時点で矛盾が生じます。あるいは何かを確かめたかったのかもしれませんが……」


「おねーちゃん……!」


 今もハナは祈るような声色で鯉の事を姉と呼び、次の行動を見守っている。


 その時、鯉はその大きさを縮めていき、二メートルを切る大きさとなって塔の足場へ降り立った。


 丁度ハナの目の前に留まり、響くような声が聞こえてきた。


「ハナ……本当に、貴方なの?」


 鯉の中から聞こえる声はどちらかと言うと胡乱げな、戸惑うような雰囲気があった。


「そうだよ、おねーちゃん。私は――」


「……」


 突然、鯉が光を放つ。


 その中から見えたのは、俺たちがずっと探していたミユキさんの姿だった。


「貴方は、もういないはずなのに……どうして、いてくれるの?」


 貴方――つまり、ハナがいない。


 目の前にいる事そのものへの否定。


 それでも、存在を喜ぶような、不思議なニュアンスを漂わせた言葉選びに首を傾げる事しか出来なかった。


「えっと……ミユキさん、ですよね? 何を……」


「ふむ……私たちは勘違いをしていたようです」


「え?」


「我々はハナを『夢の持ち主』、鯉を『その元凶』と定義していました」


「『していた』って私たちは元々……あっ!」


「ケイもお気付きですか。夢の持ち主には何かしらの目的があるはずでした。しかしハナに目的意識は無かった」


 夢を見た人間は、自分の願いを夢世界の中で叶えて貰えるように出来ている。


 それがどのくらい意図的になるか、あるいはそうならないかは個人差があっても、最終的に夢を見ている本人の影響を大いに受ける。


「でも、ハナは姉に会いたいと言ってくれました。それは違うんですか」


 俺と駄菓子屋を歩いていた時にハナの呟いた想い。


 姉想いの優しい子だと、そう思った瞬間だった。


「それが、姉たるミユキさんの願いなのです」


 ハナの想いを、ミユキさんが創り上げた。


 そんな事が可能なのか。


 反射的に見上げた視線の先には、ミユキさんが不思議と小さく見えていた。



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