第16話 知らないコト
お店が違う。確かにハナはそう言った。
「店? どう違うんだ?」
「知らないお店があるの」
「行ったことないわけじゃなくて?」
「閉まってるお店が空いてるの。駄菓子屋さんはもうやってないはずなのに……」
一緒に麩菓子を食べた駄菓子屋の事だろう。行った事も無いはずなのに不思議と人心地つける、懐かしさのあるお店だった。
「ハナは駄菓子屋の中を見たことが無いのか?」
「無くは無い、けど……本当に小さい頃。もう覚えてないくらい」
なんでも二歳か三歳くらい……と言うことらしく、唸るもののそれらしい記憶は出てこない。
「ふむ、犯人が分からなくなってきたようだね」
「どういう事っすか?」
「ここが夢の中という事は説明しただろう? つまり犯人の知らない事はこの世界に現れない」
「現れないって……」
「例えばこのアパート。ハナ、君に見覚えは?」
硬直しながらも、首を振る否定の合図。
「ワカバ、隣の部屋を見に行きたまえ。開かなければ蹴破っても良い」
突然、物騒な物言いをするボスに疑問を持ちつつも、隣の家の扉の前に立つ。
ドアノブを捻るが、回る気配が無い。
体重をかけて押し引きするが、扉は軋み一つたてることはなく、まるで地面に根が生えているようだった。
「壊して何かあったら、ボスのせいだからな……!」
そう独り呟き、扉に向かって渾身の蹴りを放つ。
特別な運動こそしていないものの、それなりに筋力があり、なおかつ扉を跳ね飛ばすイメージで補正した一撃。
恐らくただの扉程度なら、簡単に蹴破れただろう。
しかし、蹴りを受けた扉は、重たい大木を叩くような音こそしたものの、びくともしなかった。
それどころか、足に帰ってきた反動が痺れるように痛い。
「~~~~ッ!」
激痛を声なき声で呻き、目元に涙を滲ませながら、元の部屋に戻る。
「おかえりなさい。如何でしたか?」
「まるで別物でした……あんな扉、絶対におかしいですって」
「その通り。決して正常ではありません……が、こと夢の世界ではままあることです」
「知ってて隠してましたね」
ボスは俺の抗議など聞こえないふりをしてコーヒーの缶を開けた。
プルタブを引き、開いた口からわずかに湯気が漏れる。
「この世界は知っている物しか反映されません。コーヒーなどの飲み物は我々も知っているので、こうして開封する事が出来ます」
そのままコーヒーを飲み干して、続ける。
「ただし、隣の部屋がどんな構造で誰が住んでいるのか。それを知る人間はこの世界にただの一人もおりません」
「知らないとああなるって事ですか」
「そういうことです。知らない物は外観の再現に留まり、再現されていない区画へはどのような方法を用いても立ち入ることが出来ません」
「先に言ってくださいよ……」
「ただ口で言うよりも分かりやすいでしょう?」
それはそうだが……全力で蹴りすぎて、足が痛い。
げんなりしていると、ケイが帰ってきた。
「ただいま~……」
こちらも、しょんぼりしている。
「おかえりなさい、ケイ。何かありましたか?」
「ミユキさん、会えたんだけどね? 連れてこようと思ったら『魚のお世話がある』って言われちゃって……」
「俺の時もそうだったな」
駄菓子屋を出て、突然同じ事を言われて離れていった時を思い出す。
考えの読めない独特な雰囲気を持っている人だった。
雲を掴むようなつかみどころの無さはあったが、魚を大切にする人でもあったように思う。
「では、此方から相手の方へ向かってみる事と致しましょう」
「ボス……外出するんすか!?」
「いえ? あくまで貴方がたに向かっていただきます」
「…………」
本当に、札付きの引きこもりである。
「もちろん、何かあれば声を飛ばしますので」
この部屋に娯楽と呼べるものはほとんど無い。
電源の概念が曖昧なのか、冷蔵庫は冷えているし自販機も稼働はするものの、テレビは全く動作しない。
必然的にゲームや携帯なども動くことは無く、部屋にいてもする事は限られるように思う。
退屈ではないのだろうか……?
とはいえ、無理やり連れ出すほどの理由があるわけでもなく、ボスが見送る玄関の扉を閉めた。
ミユキさんの元へと向かうことになった三人はお互いに見合わせた。
道を知っている俺とケイが先導し、ハナが間に挟まるような隊列で歩き出した。
「ケイが会ったときにミユキさんは何してたんだ?」
「んっとね……着替えてた」
「え?」
「聞いたとおりに行ってみたら魚がいっぱいいて、どうしようも無いから、二階の窓からぴょーんと入ったのよ」
確かに、ケイなら容易く出来るだろう……倫理的な良し悪しは別として。
「そしたらちょうど着替えてる途中で……申し訳ないことしちゃった」
「それはケイが悪いだろう……」
いくら窓が空いていたとは言え、どう考えても不法侵入の構図でしかない。
「ミユキさんと二人でびっくりしてたんだけど、ミユキさんが魚を見せてくれたんだ。水族館みたいで楽しかったなぁ」
「……イルカは、いた?」
ハナも魚に興味があるようだ。
「イルカは見なかった気がするなぁ……」
聞くと、すごすごと引っ込んでいく。
心なしか残念そうだ。
どう声を掛けたものかと悩みながら進んでいると、ハナが足を止めた。
「どうした?」
「……お魚」
そうして指を指した方向を見ると、低層マンションがあった。
そして、その隙間から大きな目玉がぎょろりとこちらを見通す。
鯉が現れたのだ。
「このタイミングで出てこなくてもいいだろ……!」




