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6.道のりをてくてくと


は、は、は、と短い息遣いが聞こえる。

ピリピリと短い痛みが刺すように繰り返されているんだろうな、とぼんやり思う。

正座した後に、立ち上がるとじわーっと感覚が鈍って、ビリビリしびれが襲いかかるような、あれが小さい針になって、全身を襲っている感じと言えば分かりやすいだろうか。私はといえば、うっすら纏う不快感が霧のように覆っていたのが、じわり、じわりと空気に溶け込んで消えるような感覚になっていた。息を吸うごとに、自分の魔力が回収されて、分解されて、私のものに戻っていく。


「じょ、るつ?」

「ジョルツっ」


呆然と、叫びながら共に駆け寄ったお二人は、やっぱりジョルツ様がとても大切なのだろう。従魔の二匹に駆け寄った時の私みたいにと思うと、それはそれで理解はできそうだな、と思った。


「失礼します」

契約書の提出はウィルさんのお仕事だろうから、と私は立ち上がった。ひいひいふうふう言っているジョルツ様にみんなが集中している間に、さっさと荷造りをして、寮に帰らないといけない。

おそらく寮にもご自身の思う根回しをしているだろうから、どこかの宿を借りるべきかも。

流石に寝る場所を奪われてしまうと、私もしんどい。


「あ、ああああ」


ジョルツ様が痛みに声をあげる。

誰かが体を起こしたのだろう。そう言う時は横向きにして、お医者様の判断を仰ぐべきだなあ、と思ったけれど、目の前に動けず固まったお医者様が目に入った。我に返れば、きっとなんとかしてくれるだろう。


「な、ベリナリアさん、何を」

「何もしていないです。何もできないので寮に帰ります」


私との契約は終わったので。


「そんな、なんで」

「痛いですけど別に、死にはしないので」


同じ痛みを経験した者として、確かに同情はするけれど、あれは反動みたいなものだから、数時間したら慣れて今度は立っていられない倦怠感が起きて、その後ぐっすり寝られるはずだ。

その後ジョルツ様が起きられるかどうかは分からないけれど、フェルゼンさんはジョルツ様をとても大事に思っているし、きっと最善の策をとってくれるだろう。



「ベリナリアさん! ジョルツ、様のこの状況は一体、貴方は何か」


続けようとしたウィルさんをそのままに、席を立ち扉へ向かう。途端にウィルさんが扉の前に立った。通せんぼするのは良くないと思う。どっしりした体に、確かに扉への道が閉ざされる。


「貴方は、苦しんでいる人を置いて」


正義感に脂汗を垂らして、ウィルさんは本当に、伯爵家にとって善の人なんだろうな、と思う。

でも私はもう、伯爵家のものではない。


「貴方はポールさんですか?」

「は?」

「私の代理人はポールさんだとお聞きしました」


私の目の前で説明してくれた人が、キョトン、と目を見開いて固まった。ぽぽぽ、と口が中途半端な形で固まっている。


「契約違反はえっと、おいくらでしたっけ?」


言うと、ウィルさんが私を避けるように動いた。

反射的なんだろう。無意識に素早く自分の利益をとった本人が、はっとその行動に青ざめたのが見てとれた。

契約書にちゃんと書いてあった。

代理人を通さない接触には、罰金が発生するらしい。申告は不要。私情が入らないように、とウィルさんは古代文字を使い、妖精に誓いを立てた。破られるたびにチャリンチャリン。お金が振り込まれなければビリ、ビリーと妖精が面白おかしく鉄槌を下す。変に平等だから、不当な契約である場合は取りたがらない、古来からの伝統的な契約方法である。私がどれだけ悪いかが確定的だったんだろう。そりゃあ診断書まで出されていたら、そう思うのも無理はない。


「先生、先生……! この子を助けてください」


上に下にブレて聞き苦しい必死な声に、フェルゼンさんが、動かなかった体を震わせながらジョルツ様に近づく。


「フラウ、フラウ先生は、腕輪があればお互いの苦痛がなくなり、魔力の安定に伴いベリナリアが不要になると、確かに! わた、私の診断でも」


ぶつぶつと、自分への言い訳を口にしながら、ジョルツ様の脈を取り、助けるために自分の魔力を注入していく。途端にばちん、と跳ね返る魔力と共にキラキラしたカケラが舞った。

それをまともに浴びて、フェルゼンさんの顔や腕に赤い線が走る。

きゃあ、とまた義母ーーではなくて、伯爵夫人が悲鳴をあげる。

それは良く見ると腕輪が粉々になったもので、そのかけらが周囲に散らばって周りの人はいよいよ混乱してジョルツ様の名前を呼んでいた。魔力を纏って金色のかけらがキラキラ光っていた。

まあ確かに、腕輪のおかげで私の苦痛が減ったのだから、ありがとうは言わないといけないなあ。


「今までお世話になりました」


どれだけ不快なことが起こっても、ちゃんとお礼は言っておかないとなあ。

衣食住は保証してくれたし、生きる道もなんとか目処は立ったし。

自室に置いてきたニルクスとプキュルガは絶対に迎えに行かないといけないので、私はスタコラサッサとその場を後にした。


途中、メイドさんとすれ違ったが、おそらく今後の予定を伯爵様か、執事長、メイド長に聞いたのだろう。

蔑んだ目を向けられて、そのまま無視された。念の為「お世話になりました」と言っておく。

別にここで恨みを買おうが何をしようがどうでもいいが、前世を思い出した以上、現世の私が別に悪いことをしていないと分かったので、筋は通して自分の当たり前をなるべく貫こうと思う。


「ニッ、プキュ、大丈夫?」


部屋に着き、扉を開けて呼びかけると、寝床にしている籠から二人が顔を出した。

シーツを被ったままなので、ニルクスの耳が少し重さでへにょっとしている。


「に!」

「ぶぎゅ、ぎゅぎゅ」


大丈夫、というアクションなのだろう、ぴょんぴょんと飛んでいるが、籠から出る気配がない。汚れたシーツは変えて寝床としてそのままにしていたけれど、どうやらお気に召したらしい。二匹とも選り好みが激しいので、好きな物が見つかって良かったとするべきか、籠を抱えたり担いで移動するのがちょっとしんどいなあと言うべきか。

荷物は学園関連の物と、自分で購入したもの、私物として身につけていたものはお目溢し、とのことだったので、素早く荷物をまとめる。着の身着のままの状態そのままで、伯爵家のお屋敷を出ることができるのが、ありがたかった。裸一貫はこの可愛い顔には危険が多すぎる。



屋敷に置いていた学園関連の荷物を詰めこんだリュックはそんなに大きくはなかった。ちゃんとマジックバック仕様で容量が入る仕組みなのだ。魔獣を討伐したお金で課金した私のリュックである。それを背負い、従魔二匹が入っている籠を持ちながら歩く。

執事長が私に声をかけようとして、メイド長に止められた。お世話になりました、を口癖にして、私は無事お屋敷を出ることができた。


フラウさんが口止めしたのか、フェルゼンさんが早とちりしたのかは分からないけれど、ジョルツ様の「治療」はまだ終わっていない。

ーー厳密に言うと、私が関わるべき「治療」は成人まで続く予定だったはずだ。

ただ、腕輪ができたことによって、私が離れる「余裕」が生まれただけだ。

数年前、隣国のさる王家筋のお家に、同じく魔力過多で苦しむ少女がいたらしい。その家のご当主で魔術師と言われるくらい魔法に長けた貴族のお兄様が自分の妹を救うために古代の技術を流用して、魔力の流れを抑える腕輪を開発した。

でもそれは、魔力過多を打開する決定打にはならなかった。

その貴族様が開発した時は、私と同じく吸収体となるメイドを孤児院から用意し、適応できるように妹さんと同じ腕輪をつけて、それを変換器にしたらしいと聞いた。私は変換する必要がなかったので、適宜腕輪に触れて、腕輪を媒介として魔力を吸収して、自身の力で変換していた。

腕輪があろうとなかろうと、変換した魔力は方法を見つけて吐き出す必要がある。

魔力を封印するために魔力を使う、という方法も確かにありだと思います。ジョルツ様が試合の時にしたみたいに。すごい集中力が必要で、短時間しか機能しないし、自分のものを封じるので魔力の消費が少量になってしまうのは良くないところだと思うけれど。鍛錬にはなる。


魔力過多の症状を、説明するのは難しい。難しいけれど、血液に喩えたらわかりやすいだろうか。

自分の血と違う血液を、大量に流し込まれるのだ。血液型が同じだろうと、流れる血が過多になって、体を圧迫すれば、当たり前に苦しいし、下手をすれば死に至る。それで言えば、今のジョルツ様は、多量の血液が自分のものとはいえ溢れるくらい増えた状態といったところだろう。

私はジョルツ様から受け取った魔力を効率的に排出するための方法をずっと探していた。私のことには、誰も解決策を考えてくれなかったから、自分で探すしかなかった。


召喚術を学んだ時、それに適性があると分かった時、私は必死に呼びかけた。強い魔力を欲していて、きて欲しいと思った時に現れて、魔力を存分に吸い取ってくれる存在、暴れ回るけれど、他の人に迷惑をかけない存在、文字通り命懸けで応えて欲しいと呼びかけた。


ええで。

ま、いっか。


願いに応えて、二匹が来てくれた時、それが強大で、凶暴な獣の形をしていた時、このまま殺されても仕方ないと思った。二匹が顔を見合わせて森全体を壊すような喧嘩をし出した時に、私は絶望でその場にへたり込んだ。へたり込んだのだけれど。

がうががあうがと、その巨体で全力の喧嘩をした結果、なぜか二匹が仲良くなった。私が辺境に暮らすことで、ダンジョンや森にいる魔物たちを討伐する。そうすると魔力を効率的に発散できて、私の負担は減っていった。ザシテ様が私に興味がなかろうがどうでも良かった。討伐したお金で、辺境の街の外れに、従魔と暮らせるように一軒家だって買ったのだ。


「買えたのになあ」

「プ?」

「ニニッ??」


プキュルガとニルクスが、私の独り言に答える。

ああそうか、独りではないのか。


「辺境に買った家、無駄になるかもしれないなーって」


にー、とニルクスの耳が前に垂れる。落ち込んでいるようだ。ににに? とぷつぷつの鳴き声が続く。

ブキュー、とプキュルガの鼻周りに皺が寄る。憤りを感じているようだ。ちょっと小さい牙が見えている。

籠の中でゆらゆら揺れながら、ぷぷぷ、にーと二匹で会話している。おそらく従魔たちは、二匹ともこの現状をちゃんと憂いて考えてくれているようだ。

この子達が安心して暮らせるところを、見つけなきゃいけないな。


私の器は魔力を薄く垂れ流しているようだ。

治療が終われば、途中でも、ジョルツ様の魔力のために差し出した自分の体や、その時に押さえていた魔力が無事に戻って成長する、なんて夢物語だった。この程度で済んで、不幸中の幸いだ。

二匹は召喚されたまま、元に戻るか聞いたけれど、必要ないと首を振られた。垂れ流している魔力で、召喚したままでいられるらしい。

ジョルツ様の魔力を制限するために、腕輪は確かに役に立ったけれど、ジョルツ様の感情が昂れば魔力が増大し、腕輪だけでは足りないようになった。辺境に移動する前には多めに魔力を抜いておかなければ、本人が苦しむことになる。倦怠感が伴おうと、暴走して周囲を巻き込むよりはだいぶマシだ。

そう思って、少し多めに取り除いた魔力の流れについて、王女ヘイリー様は気付いたのだろう。

愛の力かなあ。ヘイリー様、ジョルツ様好きそうだったもんなあ。でもザシテ様にも気を遣ってたから、どっちも好きなのかなあ。でもジャスティ様も好きそうだったし……いや、ここはライバル認定のタリスもワンチャンあるのではないだろうか。教師は論外です。生徒に平等に接することのできない教師、えぐいです。

逆ハーもどきだった名残で、ヘイリー様を中心に、色々恋愛模様を妄想してしまう。


「まあいいかー」

試合があって、寝て起きて、一日経ってみんなの状況が整った昼過ぎに契約書の押し問答。馬車も用意されず、徒歩で学園まで移動しないといけない。疲れる日常は続く。まぎれ飛ぶ鳥にならなければ、やはり現状は厳しいのだ。

日が暮れるまでには、学園にたどり着きたい。

ひとまず、プキュルガとニルクスと安心できる場所に行って、気が済むまで眠りたいなあ。


「学園にいる間に、将来暮らす場所を探そうねえ」

「に!!」

「ぷぎゅぎゅー」

「やっぱり四季があるところがいいなあ」

「にぃ?」

「美味しいものがあるところで」

「ぷ! ぷぎゅ!! ギュギュ!!」


独り言が、独り言じゃなくなる合いの手を聞きながら、私は学園までの道のりをてくてく歩いていった。





一旦ここで終わります。ちゃんちゃん。

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