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4.私は逆ハーヒロインもどきである。

私は逆ハーヒロインもどきである。

誰の心も射止められなかったから、もどきである。いろんなイケメンにイケメンで心もある私わかってるムーブをかましたヒロインである。スッキリ努力型サバサバ系のヘイリー様とその一行にドン引き引き抜きされてのボッチである。


そこかしこの周囲の人が皆魅力的だったので、気後れもすれば、自分が養女にと持ち上げられたのが自身の魔力とその許容量、そして伯爵家にいても遜色ない容姿であると言われて、確かに嬉しく思った。親切をすればするだけ、相手の態度も柔和になり、生き抜くためにも自分が快くあるためにも、優しい態度や言葉を心がけた。


思えばそれは転生前の前世から学んだことだった。特に特技もなく、平穏無事な社会人だった私は、そうは言っても能力のないただの社会人で、きゃっきゃと浮かれる後輩や、忙しさに人を怒鳴ることを平気でするような上司を前に、流されるように「人の良さ」を発揮していた。日本で、小さな町で、どこにでもある会社で、いつの間にかいなくなっても家族すら気づかないような存在だった。あ、そう、ふーん。

それでもちゃんと不満はあって、それでもちゃんと心は削れて、現実逃避が必要で、漫画やアニメや小説は大好きで、でも人は苦手だから、付き合いは画面を通してが一番良かった。もし生まれ変わるなら、魔法のある世界がいいな、一緒にもふもふした生き物がそばにいて、できれば好きな人がいて、それで美味しいものを食べて、何不自由なく暮らしたいな。ぼんやりと考えて、寝て、また仕事をして、そして気づいたら死んでいた。



ああそうか、転生していたのか。

あの平凡で感情と時間を平気でむしり取られるような日々から、抜け出していたのか。ーーでも結局、心の奥では抜け出せもせず、乗り越えられていなかったのだ。いや、結局は似たような環境にしか転生しなかったのかもしれない。努力できなかった、では今世の私が可哀想だ。できる限り最善を選んだからこそ、現状があるんだから。

伯爵家の自室はちゃんと広いけれども、私自身は寮に住んでいた。月に何度か義務的に帰宅するだけだ。長期の休みは実家に挨拶に、それが嫌な矢先、婚約者ができて辺境にお仕事のお手伝い。

全ては伯爵家のご子息たる義弟ジョルツ様を助けるために私はあった。

だからーーでも、だって、そうか。


その結果がこれだった。

私は抱きしめた一番大事なものを思った。



「ごめんね」


シーツに被った声が、くぐもってその場に消える。



「に」

「ぷぎゅ」


だから返ってきた鳴き声に、私は目を見開いた。

もぞ、と動いたその塊は、シーツ越しに私の目に当てられた。


「にーーー!」


息苦しいようである。


「ぷ、ぷ、ぷぎゅ、ぎゅ!」


なんか訴えられているようです。

シーツの中をモゾモゾと動く気配がある。知った気配だーーでも、だいぶーーとっても小さいし、軽い。

え、え、え? と戸惑う声がそのまま出た。

誰もいない部屋、おそらく部屋の前にすら、誰も控えていないだろう。だから気にしなくていいのだけれど、それでも声は控え目になってしまう。

私は伯爵家に養子入りはしたけれど、身の回りの全ては自分でするように言われてここ十年間育ったし、私付きの従者はいない。ただ、ドレスを着るだとか一人でできないことに関しては、義母付きの侍女とその時々のメイドが手伝って用立ててくれる。

養女ではあるが、ジョルツ様の世話をする養女の身分を持つ使用人、というのが伯爵家での私の立ち位置だ。

幼少期からジョルツ様を助ける、というと引き換えに本来であれば受けられないような教育をうけ、魔法などの特殊技術を学んだ。


「プキューーっ、ニッ、い、いっ」


プキュルガ、ニルクス、と名前を呼ぼうとして、体に鋭い痛みが刺さった。針千本ではないけれど、肺に複数の棘が刺すような痛みだ。この長い名前を口にできるほど、魔力はないらしい。


「ぷ!」

「にぃ!」


それにもかかわらず、二匹は私の声に応えてくれた。

痛みで胸を抑える。しゃがみ込んだ状態で、籠を落とさなかったのが幸いだった。思えば少しだけずっしりとしたそれを太ももに乗せて、安定させた。


「ごめんね、全部の名前、今の私だと言えないみたい」


いいながらシーツを捲ると、黒ずんだ体を寄せ合う、ぬいぐるみみたいにぷくぷくに丸くなった可愛い動物が、私を見返していた。


シーツも少し黒ずんでいる。視界が悪いのか、その小さな手をくしくしと動かして、顔の黒ずみを拭っている。身を寄せ合ってこちらを見る様子は、汚れていても、贔屓目なしに可愛かった。


「水の魔法、出すからちょっと待って」


言って、できるかなと手を動かす。小さく魔力の渦を感じ取って、安心した。私はまだ魔法が使えるようだ。

今ある魔力が少なくても、私の魔力を貯めるための器はとても大きくて、魔法もちゃんと学んできた。魔力が枯渇することで起こる倦怠感は相変わらずだけれど、こんな状況は何度も経験したことがあるので、容量を調整して、少しだけの魔力を練り上げて呪文を唱えた。


「ウォーター、頭上に降り注げ、その源は掌の器」


途端に、手のひらくらいの水が二匹の頭上に現れて、ペしゃん、と弾けて降り注いた。ニッと、水が嫌いはニルクスが濁った悲鳴を上げる。不快感にお尻をふりふりさせながら、煤けた顔を濡れそばった前足で器用に上下させて汚れを落とした。

プキュルガはというと、上を向いて堂々と顔から全身に水を浴びたかと思うと、カゴの中で一周して、シーツに汚れを押し付けていた。とても器用で堂々としている。さすが前の姿は百獣の王のライオンぽい感じがしていただけのことはある。その後嫌がるニルクスの尻尾をぽんぽん、と叩いて、に、ぷきゅきゅ、となにやら二匹で話し合い、そのままモゾモゾシーツに潜り込むと、二匹はば、っとシーツを蹴り上げた。

シーツに汚れをそのまま移して、綺麗にしたらしい。シーツが私の顔に当たったので目を瞑って、次に目を開けた瞬間、汚れが落ちた状態の二匹が目に飛び込んできた。

二匹はそれぞれ予想とは違う姿だったけれど、大きさは両手で持てるくらいのサイズになっていて、小さい前足で、バンザイするみたいな姿勢で決めポーズをとっていた。


「二ッ!」

「プキュ!」


掛け声……鳴き方? も前よりも短くなっているが、間違いなく私の従魔の二匹だった。

ピカつやである。

ぷるふるである。

ニルクスは元はキツネーー今思えば、ライオンサイズのキツネっておっきいけどーーだったのが、短くどっしりした両手両脚に、ぼふぼふのしっぽがチャームポイントになって揺れている。耳は元のキツネの形を残していて立っていて大きいけれど、長毛らしく、耳と耳の間が曖昧なくらいふわふわしている。赤毛に近いオレンジ色で、ところどころが茶色い。どことなくぬいぐるみを思わせるような平面的な顔つきで、細い目と鋭い牙が見える顔をこちらに向けて、なんかキメ顔っぽく正面を向いていた。しっぽがピンと立っているので、やっぱりキメ顔だと思う。

プキュルガは、きり、っとした目をこちらに向けてくれているのだが、ニルクスよりもさらにずんぐりむっくりどっしりした体つきに、小さくて細い手足がピョコ、っと出ている。可愛いけれど、爪はしっかりとしている。うさぎとネズミの間のような感じで、上から見る尻尾は短くてペタと張り付いたような形状だ。耳はコアラ? みたいな形で、顔からヒゲがたくさん生えている。短毛気味で艶やかな青鼠色の毛並みだ。ジャーン、と伸ばしたちっちゃいおてての指がパーの形で固定されていて、とても可愛いが、多分いけてる俺、やろ? とニルクスと同じくカッコつけている気がする。たぶんとてもかっこいいつもりだ。

二匹とも、召喚時よりも姿は違うが、見事に面影を残してぬいぐるみに再現したような、不思議な形状でそこにいた。


「思ったよりも、元気そうで何より、です」


「ニニ」

「ぷ、きゅ!」


涙の跡もそのままの私に向かって、ふふふ、と人間が笑うように、ヒクヒクヒクと鼻を動かした二匹だった。


私の魔力はどうやら、普通にまだあるらしい。

二匹が存在できて、少し無理をすれば魔法が使えるくらいには、まだこの体に残っているらしい。これは一応厳しい訓練や、諸事情に耐えた結果かもしれない。そう思えば、この場所を去るための慰謝料としてはまずまずなのではないかと思えた。


魔力を持つ子どもは珍しいけれども、その上で魔力に富んだ子どもというのはさらに珍しいけれども、教育を受けられるとは限らない。

魔力が暴走して、その匂いを嗅ぎつけた魔獣の餌になってしまう者だっているし、発露しないまま魔力の循環が止まり、そのまま魔力がなくなってしまう子どももいる。

幼少期にどれだけ魔力の循環器官を成長させ、魔力を増幅させるか、そして魔法を学ぶかが、その人の能力を決めるのだ。こちらの世界では成人までに器が完成すると言われている。

だからと言って、むやみやたらと独学で自分の能力を磨こうとしても、魔力を循環させるための器官が壊れたり、大きくなったと思ったら魔力の成長が止まって成人後、魔法には長けているのに魔力不足の大人になったりする。

制御できない魔力を持った子どもなんて、商家にとっては邪魔なだけ、それに加えてお金ももらえるのだ。差し出すのは跡取りではない二人目の、しかも見目麗しい自分よりも可愛いかもしれない娘だった。そう私。


『あなたはいずれいなくなるのだから、その時のためにご実家にちゃんと奉仕しなければならない。この家で受けた教育や縁というものを、ちゃんと実家に還元してくればいい……もちろん、我が伯爵家の利益は損なわないというのが前提だよ』

『私たちが避暑地で過ごす間、存分に甘えて来なさい』

伯爵家の義両親はそう言って、私を追い出す。


『あら、また帰って来たの? ずいぶん伯爵家で可愛くなったわね、でも調子に乗ってはダメよ、私の時はお父さんがいたけれども、ねえお父さん』

『皆様に迷惑はかけていないか、ちゃんと可愛がられるようにしなさい』

実家の元両親はそう言って、私を端に追いやる。


毎年毎年、スペアにもなれない、のんびりしているけれど、納得しなければ動かない、そんな言葉を聞かされながら帰省した実家で過ごした。

実家で過ごすことを、私が要望している、と伯爵家の義両親は認識していて、不出来だから返されている、と実家の両親は認識していた。

両方ともお互いを思い合い、義両親は私を実家に押し付け、実家は私に苦言を呈した。

最終的に、私は義弟の負い目にならないよう、成人後に口封じと報酬の意味を持って、僻地に赴く予定だったのだ。役に立った、感謝する、ジョルツ様には二度と近づくな。

そういう意図が込められていたので、婚約者のザシテ様が私に愛情を持っていないことも、学園を含め見目のいい彼がどこかしこで女の人に囲まれていても、仕方ないことだと思っていた。でも婚約も解消されて、試合の様子では、王女様に逆らってざまあされる勘違い逆ハーヒロインもどきとして終わりを迎えていて、伯爵家としても私をこのままにしておくわけはないよなあ。


「でも、一応まだ利用価値はあるはずなんだけど……」


でも、もしかして、の違和感に私はプキュルガとニルクスを抱きしめた。


ぶぷすぷ、と二匹が埋もれて文句を言った。

ふわふわを、抱っこすると、安心するから仕方ない。


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