3.かたわらの籠
「まったく、ジョルツ様になんてことを」
ヘイリー様との対戦でぼろぼろになった私が目覚めたのは、伯爵家の自室だった。
目を覚ました私は、対従魔のバリアが施されていて、強い圧だけで倒れた、と呆れ気味にかかりつけ医のフェルゼンさんから説明を受けた。
「この程度で意識を失うなら、やはり最初から、この家にはふさわしくなかったのでしょう」
フェルゼンさんは、昔いたおじいちゃん先生のフラウさんと親戚関係でこの家の遠戚でもある。
フラウさんの時には気遣いが感じられた治療も、この人に変わってからただの定型の問診に変わった。
授業用の対従魔のバリアがあっても、あの光の鳥の放った閃光は物理攻撃を伴っていた。おそらく気を失い、壊滅的な打撃を受けた状況が確定した段階でヘイリー様側の誰かが治癒魔法を施したのだろう。あの場で試合を監修した人間が隠蔽したのだ。ベルガ先生は治癒魔法持ちだから、可能性としては彼だろう。私の状況は傷を見れば明らかだと思うけれど、観客を守っていた副担任も、試合を許可した学園長もヘイリー様の側の人間として見逃しのだろう。本来であれば、許されないことだけれど、私だから許されたのだ。
「回収はしておきました、とのことです」
メイドが思いついたように私の横に目をやった。汚いものを見るような目つきに、慌てて傍らにある机に置かれた籠に駆け寄る。ただの治癒魔法では、おそらく失われた血や、同じく失われただろう魔力や生命力が足りないからだろう。ふらふらとする私を、誰も支えることはない。もういいよ、とフェルゼンさんが言うと、這いずるようにベットを出る私を尻目に、使用人たちが彼とともに退出した。近づけば鼻につく焦げ付いた匂い。籠の中に、ふたつの塊があって、その上に布が被せられていた。中身はわからないーーどうなってるのか、わかりたくない。
あんなに大きい存在だった彼らが、私の魔力だけでは抱き上げられる程度の大きさしかない。もしかしたら、消し炭になってしまって、抱き上げるのも難しいかもしれない。わかりたくなくても、その可能性が頭の真ん中に浮かんで、理解してしまって、吐き気が込み上げた。しゃがみ込んで動けないまま、私は籠を抱き上げて、抱きしめて、ごめんなさい、とつぶやいた。
「ごめんなさい」
言った途端に、涙が溢れ出た。ぼとぼとと、滴り落ちる。意味のない涙。誰の感情も動かさない、私の感情が発露しただけの、無駄な涙。
「私が、呼び出されなければ」
思い出すのは、最初の召喚。理由もわからずありったけの魔力を注ぎ込んで、お願いして、祈って、想いをのせた魔力に、二匹があらわれた。大きなその影におののいて、怖くてその息が顔にかかった時、大きすぎる力に、私に従属はせず、そのまま殺されるかもしれないと思った。
でも、そうはならず、言葉が通じない二匹は私の言葉にうなづくように従魔になってくれた。それから、たくさんの技を練習して、ダンジョンや辺境の森に住む害のある魔獣を連携して倒していった。
ご飯も、寝るところも、選り好みが激しくて、時には言うことを聞かない、尻尾を引っ張ると震え上がるくらい怒られて、その咆哮で野営していた森が揺れるくらいだった。
でも、私はそれが嬉しくて、――とても支えになったんだよ。
声は声にならなくて震えて嗚咽になった。
ありがとう、ごめんね。
何回言ったって、もう魔力のほぼない私の言葉は聞こえないだろう。
従魔は他の世界にいる精神体の召喚と契約だ。
この子たちは、あまりにも強かったから、一部を召喚する形でこの世界に居てもらっていた。完全な召喚をするには、この子たちの力は強すぎたのだ。今となっては、それで良かったのかもしれない。
あの子たちが、どうか、元の世界で幸せになりますように。
そう祈るように額を被せられた布につける。伝う涙が、布を濡らして模様をつくった。
その瞬間、パチ、と眼の前の小さな光が弾けた。
目を見開くと、そこに記憶の渦が光と闇の濁流になって。
そこから私は思い出した。
この状況は仕方ない。
私は逆ハーヒロインもどきだったのだ。
だからって、この子たちを奪われたのは、納得はできないけれど。