2.折れて壊れる
「貴方が、その実力が偽物だってこと、思い知らせる!」
そのご自慢に伸びた鼻とまつ毛折ってやるわ!!!
およそ貴族とは思えない啖呵をきった王女ヘイリー様は、模擬闘技場で、召喚の呪文を唱えた。目を覆うような光と、古代文字が浮かび上がると、そこには白い炎におおおわれた鳥型の幻獣が現れた。
王家に連なる際に、試練の儀式で呼び出されたそれは神獣近いと言われた幻獣、光の鳥アピルクス。
その召喚をもって、ヘイリー様は王弟の忘れ形見であり、疑問視される状況を跳ね飛ばし、王家に養女として迎え入れられることが決まったのだ。
「――まとめて相手をしてあげる! さっさとあんたの魔獣を出しなさい!!」
怒号が響き、周囲をヘイリー様の陣営で埋め尽くされた私は、二人の名前を呼んだ。
「プキュルガ、二ルクス、出てきて」
模擬闘技場なので、魔法陣が備え付けられていて、魔力を通しさえすればすぐに召喚できるようになっている。
簡素な呼びかけに、地鳴りのような咆哮が2匹分、響き渡った。
「ガウウウウウウゥゥゥ」
「ジャアアアアアア――」
一匹は獅子のかたちをとり、もう一匹は狐のかたちをとる。それぞれの毛並みが動く事に粒子をともない、ぴり、と時々電流が走るように力が噴出しているのを見れば、それがただの獣ではなく召喚した魔獣であることがわかるだろう。
「おねがい、力を貸して」
いつもは模擬授業や、将来暮らす予定だった魔の森の魔獣を狩ることでしか呼び出さない二匹。その迫力を前に、王女が呼び出した「関係者」のクラスメートが息を飲んだ。しかしヘイリー様と共にいる私の婚約者、王子、義弟、幼馴染は特に動揺した様子はない。
それよりも、どこか冷めた様子で私を一瞥し、王女に熱のある視線を移した。
通常であれば、その実力を遺憾なく発揮する二匹はけれども、圧倒的な魔力を誇る幻獣が放つ技を前に、苦戦していた。
そもそも二匹は森やダンジョンに住む魔物を狩るために契約をしているし、ヘイリー様が射程圏内に入ってしまうのでうまく攻撃ができない。
もちろん光の鳥アピルクスは空中からの攻撃を主としているので、空を飛ぶことができない二匹には不利ではある。
それでも、アピルクスは、大地を揺らし、攻撃を飛ばした後や、ヘイリー様から魔力を供給する際に、地面に近づく。二匹は連携をとり、攻撃を避けながら近づき、遠のき、その牙や爪を使い、攻撃を繰り出していた。
そんなに長く、この試合は保たないはずだ。アピルクスは幻獣である分、召喚や術を支持に伴って魔力がより多く必要になる。
ヘイリー様は天才だし、魔力も多いけれど、アピルクスの繰り出す術の度に、顔を顰め、汗が噴き出る様子が増えていた。
制御の効かない攻撃を繰り返し、時々は二匹に当たる。
それでも致命傷にはならない。経験が違う。
軌道が読めるようになったのだろう、徐々に二匹が消費する魔力が落ち着いていく。
これはダンジョンなどで新しい魔物に出会い、徐々に追い詰めていく状況と同じだった。
負ければ、伯爵家にとっても恥。でも、勝っても伯爵家にとっては痛手。
できれば負けに見せかけた時間切れを狙いたかった。その思いに、二匹も渋々ながら同意してくれた。
「プキュルガ、今よ、右ーーーーーーっ?!」
連携の技を指示しようとした最中に、唐突に私の体から、魔力が抜けた。
がく、と魔力がもっていかれる。二匹もその様子に攻撃をやめ、私のそばに退避してくる。
じわ、じわ、視界が滲む。魔力が体からほぼ枯渇したような時の感覚だった。
ビカ、とアピルクスが光る。
「やっぱりね! たたみかけてアピルクス!!」
もしかして。
私は遠く観客席を見やった。視線の先の、義弟は、笑っていた。
やっぱりな、とその口が動き、その手に握られた腕輪を高々と掲げた。
「僕の魔力は、今、この腕輪によって制御されている!」
そう叫ばれて、この倦怠感の意味を把握した。同時に、小さくなっていく私の従魔二匹が、王女様の従魔の光の鳥が放った羽毛の刃に弾き飛ばされる。がん、と重い音とともに、二匹の悲鳴が聞こえた。ボールが転がるように、地面に当たりながら転がる二匹を追いかけて抱きしめた。私より二倍ほど大きなその体は、魔力の減少に伴い、今や大型犬位のサイズになってしまった。いつもであればすぐ塞ぐはずの傷が、魔力を伴った血を滴らせている。召喚獣であるからには、その血はすぐに光とともに消え、周囲に溶けていく。通常であれば癒やし、補充すべき魔力を私は――私は今、持たない。
その力の殆どは、確かに義弟のものだから。
「負けました!」
そうであれば、私にできることはなかった。私は負けを認めて、この子たちの召喚を取りやめて元の世界に還さなければならない。召喚と同じく呪文を呟く時間が必要だし、その呪文を担保する魔力を、義弟にお願いして確保しなければならない。
「おねがいです、負けました、おねがい」
「これがジョルツから、この女が魔力を奪っていた証明よ!
ジョルツは長年、その膨大な魔力を養女のこの女に奪われて、いたの! なんてっ、最低なことを!」
それでこの学園での地位も得たくせに!
大きな声に遮られて。でもその目には涙が浮かんでいる。ヘイリー様は義弟の状況を、その状況を作り出したと私に怒りを向けている。
そして怒りに呼応するように、光の鳥の攻撃は止まない。――むしろ強くなり、それは模擬闘技場の地面を削り、振動で削れた石が私の体に当たる。守られるはずのバリアも、魔力で薄まっているのか、私の至る所に固い石が当たって、痛みがそのたびに走った。後で治療してもらえるかもしれないけれど、頭に傷を負うと後々説明も治療もややこしい。私は顔をかばいながら、私の従魔二匹の前に立つ。一つ、またひとつと光を伴った羽の矢が降り注ぐと、二匹を襲って、それは私がかばえるものではなくて、それぞれがその傷だらけの体を奮い立たせると、傷つきながらも攻撃をいなした。じわ、と傷が大きくなり、体が小さくなっていく。傷を受けるごとに、ギャン、と獣の鳴き声が聞こえた。
「負けました、攻撃をやめてっ!試合を終えてください」
伝えているつもりだけれど、王女様の攻撃は止まらない。審判員として立っているベルガ先生も私の声で試合を終える様子はない。こちらには目を向けず、ただ時が経つのを待っているようだ。声が枯れて聞こえていないのか。――いや、きっと私を完膚なきまでに潰すことで、ヘイリー様の市井出身の負い目を払拭して、――私を貶めて、反対にヘイリー様を盛り立てて、それですべてを丸く収めるつもりなのだろう。再戦を防ぐためにも、私の従魔を潰してしまおうとしているのだ。異界の魔物は、この世界に呼び出しているだけだけれど、この世界にいるうちにその存在を消滅させてしまうと、召喚した人間は二度と呼び出せない。存在によっては、この世界の死が、元の世界の死にもなり得る。
(いやだ、この子は、この子たちはそんなために呼んだんじゃないっ)
そんなことは、させない!
この子たちは、私の呼びかけに現れてくれた。それぞれ事情があるだろうに、召喚に応じてくれた。名前も教えてくれた。義弟の力がなくなっている現状でも、なんとかその身を保って、私を守ってくれたのだ。
授業中、従魔が消えれば「事故」として処分されてしまう。
でも、私が怪我をすれば、なのとか、その事故を防いで、……万が一にでも、「事件」になるかもしれない。負い目のある「事故」に落とし込めるかもしれない。
「あの力は、本当にジョルツ様の力だったのか……」
「分家から養子になって、苦労してるふうだったのに」
「いたるところに空回りの明るい声かけて、みんな引いてたじゃん」
ふふ、と誰かが笑った。
私が知っている人が笑った。
「あ……」
こわい、と似た絶望が背中に突き刺さる。
(この試合が終わったら、どうなるとおもう?)
もう一人の私が、ぼろぼろになった過去の私の姿をとって、問いかけた。
動けなくなる。でも、動かなきゃいけない、と歯を食いしばった。
この中で誰が、気にかけてくれた?
助けてくれた?
守って、くれた?
私が声をかけ続けた、義弟や、婚約者、兄や幼馴染、王子?
違う。
私は一歩前に出た。その動きに、ヘイリー様が舌打ちをして私を睨みつけた。その顔は魔力を消費して、さらに絞り出そうとしているのだろう、苦痛と怒りと、正義感に染まっている。
そして、その手が私を――そしてその先にある、二匹を指し示す。
「アピルクス、とどめを刺して!二度と召喚できないように!!」
「させない!」
そんなことしなくても、負けを認めさせて、二匹を還せばいい。二度と二匹を召喚しないように誓約を交わせばいい。なのにこんな見せしめは認められない。――私が、――私のしたことが、この人たちにとって、許されないことだったとしても、そんなの許せない。
痛みで朦朧としながら、二匹を抱きしめる。それで攻撃は、私を保護するバリアで守られる――はず、だった。
でも、王女様の従魔の光の鳥が放った光を受けたのは、従魔の二匹だった。
「――!!!」
二人を呼んだ声は閃光に塗りつぶされ、私は意識を失った。刺すような痛み、その合間に、ふわりと、ふたつの塊が覆いかぶさった。