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1.まぎれ飛ぶ鳥

今日もいつもと同じ。人はさざなみのよう、私はまぎれて飛ぶ鳥のよう。

私は二つ結びのリボンの片方をそっとさわった。青い髪に、赤いヘアバンド、肩より少し長い髪をツインテールにして同じ素材の赤いリボンでアクセントにしている。制服が可愛いのと、幸い自分の容姿もそこそこなので、こういう髪型が成り立っている。ワンピースタイプの制服にも合っているので、ひとまずこのままでいいと思っている。

少し幼なげな輪郭と、十六歳にしては平均よりも小さい体。同世代よりは少し下の年齢にみられるのは、仕方がないと諦めている。体もひょろひょろしていて、体調が少しでも悪いと、自分でも支えられない。キュルン、としたまつ毛に縁取られる瞳は、昔実家で見たアメジストの原石みたいで気に入っている。体調が悪くても、顔には出ないのが安心材料だ。

ひとり、教室までの廊下を歩く。学園は主に平民が通う一般科と、貴族が通う教養科、そして魔力を極めるための魔法科に分かれている。私は魔法科の生徒だ。まばらになっていく人をすり抜けて、少し早足で教室に向かった。


「おはようございます!」


軽快に挨拶してみたものの、その先にいた集団からは少し顔をしかめられて終わってしまった。担任の先生もいたのだけれど。

いつものことだ。へへへ、と笑って廊下を通り過ぎる。

私はベリナリア・アクツ。伯爵家に能力を買われて養子入りして十年になる一応の貴族子女で、この王立学園高等学部の魔法科の一人である。

魔法科にはこの国の王子であるジャスティ様、私の義弟で四歳年下だけれど飛び級で学級入りしたジョルツ様などこの国の未来を担うような錚々たる顔ぶれが揃っている。市井から見出された王女ヘイリー様が、最近この学級に加わった。

私はというと、魔力が多いだけでこの学級に入ることを許された身だ。みんなよりは全然勉強も実技もできない。唯一は召喚術で従魔を二匹呼び出せること。でも元々の空回りな性格と言葉のせいで、同級生の友達は少なめ。男爵家で商家の実家から伯爵家に養子として加わっているので、へんてこりんな私の経歴で家の人たちとの距離も遠い。そもそも体調が悪い伯爵家のご子息様の看病がてらの遊び相手として引き入れられ、その代わりに適性のある魔力を伸ばし、高等教育を受けられるという交換条件でやってきたので、私の立場は常に誰かの機嫌次第でぐらついている。あ、あと私の学力。へへへ。

義弟となったジョルツ様は、今も体調を崩しがちだけれども、年々その頻度は減ってきている。だから、私がこの学園を卒業して、婚約者と辺境に行く頃には万全になると思われる。かかりつけ医の太鼓判も押されている。

昔はしょっちゅう熱を出して、その度にお側にいて手を握って励ましたものだ。最近は肩がふれるだけで飛び退くような状態なので、距離感にとても苦労している。「おねいしゃま」と言葉足らずに雛のようについて来ていたのが、昔みたいね、と笑って牽制するけれど、それも今年私の学年まで飛び級するような天才には通じなくなっているのが、時の経つのを感じさせる。




だから、それはいつものことだった。

ざわざわと、周囲が王女ヘイリー様に向かって華やいでいく。


「あの、ザシテ様」


その中心の傍らにある私の婚約者を、精一杯の明るさで呼び止めた。暗い髪色、深い緑の目。整っているけれど無表情なその顔がこちらを向く、騎士の家系に生まれて、長身の彼が少し動くだけで、周囲は注目する。

周囲の空気が冷え込むように、おしゃべりが止んだ。

いつものことだ。

だから言葉を続ける。にこやかに、小首を傾げてなんともないように。


「夏休みに、辺境に行くお話なのですけれども、予定のお話、進んでなくて」ごめんなさい。


へへへ、と頬を掻く。困り眉で曖昧な笑みをこぼしてしまうのは、私の良くない癖だ。でも緩衝材なのだから仕方ない。


「その話は、断る」

「えっ」


短い言葉に、ぎょ、と目を見開いた。

休日を見つけては将来移住する予定の辺境に赴き、森やダンジョンに溢れる魔物の討伐を手伝う。将来の予行演習にもなるそれを断るなんて、私にはできない。断るとしても、ザシテ様側から連絡を入れてもらわなければならない。それに、私は緑が溢れて、ご飯が美味しい将来の移住先を気に入っていた。


「そんなっ、あの、何の説明もなく、先方の領主様も困ると、思います。

あ、私だけでも」

「その必要はない」


ザシテ様が私の提案を遮り、王女ヘイリー様がそーよそーよと同意した。


「黙って聞いてたら、私の護衛もあるのに、そんな遠方へザシテを連れて行けるわけないじゃない」

「そうだよ、ベリナリアはザシテと生涯を共にするのだから、そういうこちらの状況をわきまえない、突飛な行動は弁えてほしいな。

 ーーいい加減」


そうやって、耐えきれない、とばかりに王子ジャスティ様が話に加わった。

襟足の長い髪をさらりと靡かせた金髪碧眼の、絵に描いたような王子様。

クリーム色のやわらか髪をポニーテールにした、深い青の瞳の王女様。

それぞれ少しずつ色は違うけれど、さすが王家。養子は似ていて、兄弟といっても差し支えない。ーー本当は従兄弟同士なのだけれど、市井にいたヘイリー様を、王様が引き取り、ジャスティ様の妹としてヘイリー様の身分は保証されている。それもここ半年のことだったので、周囲の人間が慌てて整えられ、その中に私の婚約者であるザシテ様も加わったのだ。


「でも……」


納得できない私は、ザシテ様に恨みがましい目を向けてしまう。すぐにその感情を押し込めるために、目を伏せた。こんなことを言っても仕方ない。ヘイリー様の学園内の護衛に就くようになってから、いやそれ以前から予定が急に変更になるのは当たり前だったのだ。それを二人きりの場所ではなく、大勢の場所で晒されているだけ。

一瞬の不快感の吐露。だけれど義弟のジョルツ様は気がついたようだ。周囲に聞こえるような深いため息をついて、ヘイリー様の前に立つ。


「ーーベリナリア、姉さん。いい加減、ヘイリー様の話を遮っている自覚を持ってほしい」


そう言われては、返しようがない。

わかりました、とその場を離れようとした時だった。


「この際だから言っておく。最近の君の態度は、俺の常識の範囲を超えている。

 このまま続くようなら、婚約の解消も含めて話し合うよう、俺の父親を通して君の家に伝えてある」

「ーーえ?」


つまり婚約の解消に向けて、動き始めていると言うことだろう。

ザシテ様側からそのような苦言を呈されれば、養女の私なんて吹いて消える蝋燭の灯火。


「じゃあ、辺境には……」

「姉さん!」


苛立ったジョルツ様の声が、圧を持って私に届く。いけない、怒っている。

でも、とその手に触れると、弾くように除かれた。


「ジョルツ?」


名前を呼ぶと、顔を顰める。不快感が滲み出したような表情。

ヘイリー様が来るまでは、そんなに、不快感をあらわにする性格ではなかった。私にそれをぶつけることもなかった。

不器用ながらも、お互いの距離をわきまえたような関係性だったと思うのに……。


「ごめんなさい。……私の従魔たちなら、辺境の方が、みんなの、役に立てると思って……」


そう言うと、ジョルツ様が下を向き、王女様が私と義弟の間に割って入った。


「貴方のそう言う、他の人のせいにして、自分の望む方に持っていくやり方」


強く睨まれる。顔も近くて、不敬にならないように私は一歩後ろに下がった。

クリーム色のポニーテールがざ、と目の前で揺れた。


「ふざけたところ、大っ嫌いよ!」


近くで叫ばれて、反射的に耳を塞ぐ。これも確かに不敬なのだけれど、中心の王女様がそうやって私に不快感をぶつけてくるので、私の周囲も含めて私に不快感を隠さなくなった。

元々、義弟が体調を崩しがちだと言うので、その補佐のために養子入りした分家筋の人間だ。本家の後継がそのような態度であれば、周囲も当たり前にならう。


「ほんと、ほんと嫌い」

「昔からそういうトコロ変わってないんだよ、ほっとけほっとけ」


王女様には宥めるように、私には突き放すように首を振って軽口を叩いたのは、タリスだった。中肉中背、目立つところはないと言いながら、柔和とも品定めとも取れる笑みを浮かべている。いろんな空間に馴染むような黒髪黒眼で、だけれど派手目な宝飾品をつけている。商売道具なので、高級なものだとわかるし、それが嫌味ではない不思議な空気感を纏っている。

商家の跡取り息子のタリスは、私の元の家での幼馴染。タリスの家はアクセサリーを中心とした庶民向けの流行り物の販売を行なっていて、私の元の家は宝石を各地から集めてくる卸売のようなことをしている。といっても、タリスからしてみれば取引先の一つ。私の兄とタリスは跡取り息子同士で仲が良かったけれど、私は顔を見せれば虫を渡されるような関係だった。時々実家に顔を見せるたびに大人びて、イタズラはしなくなって……友人関係になれたかな、と思ったけれど、学園に入ってから以前に戻った、と言うより以前より簡素な対応で、それでいて慇懃無礼な物言いをされるようになってしまった。

元々顔は可愛いけど、のんびりしてるのに頑固だね、なんて言われながら、元の家の隅にいた私。そんな私が伯爵家に養子入りしたのだ。前のように気安い対応をしてくれる人は、元の家族を含めほぼいなくなった。だからタリスの言葉やそぶりは、その代表例みたいなものだ。


「タリス」

「あ、はーい、お前の元の幼馴染のタリスでーす。

今はヘイリーとマジ友です〜」

「は? あんたは私のライバルですけど?」

「何言ってんの、王女様のライバルとか無理無理無理!」


ははは、と口をゆるめて破顔する。場を茶化すような調子に、私を助ける意図はない。時折向ける視線は、踏み潰されるのを鑑賞しているだけだ。

王女ヘイリー様は、市井から見出された。王弟様と女騎士様の悲恋の末だと聞く。もう二人ともお亡くなりになっているので、詳細はわからない。ヘイリー様も知らないらしい。住んでいた街は同じだったので、私とも、もしかしたら、どこかですれ違ったこともあるかもしれない。兄と幼馴染は王女様と知り合いだったらしいし。ーー私の記憶にはない、少し遠い区画にいたようだ。兄と幼馴染はガキ大将よろしく、他の区画の子と競争をしていたようなので、その時のお友達だったのだろう。そもそも六歳で引き取られて右往左往しているので、よっぽど印象深くなければ記憶には残らない。


「とにかく、あんたは私のライバルなの」

「はいはーい」

「……」


はあ、とまた私に目を向けたヘイリー様は「この際だからあんたの鼻をへし折るわ」とこともなげに言った。

タリスとじゃれていた言葉に続いて言われたので、どう言う意味かわからなかった。


「ザシテもようやく心を決めてくれた。ジョルツも納得してくれた。

ーーだからもう、あんたに遠慮する必要ないの、私」

「残念だよ、ベリナリアとヘイリー、よき友人になれると思っていたのに」

ヘイリー様の覚悟? に同意する言葉を王子ジャスティ様が重ねる。


「え、あの?」

「あんたのご自慢の従魔と、私の従魔のアピルクス、対決してどっちが上か、はっきりさせましょ」

「どちらかも何も、ヘイリー様が上です」

「『ヘイリー様が、上ですぅ』?

 ほんと、感情こもってないセリフって、あんたの軽い声と合わせてどっか飛んでいきそう」


わざとバカっぽい、軽い声で語尾を伸ばされる。

周囲がくすくす笑う。

私って、そんなに変な声なのかな。


「あんたのそのハリボテを、叩き壊して、性根も叩き直す」


ダン、と足を一歩踏み出して、私に顔を近づけて睨みつける。

怖い、と思ったけれど、避ければまた揶揄されて真似されてしまう。


「ただの模擬試合です。ベリナリアさんの従魔とヘイリーさんの従魔、どちらも高度な次元のものだ」


会話に割って入ったのは、魔法科の担任のベルガ先生だった。


「学園長の許可も出ている。みんなの勉強にもなる、それこそ君が望むことなんじゃないかな?」


言うことを聞かないわがまま娘を宥めるように言われて、この試合が断れないのだと悟った。




王女ヘイリー様。

初めは友達になれるかもしれないと思った。

婚約者のザシテ様が将来の近衛騎士候補としてヘイリー様に付き従うようになったし、王子ジャスティ様も最初はそのつもりでお茶会を設定して招待してくれたこともあった。ただ、私の気後れする様子や、何気ない言葉が癪にさわったらしい。私が友達になろうとすればするほど、媚びたような態度が気に入らない、と突き放された。ヘイリー様やヘイリー様と仲のいい人のそばにいると、目に見えて機嫌が悪くなった。

本来、私はザシテ様とザシテ様のの縁戚である辺境の街に移住する予定だった。その予定を崩して王女様の護衛になるのかは、私からは宙ぶらりんの状態に見えた。確かに学園内であればザシテ様が適任者ではあるけれど、王宮には別の騎士がついている。無理に私と仲良くしなくても、他にヘイリー様にかしずく人は沢山いるし、ザシテ様がいてもいなくても私が都市部から離れる予定に変化はない。

深く関わる方がヘイリー様を不快にさせてしまうと思い、私はなるべく関わらないことにした。

同じ学級なので難しいけど、そもそも授業以外に接触がないーーこれまでは、そうだった。

ただでさえ、勉強は難しいし、召喚した従魔の訓練もある。

私に対する特記事項なんて、従魔を二匹も召喚してしまい、その事が割と話題になってしまったくらい。

従魔とは、他の世界からこの世界で使役する獣を召喚したものの事を言う。程度によって、ただの猫のような日常によくいる獣の場合や、ヘイリー様のように王家に伝わる幻獣のような、獣よりも階級の高い魔力を持つ存在を召喚できることもある。現実の獣を基準として、階級が高いほど、その魔物にも魔力が宿り、絵本の中にしか存在しないような姿をとると言う。魔法もこの世界の人全員が使えるわけじゃないけれど、召喚術を使える人はさらに少ない。義弟のジョルツ様は使えない。魔法に長けていて、たくさんの魔力を持っていても、できることとできないことがあるのだ。

私はその中で、魔獣に類するような少しランクの高い従魔を得た。しかも通常であれば一匹だったところ、力の加減を間違えたのか、偶然二匹も召喚してしまった。自分の魔力を使って呼び出し、そこに存在してもらうのだ。力や願いに見合わなければ、当然契約は成り立たないし、その場で殺されてもおかしくはない。本当に偶然と幸運が重なってできた強い味方だ。

私は魔力はあるけれど、おそらく今後は思うように力を使えない可能性が高い。ーー養子先からは家を出るように、とザシテ様を紹介されたのだし、それは納得している。だから今のうちに鍛錬を積み重ねておかなければいけない。


「どうかな、ベリナリアさん」

「ーーわかり、ました」

「結局先生が言ったらハイだって!」


まるで私が媚びているかのように、ヘイリー様の合いの手が入る。


「ヘイリー様、よろしくお願いします」

「もちろんよ」


声をかけると同時、にやりと笑いかけられた。優しいね、と周囲の誰かが声をかける。それに比べて、と口外に目を向けられる。いい意味で、にしなければ、養子先の伯爵家に面目が立たない。ただでさえ魔力の強い家柄なので、分家筋とはいえ能力を買われてきた私は肩身が狭いのだ。


義弟のジョルツ様に視線を向ける。目をすがめてこちらを見るけれど、近寄ってくる様子はない。左手にある腕輪に手が添えられるのを見て、養子先にとって大丈夫ならまあいいかと肩を落とした。


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