七話 砂糖醤油のシンプルなおせんべい
ゾーイのお爺さんのことを思い出すと、いつもとても悲しくなる。
まともに型押しもできない。それになにより、落雁そのものの味もいまひとつだっていうのに、木枠に毒をしこむなんて器用なこと、あたしにできるわけがない。
そう言ってくれたのは、その頃のゾーイで。
だからこそ、ゾーイには頭が上がらない。お姉ちゃんを除いて唯一あたしを信じてくれた人だから。
「茶でも淹れるか? 水はまだあるか?」
「あ!? いっけない。あたし、役所にお水もらいに行くのわすれちゃってた。というよりも、お菓子づくりに没頭しすぎてた」
ギュルディーノ魔王様のお達しにより、各家庭の水道はもちろん、お風呂用の水や、井戸水すら使用禁止されること三年。
人づてに聞いたところによると、人体に悪影響をおよぼす危険があるかもしれないとのことで。
水道は早い段階で国が清潔に使えるように工面してくれたけれど、うちはほとんと井戸水に頼っていたから、毎回役所まで水をもらいに行くのは億劫でしょうがない。
毎回とは言っても、週三回役所からは各家庭に水がくばられているものの、あたしはつい使いすぎてしまう。
だから今回も、ついうっかりもらいに行くのをわすれていた、っていうわけ。
その話をすると、ディール様はすぐに機嫌を損ねてしまう。しかもまだ、水問題は解決していない。
そんなの、魔法使いさんに頼んで浄化してもらえばいいのに、おかしな話。
魔法で浄化できないほどの強い毒性があるってなると、やっぱり、あたしがお爺さんから譲り受けた木枠を洗ったから、関係があるかもしれなくて。
「ほら、そんな暗い顔すんなよ?」
ぽふっと、頭に優しい温度がしみ込んでゆく。
ゾーイは優しい。それと知りながら、あたしを責めない。
もしそのことを、もっと早く知っていたら、ゾーイのお爺さんは死なずにすんだかもしれないのに。
「ん。母ちゃんからのみやげ」
ゾーイから手渡されたのは、香ばしい薫りを放つ茶色の紙袋。
「わぁ!? おばさん、またおせんべいを作ってくれたの!? 今日はどんな?」
「シンプルに砂糖醤油で焼いただけ。ノゾミこれ好きだろ?」
「うん!! ……ありがとう、ゾーイ」
ごめんねってつづけようとしたあたしの口に、おせんべいを一枚くわえさせられた。
「いちいちあやまんなよ。爺ちゃんのことは、気にすんなっていつも言ってるだろ? あんたのことをわるく言うやつがいたら、オレが蹴飛ばしてやるから。な? 元気出せ。そんでいっしょに城ではたらこうじゃんか」
「うん」
その頃、まだ18才だったあたしにとって、世間の目はとても冷たすぎた。
いくらゾーイに許されていても、ゾーイのご家族にはいまだに足を向けて寝られない。
だからこそ、気にしなくちゃいけないんだ。
もう失敗は許されない。
お城でおなじ失敗をしたら、あたしはもう、どこへも行くことができないのだから。
つづく