四話 落雁の木枠
殿方の前では炭酸飲料を飲まない方がいい。
そのことを身を持って知ったあたしは、自分の口を両手でおさえた。
「なんだかノゾミが色気づいてきやがったな? なんなんだよ? その恥じらいは」
「あ、あたしだって、恥ずかしいもんっ。色気づいてなんかないよっ!!」
ついにぶはっと笑い出すディール様。お腹を抱えて、目に涙さえ浮かべるなんて。
この方、もしかしたら笑い上戸かもしれない。
「わ、わるい。つい二人のやりとりがおもしろかったもので。その、昔のギュル兄様を思い出したんだ」
へぇ? かなりの悪政だった前王からくらべると、今度の魔王様についての情報は驚くほど少ない。
なんでなんだろう?
「とにかく、だ。今日のところはこちらの菓子を持ち帰ることにするが、城で必要な道具なり材料なりがあるならば、遠慮なく言ってくれ」
あたしに、お菓子がかりとして城内ではたらくことになったことを手短にゾーイに説明すると、お供に荷物を持たせて後ろを向いた。
それからあっさりとまた、ふり返ってほほ笑むと、城で待ってるからな、と言って手をふって去って行った。
……やだ。
なに?
この胸の動悸息切れめまいはっ。
だって、ディール様ってば、あんまりにも爽やかすぎるからっ。
爽やかで笑い上戸でカッコよくて、おまけに目じりに涙を浮かべたままほほ笑まれるから。
ほら、ときめいちゃったじゃんっ。
「どうした? ノゾミ。恋わずらいか? なんなら相談に乗るぞ?」
「ちがうのっ」
頭の中でいくつもの言葉を探す。
「ゾーイを好きになった時とはちがうの。だからきっと、これは恋なんかじゃないもんっ」
強がりやがって、なんてからかわれたけど、だって、全然ちがうんだもんっ。
「恋ってのはな。全部ちがっててあたり前なんだよ。ノゾミはそういうところ、ガンコだからなぁ。で? どうする? オレ支度手伝うけど、菓子作りを優先する? それとも恋を優先する? なんならお針子を優先させてみるか? ま、どれにしたって、手伝ってやるけどな」
ゾーイはずるい。
簡単にそんなこと言うけど、この気持ちが恋かどうかもわからないのに、手伝うとかってないでしょ!?
男の人って、これだからデリカシーがないのよね。
だけど……。
あの瞬間。
もし、ディール様が振り向いた時に風が吹かなかったら?
もし、笑い上戸じゃなかったとしたら?
もし、ゾーイがあらわれなかったら?
あたし、こんな気持ちになっていたかなぁ?
「ねぇ、ゾーイ」
落雁の木枠は繊細な作り込みがされていて、それを指でなぞりながら、この気持ちに決着をつけたくなってきた。
「恋って、どんな気持ちになるのかな?」
「……初恋の男にそれを聞くなよ。いいんじゃねぇの? 自分の気持ちに正直であれば」
あと、犯罪をおかさなければな、と言って、豪快に笑う。
あたし、ゾーイのどこが好きだったんだっけ?
なんで思い出せないんだろう?
つづく