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5話 沁みる暖かさ

 村に入ってからの反応はまばらではあるものの一様に、ずぶ濡れの男を連れて来たリサへの驚きの反応だった。

 門番らしき男の人には一回足止めを食らったが、リサが事情を説明すると渋い顔をしながらなんとか通してくれる。


 村の内装は、遠目で見た時より結構ちゃんとしていた。石畳の道ではないものの、人の行き来する場所はちゃんと舗装された畦道になっていて。通り掛かり、果物を売ってるのか、見たことのない形状の実を置いてる出店まである。


 加えて、道すがらに見える人間の頭髪はかなり色とりどり。外国人らしい金髪や茶色に加えて。水色だとか、緑がかったものなど、染料で染めない限り生えなさそうなものまであった。


 この中を歩くと、異世界感がグッと増した気がする。自分があの民衆に紛れれば、特徴のなさから一気に埋没してしまいそうだ。


「(なんか僕。目立ってる………?)」


 しかし、見慣れない人間だってのは向こうも一緒なのか奇異の視線を向けてくる人は少なくなかった。道中、不審な目を受け止めつつ。若干、肩を小さくしながら着いて行く。

 

 コミュニケーション能力の乏しい宗谷にとって、観衆の目に晒されるのは処刑台に登るかのような心地だ。

 人生の中で幾度となく受けて来た視線だから、それに込められた感情はなんとなく分かる。少なくとも、歓迎はされていなかった。

 

 時折、ヒソヒソとこちらを見て会話する人まで居るぐらいだ。一瞬、自分が何かしてしまったか考えるも。己がずぶ濡れだったって思い出し、耳を赤くする。

 移動している間、多少乾いたとはいえそりゃあ悪目立ちもするか。


「……なーにもじもじしてるの!こっちだよ?」


 居心地悪く、俯いていると。ずんずんとリサが近寄って来て手を取られた。

 ついでに噂をしてる村人へむっと視線を送れば、何も言わずともその人達は蟻の子散らすようにすごすごと去っていく。表情は、どこか気まずそうに。


 そんな様子を、彼女は一つの嘆息で占めると。“ほら、行こ”と呟いて、宗谷の手を引っ張りながら歩き出した。


「あ。は、い」

 

 一連の流れを、ぼうっと見た。まだ若い村娘って感じなのに、一目で人を散らしちゃうなんて。もしかして結構凄い人なのだろうか。村長の娘とかだったり?



 いくつかの家々を見送ると、他のものとはそう変わらない。原始的な木の家の前でリサは立ち止まる。どうやら、ここが彼女の家らしい。


 横には柵があって、鶏……?を飼ってるようだった。けど鶏にしては頭からまだら模様の触角が生えたりしていて、それを引き摺りながら地面の草やら虫やらを食べている。

 体格はかなりゴツい。そして太腿に位置する部位がすんごい太い。アレがこの世界ではポピュラーな動物なんだろうか。ちょっと怖い。


「お母さんに説明してくるから。ソーヤは玄関で待ってて貰える?」

「も、勿論です。すいません、手間掛けさせちゃって」

「んーん。困ってるならお互い様よー!」


 そんな言葉を残し、リサは扉を開けて中に入って行った。ちゃんと閉じなかったみたいで、少しだけ内装が垣間見える。と言っても、リビングらしきところとテーブルしか見えないけど。


 取り敢えず、待てと言われたので玄関先の適当な場所。近くに木製の椅子があるから、それにちょこんと座った。通り掛かる人たちが、訝しい視線で見つめてくるのを、気まずく笑いながら会釈して見送って行く。


「…………はぁ」


 そうして、ふと空を見上げた。お昼時だった太陽も若干傾き出して、いくつか数えたら夕方って時間が訪れるそうな雰囲気。

 

 一息つくと嫌でも現実が追いついてくる。


 目前にある、見慣れない風景。コンクリート、電柱。アパートにマンション。マンホールだとか、犬にリードをつけて散歩するおじさんとか。そんなものが一切ない世界。


 急に放り出されて、帰る方法も碌に分からなくて。一文無しのヤバい状況。今日はリサさんのご厚意でなんとかなりそうだが、そんな幸運もいつまで続くか分からなかった。


「明日にでも湖に行った方がいいよね……」


 現状、出来ることと言えば。どうにかしてあそこから元の世界に帰ることだ。考える限り、中世の文化レベルにハイテク技術で楽に浸かり切った現代人が生活出来るわけが無い。家への帰宅は早急な目標。


 伯母さんも、心配させたくないし。


 もし出来なかったら……その時はその時。とにかく試さないことには始まらない。けれど、思い返す限り、常人が潜れる時間を超過しちゃってそうなぐらい水の中に居た気がする。なんだったら一回溺れ死んでたまである。

 こうやって5体満足、元気に息できてる辺りそうじゃないんだろうけど。


「あーー、もう。なんでこうなったんだろ……」

「グルルンッ!!」


 宗谷がそんな風に頭を掻いていると、横からエンジンみたいな音がした。“うわっ”と思わず言葉を漏らして、そっちを向けばあの鶏みたいな動物の1匹が、こっちを見て鳴いているみたいで。


 なんか、すっごく雄々しい鳴き声をしていた。トサカとか触角を震わせて、呼んでる?、のだろうか。


「えっと。どうしたんだい」


 悩みは一旦椅子に置いて、そっちに近寄ってみる。すると、その子もてちてちとこっちに寄って来た。本当に呼んでたみたい。


「……撫でてほしいの?」


 噛まれたりしないか。恐る恐る、柵越しに手を伸ばしてみると。特に嫌がらず撫でられる。手触りは高級羽毛布団みたいにふわふわで、大事に手入れされているってのが分かった。親指で毛を軽く梳いてみると、気持ち良さそうに目を細めてくれる。

 

 他の鶏は見知らぬ人影に早足で距離を取ったっていうのに、この子だけかなり人懐っこい子なのかもしれない。


「あはは。可愛い」


 宗谷の右手にうっとりと顔を沈める鶏へ、自然と笑みが溢れる。個体に依って体毛の色も微妙に違うみたいで、この子は羽根に緑色のグラデーションが掛かっていた。


「……まぁ。考えても仕方ないよね」


 一種の諦めの境地だけれど。ずっと考え込んで頭を悩ませるよりかは、一旦忘れた方がいい。今何にも出来ない以上、下手に考えたって心労を増やすだけだ。


「ソーヤー!ごめん、お待たせー!」


 動物を撫でたことで切り替えられた心地のまま、鶏を眺めていると。慌ただしく玄関から飛び出して来たリサが声を上げた。

 “あれ”と、キョロキョロ玄関前にいない宗谷を探す素振りが見えて。鶏柵からすごすごと玄関の方へと戻る。


「あはは、メッコ達撫でてたの?」

「か、勝手に撫でちゃってました。ごめんなさい」

「それぐらいで謝んなくていーよ! ……あと、お母さん。“長くは無理だけど、数日ぐらいなら大丈夫”だって」

「ほ、本当ですか!」


 助かった。これで星空を天井にしながら土をベッドにしないで良くなる。なんてお礼を言ったらいいか。


 自分の状態が、どこから来たかも分からない記憶喪失の一文無しって思うとそんな奴泊めてくれるリサさんの家族達の懐が深すぎて涙が出そうだ。


「ふふふー。存分に感謝するとよいぞ〜。ほら、入って入って!」


 深くお辞儀をしようと頭を下げたら、“そんなのいいから”って笑って背中を押される。思ってたけど、リサさんってかなり押しが強くないか。

 心構えが全く出来ないまま、強引に玄関先へと歩かされて。半開きのドアを一緒に潜って行く。靴置き場なんてものは無いみたいで、土足のまま他人様の家を踏み締めた。


「お邪魔っ、しま、す」

「はい、いらっしゃい」


 今生。住んでた家以外の場所など訪れたことのない宗谷は、面白いぐらい緊張してしまっていた。

 鶏柵の時のリラックスはどこへやら。リサに連れられてなければ、足と腕が一緒に出てしまうぐらい歩き方を披露しそうで。


 そんな宗谷を出迎えたのは、リサと同じ赤毛の女性。腰にまで届きそうな髪の長さだが、紐で束ねてポニーテールにしていた。顔の彫りが深く、顔立ちも年相応に大人びて。深く考えずとも、リサの母親だって察せられる。


「お母さんのダイアナだよ。それでこっちはソーヤ」


 リサさんが間に立って双方の紹介を。食事の支度をしていたのか、キッチンからは良い匂いが漂っている。

 ダイアナさんは作業を途中で止めて、こちらへシワの深い顔で笑い掛けてくれた。


「ほら、言った通りずぶ濡れでしょ? 泉のところに居たの」

「あらあら。本当に子供…… 山賊に襲われたんだって聞いたわ。大変だったわね」


 ひょっこり、宗谷の後ろから顔を出したリサが、その人と会話し出して。挟まれてしまった僕は、“あ、えっと”と上擦った声を吐いてばかり。


 大体の事情は説明してくれていたみたいで、“山賊に荷物を奪われてしまって、取り返そうとしたけど争いの中湖に転落。そのショックで記憶も無くなっちゃった”という風に認識されてるみたいだった。


「けれど、どうして1人で森を歩いてたのかしら?」

「あ、う。お、思い出せません……」

「うふふ。深くは聞かないから安心して」


 いや違う。記憶喪失どうこうは嘘だって気付かれてる。ただ、こっちの事情を慮って“そういうこと”にしてくれてるみたいだ。

 優しさが沁みて胸が痛い。どうしてこんな怪しい奴に優しく出来るんだろうか不思議だ。


「じゃ。お腹空いてるでしょう? ご飯にしちゃいましょ。もうすぐで用意出来るから」

「かたじけ……えと。ありま、せん?」

「あはは!ソーヤ畏まりすぎ〜!」


 なるべく丁寧に感謝を伝えようとするあまり口調が変になってしまった。一時の宿になってくれる相手への態度ってどんなのが正解だ!?、と心の中で叫びながら。変に思われず、ウケたことにホッと胸を撫で下ろす。


「君は体を拭いてこれに着替えちゃって。……そうだわ。リサ、庭からメッコ1匹出してきちゃいなさい。折角お客様が来たんだもの、少し豪華にしちゃうわ」

「はーい!」

「な、何から何まで……」


 麻製のシャツとズボンを手渡され、あれよあれよと物事は進んでいく。これもリサさんが話を通してくれたお陰だろう。至れり尽せりな状況、現実かどうか疑ってしまいそうだ。

 

 兎角、どこか邪魔にならない場所まで退避。奥に部屋が見えるからそこで着替えよう。


 入ってみるとそこは誰かの私室だったみたいで。ダブルベッドを見るに、多分夫婦の部屋なのかな。ジロジロ観察するのも失礼なので、着ていたものを一気に全部脱いでしまう。


「(ちょっと肌がチクチクするけど、ピッタリだ)」

 

 成長期に成長し切れなかった小柄な肉体にフィットする裾。線維の粗いところが肌を刺して少し痒いけど我慢。

 意外にも、ジャストサイズなシャツとズボンに目を瞬き。男物みたいだけど、僕と体格が似てる子でもいるのかな。


 それと、この湿ってる学生服をどうしようか。この世界観なら木の桶でゴシゴシ洗ってそうだけれど。


「あの、すいません。洗濯物ってどこで洗ったら……」

 

 服を小脇に抱えリビングに戻ると。ダァンッ!、と勢いよくまな板を打ち付ける刃物の音が出迎えてくる。“ひっ”、って思わず声が漏れるぐらいの強さ。何事かとキッチンを見やると。


 後ろ姿に隠されて。よく、見えないけれど。ピクピクと足を痙攣させている鶏……メッコが居て。ダイアナさんは中華料理で使うような肉切り包丁らしき刃物を握りしめながら、再度痙攣するメッコへと振り下ろした。


「あ」


 その一撃で、ピーンと足を張ると。とうとうその子は動かなくなる。


 つまり、あの音は。メッコの首とかかが。もしかしたら、あの、気持ち良さそうに目を細めてくれた子が……


「ああ、洗濯物はここの籠に入れてくれたら他のと一緒に洗うわ」

「あ、あ。はい!」

「? 大声出してどうしたの?」


 ううん。考えないようにしよう。頂きます、ご馳走様でしたの精神。こういう関連のお仕事してる人にはいつも感謝をしなくちゃ。


 言われた通り、近くの籠へと、服を投げ入れるようにしてから台所からは距離を取った。キッチンテーブルに置かれてる木のバケツへ、こう。赤黒い何かを入れたりするのなんか見てない。


「(は、羽根をむしる音がする)」


 ぶちぶちと何かを千切る音。流石、中世?の世界観。一般家庭で動物の解体をするなんて、ただの男子高校生には刺激が強過ぎてちょっとくらくらする。


「ふふ。ソーヤ、メッコのお肉だって。楽しみだねぇ」

「そう、だね」


 4人掛けのテーブル、その椅子一つを占領しながら。隣ではリサが楽しそうに、至近距離で行われる“料理”へ目を輝かせていた。宗谷は苦笑いを隠せず、そろーっと視線を外し、天井の隅を見続ける。そうし無いと、食欲がマイナスに行ってしまいそう。

 

「……ソーヤ君?」

「はいっ!?」

「うふふ。はい、お待ちどう様」


 修行僧のように心を無にする訓練をしていると。もうそんなに時間が過ぎたのか。肩を叩かれてびくりと反応する。

 

 目の前には、いつの間にか料理が並んでいた。茶色いパンとこんがり焼き上がった大振りのチキンレッグ。あとは豆をトマトで煮たスープ、みたいなものが人数分。

 昼食を食べそびれていた体は、ショッキング現場を目撃したことなどなんのその。これらの放つ匂いに簡単に反応し、現金なことにぐぅと腹は鳴った。

 

「では皆さん。背筋を伸ばしてください」

「はーい」

「……い」


 全員が席に着くと、ダイアナさんは顔に微笑みは残しながらもどことなく真面目な雰囲気に。リサさんもまったりはしつつも言われた通り背筋を伸ばし、目を閉じて。

 

 これは見よう見まねでもやったほうが良さそうな雰囲気。倣って姿勢を正し、目を閉じる。


「『我ら太陽の子。あなた様の恩寵により、日々生き存えることに感謝を。』」

「『感謝を』」

「感謝、を?」


 一家団欒の景色は、一気に荘厳な雰囲気へと変わる。祈りの言葉を唱える2人の顔は、食前の挨拶にしては些か気合いが入りすぎている気がしたが。そんなもの、地域によって違うだろうと首を振る。


 折角の恩人に偏見を向けるなんてしちゃダメだ。この世界の常識なのだったら、郷に入れば郷に従え。ちゃんとお祈りしよう。……なんの神様にかは分からないけど。


「……じゃあ、頂きましょうか」

「わーい!久しぶりのお肉!」


 数秒、黙祷する為の静寂が過ぎると。ダイアナさんの一言で食事は始まった。肉を嬉しがる溌剌な声で、雰囲気は一家の景色へと戻り。宗谷も、おどおどしながら料理に手を付ける。


 パンを取り、一口齧ってみた。元の世界で食べる物よりかは味が薄くて硬い。悪戦苦闘しながらもそもそ口を動かしてると、2人はパンを千切り赤い豆煮に浸しながら食べているのを見て“そうやって食べるのか”と真似してみる。

 

 パンは柔らかくなり、スープの酸味を良い具合に吸って美味しい。チキンレッグも簡単な味付けだけれど、その肉厚さがたまらない。リサさんがあんなに嬉しがってたのにも納得出来るご馳走だ。


「お、美味しい、です」

「嬉しいわぁ。遠慮せずいっぱい食べて」

「私のお肉はあげないからね!」


 わいわい、がやがや。誰かと喋りながら食卓を囲んだのはいつぶりだろう。


 伯母さんは僕の大学費用を貯金する為に忙しくしてたから。こんな風にして食べる食事はとても久しい気がした。


 作り立てだから当たり前だけど。喉を通る料理は暖かくて。ぽかぽかと、冷たかった体を温めてくれる。それは、体温でも心でも、どちらでも解かして。

 

「(…………家族かぁ)」


 リサさんと、ダイアナさん。この2人に会ってなければ、竹田君に突き落とされてから僕はどうしてたんだろう。碌な目には遭ってなかったと思う。感謝してもし切れない。


 今まで出会ってきた人達の中で、珍しいぐらい。僕に優しくしてくれる人。それは多分、びしょ濡れで冷たいものに触れたとしても気にならないぐらい、暖かいからなんじゃないだろうか。


 僕のところにはない、暖かさ。


 隣り合う2人を眺め、味の薄いパンを齧る。

 

 今度は少し、しょっぱい気がした。

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